第109話、内なる話し合いは、当たり前にやってくる
「……っ!」
走る緊張感。
ケンとともに身構えていると、現れたのは二人の少女だった。
周りの雑踏と違い、ケンと同じように輪郭がはっきりとしている。
すわ、ここに来て新たな敵か、あるいは味方か、なんて思っていると。
「おお、二人とも無事か!」
「心配……した」
あまりに自然に、さらっとこちらに近づいてきて。
同じテーブルに座るものだから、二人して呆気にとられてしまう。
「な、何だよ。二人してお化けでも見たような顔して」
そんなマチカたちに戸惑った様子で声を上げたのは。
天然ものらしい金髪ショートの、若桜高校の女生徒用の制服を着た少女だった。
戸惑い含むも、その淡い蒼色の瞳には、勝気でやんちゃそうな雰囲気が漂っていて。
「大丈夫……ちゃんと生きてる」
続くのはどこかずれた……間延びした呟きを漏らす、もう一人の少女だ。
きつめのウェーブのかかった菫色の髪で顔の半分を隠す、ミステリアスな雰囲気を纏っていて。
彼女も同じように、若桜の制服を着ている。
そんな二人にマチカは理解が及ばず、硬直状態だった。
……いや、実のところ近づいてきて椅子に座ったあたりから、マチカはその正体に気づいていたのだが、どうしても目の前の事実を受け入れられなかったのだ。
「ええと……もしかして、ヨシキとコウ?」
そんなマチカを脇目に、比較的早く硬直から解けたらしいケンが、椅子に座り直しそんな決定的な一言を放つ。
「おいおいおい。なに当たり前のこと聞いてんのさ。地味にへこむぜ。お前だっていきなり『お前は母袋賢か?』って聞かれたらショックだろ?」
「……いや、それはまぁ。そうだけど」
しかし返ってきたのは、自身の状況を全く理解していないのか、あるいは理解した上でのものなのか。
ちょっと拗ねた様子の、口調は変わらずとも印象の全く違うコウの言葉だった。
ケンはその違和感に気圧されたのかなんなのか、俯くように頷いていて。
その場に落ちる、一瞬の間。
そこは納得するところじゃなくて、何故二人して女装……じゃなく、少女の姿なのかを問い質すべきなのだ。
故にマチカはその事を口にしようとしたのだが……しかし言葉にはならなかった。
やり込められた? ケンのように何当たり前のことを聞くのだ、なんて言われそうだったからだ。
(こう言う夢なんだと思うようにしよう、うん)
よってマチカは、目の前の疑問を棚上げするみたいに、そんな結論に達していた。
姿雰囲気が変われど、二人がヨシキとコウであると理解したのは事実であるし、このいつ終わるか分からない『今』を、もっと有意義に使うべきではないか、なんて思ったからだ。
「それで? こうしてトリプクリップ班(チーム)の四人が集まったわけだけど……これは敵の罠なのかしら?」
先ほど同じ質問をケンにもして、そうではないとは思っていたが、念の為に二人にも聞いておこうとマチカそんな言葉を口にする。
「分かりません! だけど、懐かしい気配がします」
「……ここ、自分らのフィールドじゃ、ない?」
即断で首を横に振られてがっくりきかけたが、コウの後を継いで口を開いたヨシキの言葉にならうように、マチカたちは改めて探るように辺りを見回してみる。
「このカフェ、放課後に来たとこっすね。なるほど。話し合いするのにはぴったりじゃないっすか」
確かにこうして話し合っていても何が起こるでもなく、危険も害意も感じられない。
これが夢ならば、記憶した景色が反映されるのもおかしくはない……が。
「もしかしてコウ、操られていた時の記憶あるの?」
「え? あ、そういやなんでオレ、今……」
何故そんなことを口にしたのか、コウ自身もよく分からないらしい。
不思議そうに首をかしげている。
それからよくよく二人に話を聞けば、コウとヨシキも、ケンと同じくトランの能力にかかってから、ここに来るまでの記憶は曖昧らしい。
それでもここによく似たカフェに訪れたのは確かだし、身体が覚えていたのかもしれない、なんて結論に達して。
「うーん。結局、私が動くしかないってことね」
まずは本部への連絡、そしてトランの能力……その解除。
マチカにしてもお昼の音楽が鳴り響くまで、自由に動けたのはそう多くなかったが。
その少ない時間をいかに有意義に使えるか。
それが鍵になってくる。
「時間はあまりなさそうだけど。しなくちゃいけないことって、何かないかしら?」
ただ、意図的にしろ偶然にしろ、こうして話し会いの場を設けられたのだから、それを無駄にすることもない。
故にそう問えば、三人三様真剣にそのことについて考えだす。
「この敵の能力ってさ、一体どのくらいの範囲なんだろう。その範囲を外れれば、呪縛から逃れられるのかな? それ、調べてみるのはどうと?」
「ケンと似たようなもんだけど、この町にいるみんながみんな操られちゃってるのかね? いざという時のために、それを知っておく必要はあるかもな 」
「……一番は敵の目的。思うに、おそらくこの町にいるAAA能力者と関係してるはず」
矢継ぎ早に繰り出されるやらなくてはいけないこと。
それに、何度目か分からない辟易した吐息をもらすマチカ。
「私に全て任せなさい……って言いたいところだけど。前途多難ね。まぁ、やるしかないのだけど」
トランがマチカたちを操り、学校生活を送りながらしたいこと。
その一方でケンに対してきつい仕打ちをする、ままならぬ自分……その目的も知りたかった。
「ケンってさ、ここに来るまでの学校のこと、ほとんど何も覚えてないのよね? これっぽっちも?」
「え? あ、えっと。……うん。ごめんばい」
「ああ、別に責めてるわけじゃないのよ。謝ることじゃないわ」
コウがこの場所を覚えていたのだから、本当は少しケンにもおぼろげな記憶があるのかもしれない。
何だかひどく申し訳なさそうにするケンに、謝りたいのはこっちなのに、なんて思いつつ、しかしそれも口にできなくて。
「まぁ、とにかく明日ね。同じ時間にいい報告ができるといいけど」
「……うん。頼むよ」
「たよりにしてまっす」
「お任せして申し訳ない……」
とっさについて出た、明日の約束。
それに、当たり前のように帰ってくる三人の返事。
それが、鍵となったのか。
途端、あれよあれよという間に景色が靄かかるようにフェードアウトしていって。
そんな風に終わりがスマートだったから。
マチカは気付かなかった。
次があることを。
再びこの話し合いがあることを、当たり前に思っている自分に……。
(第110話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます