第92話、ラブリーチャーミーな敵役、みゃんぴょうに会いにゆく


それから。

一人と、一本の剣と、一体のダルルロボは。

方向転換をするかのように、人気のある商店街のほうへとやってきていた……。


『新若桜商店通り』と書かれたアーチをくぐり、瀬華は誰に見咎められることなく、目的の場所を目指す。

目指すのは仕立てなどもできるらしい服屋である。

法久曰く、いくら瀬華になっていても『喜望』の服と鞘が付いているとはいえ剣と自分(法久)をそのまま連れていれば気づかれるだろう、とのことであるが。



この町にも『喜望』の手が届いているらしく。

会長による若桜町侵入の手はずが整えてあるらしいその店にたどり着くと。

瀬華は早速若桜高校に自然に溶け込めるらしい服に着替えるため、試着室に入る。


一方、そんな瀬華の着替えを待つ法久は。

剣道の竹刀、あるいは野球のバットを入れるような、黒く細長いザックに入れられた剣(IN知己)を脇目に、いくつもの小サイズ(赤ん坊が着るような)のきぐるみとにらめっこしていた。


「ファミリアとばれないように、ぬいぐるみに化ける作戦はこの際目を瞑るとして、何故ここには『みゃんぴょうとその仲間たち』シリーズしかないのでやんすか?」


何者かの陰謀めいたものがひしひしと伝わってくるそれらを眺めながら、溜息をつく法久。

店の内装は古く、純和風で着物の仕立てまでしているというのに、ここだけ何故か今時なメルヘンを感じてしまうのだ。


はてさて、どうしたものかとごろごろ回転しながら法久が悩んでいると。

カーキ色のカーテンがしゃっと開き、怒ってるんだか恥ずかしがってるんだか分からない様子で、眉を寄せたまま黒のローファーの踵をとんとんと鳴らし、瀬華が出てきた。

 


「ぅおおぉっ」


法久は何気にそちらに振り向き、思わず自分でもアホみたいだと思うような呆然とした声をあげてしまう。


何故ならそこには、完全に初々しい学生(セーラー)服を着た瀬華が立っていたからだ。

足首までの白のソックスに、スタンダードな濃紺のスカート、薄青のブラウスの胸元には赤のリボン。

そして、折り返した襟の部分と袖に光る3本の白いカフスといった若桜高校仕様のものである。



「うーっ、何で学生服なのよっ。他の方法なかったの? 教育実習生の服とかさ」


そう言って瀬華本人はどうせテルの嫌がらせだろうとばかりに肩を怒らせていたが。

それも用意されていたのか、額を見せるように前髪に留められた蛇苺のヘアピンが、全体的な若さを醸し出している。

いささか背が高すぎるきらいはあるが、もともとモデル体型の瀬華は何を着てもはまるらしかった。

どこからどう見ても、女子高生である。

 


「うぅむ。ここまで化けるとは思いもよらなかったのでやんすよ。しかも滅茶苦茶似合ってるとこがまたなんだかにくらしいでやんす。そもそも最初に会った時、何かおいらの記憶との齟齬があると思ってたのでやんすが……どうやら実際の瀬華さんより若く見えるようでやんすね」


高校生役をやれる、とか言われていたらしい知己がベースだからなのか。

実際若かったのか、違和感は全くない。


「そう? 何だかこそばゆわね。あ、でもこれなら恭子と並んでも違和感ないかもね。あの娘、全然年取らないんだもの……」


似合っている、と言われて満更でもないらしく。

瀬華はそう言って改めて自分を見直してみる。

一時的とはいえ生き返って……得したことがあったな、なんて思いつつ。



「女の人って変わるものでやんすねえ。黒姫さんってもっと男、と言うか男役っぽいイメージがあったのでやんすが」

「まあ、昔からよく間違われてたしね。普段はあえてそう意識している部分もあったし……って、それよりそっちは。まだ決まってないの?」 


感心したような法久の物言いに、苦笑いして瀬華はそう返し、いまだくたったきぐるみとにらめっこしている法久に目を止めた。



「そう言われても、着る本人としては意外と決められないものなのでやんすよ~」

「そう? じゃあ私が決めてあげるわ。ええと、確か話を聞く限りでは、向こうにはみゃんぴょうがいるのよね? ……それならこれね、『あおなっす~』。色もあってるし、どう?」


