第76話、ネセサリーの四人舞台に、完なるものは気づけるか
そんな知己に庇われるようにただ状況を見守るしかない美弥は。
藤やひとえとともにくっつくように、目の前で起こっている事にたいしてただおののいていたのだが。
そんなついていけない心の片隅で……美弥は知己たちのやりとりに違和感を覚えていた。
なんとなく知己らしくないと、そう思ったのだ。
どうして稲葉の事は見抜いたのに、峯村の事は分からなかったのかと。
「彼を切り刻まれたくなかったら……そうだなあ、そこにいるチョビ髭のおじさんでも落としてもらおうかな? パームに裏切り者はいらないからね。まあ、ありもしない希望に縋ってもがいている様は、見ていてユカイだったけど?」
「……そ、そんなっ!?」
ならば何のためにこんなことをさせたのか。
薄々感づいていたとはいえ、稲葉は悔しさからくる震えを止めることはできなかった。
その可能性の方が大きかったが、ここでこういった形で宣言するのは、あまりに酷すぎる。
知己は心の底からふつふつと沸き立つ感情を抑えられそうもなかった。
思わず心のままに激昂しようとして。
「ふざけるなよっ!」
知己ではなく、圭太のそんな叫びに遮られた。
そして……。
「なっ!?」
まさか能力者でもない圭太に何かできるとは思っていなかったのだろう。
驚愕の声をあげる峯村を後ろに、その白刃と化した右手を掴むと。
あろうことか圭太は己の胸へと刃を突き立てたのだ。
「け、圭太くーんっ!?」
飛び散る鮮血と法久の悲痛な叫び。
美弥はその時、誰かに視界を遮られて一部始終を目撃することはなかったが、
それでも圭太が自らの意志で自らに刃を立てたのがはっきりと分かった。
「……なんでだっ! なんでそんなことっ!?」
まさしくありえない事が起こったとでも言いたげに、呆然と呟くのは知己。
それを聞いた圭太は、痛みのせいかひゅうと低い呼気を吐きながら言葉を返す。
「……わしはっ。墜ちても、皆の枷にはならんっ! 誰かが傷つかなくてはならないのなら、自分が傷つくまでよ!」
吼えるようにそう言った圭太は、そのまま左手で渾身の力を込めて白刃の付け根……峯村の腕を掴む。
「き、きさまーっ! 無能力者の分際でーっ!」
予期せぬ事態に陥った故か、苦々しく表情を歪め、焦る峯村。
当然周りはその隙を、圭太が自らを犠牲にしてまで作った隙を見逃すはずはなかった。
カナリとちくまは、同じタイミングで動けなくなった峯村に向かって能力を発動しようとして。
ビシリッ!
まるで世界に、ここからでは見えないはずの空にひびが入ったかのような音を聞いて、思わず手を止めてしまう。
それは、知己の身体から発せられる、知己自体が目視できないほどの余波のせいだと理解したからだ。
異世でもないのにそんな事起こるわけないと頭では思いつつも。
そのあまりにも圧倒的なアジールには、それを信じさせる何かがあって。
一気に戦意を喪失してしまったのもあるだろう。
いつ見ても知己の力は圧倒的だと思うのに、今回のものは明らかに格が違っていた。
抵抗するのも空しいと思えるようなその力に。
二人だけでなく、稲葉も恭子も自らの心の奥底から溢れる恐怖をおさえられそうもない。
『太……っ!』
紡がれるは初めてお目見えするカーヴの真名(まことな)。
―――それは4つのカウントダウン。
そのうちのたった一文字、知己が発しただけで大気がうねり、世界が震えるのが分かる。
そのあまりの規格外な力に時間すら止まっているように見えて。
気づけば知己がすぐ目の前まで来ているのにも関わらず。
峯村はそれをただ魂が抜け落ちたかのように見つめることしかできない。
圭太は意識を飛ばされそうになりながらも、それでも峯村の手を離そうとはしなかった。
一方美弥は、いつの間にか背中にはりつくようにしている藤やひとえから伝わってくる震えに伝染されつつも。
知己のその力のもとがなんなのか感じ取っていた。
それは……相手だけでなく、自分自身の怒りだ。
美弥はそれを視線だけは逸らさぬようにと見つめ続ける。
すると、その場にいる誰もが知己の力を畏怖し、おののいている中で。
美弥は一人だけ異なった反応をしている人物に気が付いた。
それは一見空飛ぶおもちゃのような……法久だ。
ダルルロボを模したファミリアである法久に表情など出ないということなど分かっているはずなのに。
美弥にはその表情が他のものとは明らかに違う風に見えたのだ。
例えて言うなら、それはどうしようもない胸の隙間を埋めてくれるような……愉悦、喜びだろうか。
美弥はその意味に思いを巡らせ、一つの心当たりを掘り起こす。
それは、知己や美弥が法久と出会って『喜望』で働くようになってすぐのことだ。
ある時急に今までの自分を捨て、すっかり別人になってしまった法久に、その理由を聞いてみたことがあったのだが。
法久は、そんな美弥に笑ってこう答えた。
―――『知己くんとは敵でいるよりも、味方でいるほうがよっぽどゾクゾクするからでやんす』と。
その言葉は美弥の問いに対しての答えになっているか微妙なところだったが。
美弥はそれを一人の人生をリセットしてしまうくらい凄いことなんだと認識して考えていた。
それは仲間として頼りにしている、信頼していると言われることよりもよっぽど凄いことなんだろう。
確かに知己は、唐突にあっさり凄いことをやってのけるし、一言で言うならデンジャラスな男だと、美弥も時々思っていたので、その言い分が分からないわけではなかった。
きっと、今の法久の表情は、そのゾクゾクを如実に表しているのだ。
「……『チェイズレイス・ダルルロボ』っ」
そして聞こえてきたのは、知己の力溢れる言の葉に比べれば囁くような法久の声。
知己がカウントダウンを終えるよりも早く。
きぃん! と時の狭間を裂くような音がして。
知己と峯村は忽然と姿を消す。
その影響を受けて誰もいなくなって(正確には、圭太の巨体を支えるにはどうしても心ともない小さなダルルロボの姿があったが)、前方にぐらりとよろけたのは圭太だった。
そしてそれが今までの硬直を解いたかのように、我に返ったちくまがあわてて支えに駆け寄るが。
一人では抱えきれなかったらしく、一緒になって倒れるように崩れ折れてしまう。
そして。
誰もがちくまたちの方に意識を移した瞬間だった。
いきなり冷や水を浴びせられたかのように突然聞こえてきたのは。
ここではないどこかの世界で。
何かが無惨にも壊れていく音。
さらに……。
美弥がいつの間にかそこにいた朱色にくすむ一つ目ダルルロボの存在に気づいた時には。
そのここではないどこかの世界……異世から、まばゆい虹色の光とともにふわりと降り立つ知己の姿があった。
どんどんと生まれ溢れる虹色の光に目が眩みつつも。
美弥がまるで天使か神が降臨したみたいだと、贔屓目抜きにそう思っていると。
やがてその光も収まり、そこには何事もなかったかのように……それでも一つ息を吐いて立ち尽くす知己と、死んだように眠り横たわる峯村がいる。
それにより今日の事件は幕を閉じたのだと。
戦いは終わったのだと感じることはできたが。
それと同時に、なんともないフリをしながらも。
何かに傷ついているのが分かる知己の姿が、美弥にはひどく印象に残って……。
(第77話につづく)
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