そう言って指し示したのは、確かにきぐるみのくせに少しメタリックな青光りした生物体である。


これじゃああんまり変わらないのではと思った法久ではあったが。

まあ、何を選んでも一緒だろうと思いそれを手に取る。

そして、そのきぐるみに潜り込むようにもぞもぞと、法久はあっけない着替えを終えた。

 


「うんうん、やっぱりみゃんぴょうにはあおなっす~よね。早く並んでるとこ見たいわ」

「……何ですか。そのいかにも詳しいのよってセリフは」

「そりゃもう。元はと言えば知己にみゃんぴょうワールドの素晴らしさを教えたのは私だし」


やんすも忘れて突っ込む法久に、瀬華はかわいくて似合ってるぞと付け加え、それから店に並ぶ浴衣の元布に惹かれたらしく、すっかり童心に返った様子でそれらを眺めていた。

 


(なんだかんだ言って、今を楽しんでるみたいでやんすねえ。よもやこれほどのキャラだったとは)


法久はその何だか楽しそうな瀬華を見ながら。

少しくらいはいいかと、剣を抱えあおなっす~のまま中空を舞うというファンタジスタをやってのけつつ。

瀬華の眺めるすぐ脇のテーブルへと降り立つ。



「浴衣かぁ。そう言えば今って祭りの季節よね。昔よく恭子と行ったものよ。あの頃の恭子は恐ろしいほどかわいかった。まあ、今もだろうけど」


やはり、少し饒舌になっているらしい。

法久が黙ってそんな瀬華の言葉に相槌を打っていると。

止まらず瀬華は一人語りを続ける。


「あ、今でかわいいって言えば、病院にいた少年少女たち、みんなありえないくらいかわいかったなぁ。正直、あの時それでテンパってたのは認めるわ」

「言われてみればそこはかとなく言動がおかしかったでやんすよね。今宵の姫は血に飢えてる、とかなんとか」


そんなところも知己と同じというよりは、むしろ知己が彼女の後を追ったのだろう。

姐さん、と呼んでいるわけでもあるし。

法久はそう思いながら、その時のことを思い出す。


「あれは……そんなこと言ってないって。いや、うーん。さっき、死ぬとそれまで分からなかったことが分かるって話はしたと思うけど、なんて言えばいいのか……いろんな世界の私の記憶がごちゃ混ぜになってて、それで妙なことを口走ったのはあると思うわ。それぞれの世界の私は微妙に性格が違ったりもするし、例えば、こことは違う世界で、彼女たちと私は敵同士っだったりするのよね」

 



違う世界。

それは、普通に生きていれば知ることはないのかもしれなかった。

法久には、大変興味深い話だったが。

それと同時に生きている自分が知っていてはいけないことのようにも思える。



「ふむ、それはたいへん興味深い話でやんすが……それより、ちょっと時間を取ってしまったからおいおい聞くとして、今は早く行こう、でやんすよー」

「あ、そうだったね。ちょっと浮かれてたわ。自分にもタイムリミットがあるの自覚しないと。……それじゃ、行きましょうか」  


だからちょっと強引に話題を逸らしたわけなのだが。

瀬華はそれを気にした風もなく。

剣を肩にかけ、今までバーのマスターのように壁の絵になっていた店員に礼を言いつつ、外へと出て行く。



「……」


そして、何かに悩んでいるかのように深刻な顔で法久も後に続いたが。


着ているきぐるみのせいで何だかとても滑稽なものになっていることに。

結局法久は気づくことはないのだった……。



              (第93話につづく)

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