第77話、昨日の敵は今日の友、じゃあ明日は……



さて、こうして今回のパームと『喜望』の戦いは幕を閉じたわけだが。

そのためには、最後の攻防の顛末を語らねばならないだろう。



知己はオロチ……峯村への怒りが頂点に達した時。

自らの力が峯村だけでなく、周りの者全てに被害をもたらすであろうことを自覚していた。


怒りに我を失いながらもその時創り出したのは、法久とともに創った異世。

後は、稲葉が大勢の観客とともにちくまたちを異世へと誘い込んだように、法久が知己と峯村だけをその異世に運び、そこで知己が力を心おきなく解放すればよかった。

 

それは、予め用意していたものでもなんでもなく。

その瞬間に法久と知己が考え付いたもので。

傍から見れば、何がなんだか分からない、まさにあっという間の出来事だっただろう。

何をされたのか、峯村本人でさえ分からなかったに違いない。

 


知己は、恭子とスタッフに頼んで重傷を負った圭太と気を失ったまま峯村の搬送を頼み、さらに詳しい事情を聞くために残ってもらった稲葉を含めた残りのメンバーに顛末の説明をした後、改めて稲葉に向き直り、口を開く。

 


「稲葉さんは知っていたんですか? 彼がもう一人のパームの人間であると」

「お恥ずかしながら、全く知りませんでしたよ。まさか味方にも監視されていたなんて、思いもよりませんです」


とはいえ、もうパームに義理立てすることなど何もない。

稲葉は疲れたような声色ながらも、どこか吹っ切れた様子でそう言った。

 


「それじゃあ峯村君が、オロチであったということも?」

「そうですな。ワタシが色々と命を受けていたのは、さっきも言いましたがバタフライと呼ばれる人物だけでしたから」


自分のことが精一杯で、他に誰がいるかなど聞こうとも思わなかったのだろう。

落胆したようにそう言う稲葉だったが、流石にそれを責めるわけにもいかなかった。



だからというわけではないが。

その代わりに、知己は稲葉にパームについて何か知ってることがないか聞いて見たのだが。


しかし、今まで聞いたこと以外で得られることは何もなかった。

それでも、分かったことから新たな事実へと繋がるかもしれないと、それをまとめる形で法久が口を開く。



「ふむふむ、それじゃ分かったことを簡単にまとめるでやんすよ。

一つ、パームが願いを叶えると嘘ついて人を集めていること。

二つ、『パーフェクト・クライム』が『喜望』の中にいると、まるでパームが正義であるように言われていること。

三つ、パームのボスの名が『バタフライ』である、ということでやんすかね」


三つ目は、稲葉自身がその『バタフライ』と言う名の仮面の男から能力を授かったということを踏まえて、予測した結果だ。




「バタフライ……ね」


カナリは何とはなしにその名を呟き、『ハートオブゴールド』の能力に掛かる前に見た、紅い蝶のことを思い出して身震いする。


「カナリさん、どうかした?」

「えっと、うん。あの、バタフライって名前で思い出したんだけど。わたしが『ハートオブゴールド』の能力に掛かる前に見たのよね。血のように紅い蝶があの花に飛んでくるのを……」


それに気づいたちくまがちょっと心配そうにそう窺うと。

カナリは神妙な表情のままそう答えた。



「蝶、ですかい? そう言えばワタシも見たような気がしますですよ」


すると、自身にも心当たりがあったのか、うむうむと稲葉がそれに同意する。


「紅の蝶……クリムゾン・バタフライ、ね。怖いのか、カナリ?」

「どうかしら。よく分からないわ」


知己はちょっとからかうつもりでそう言ったが。

それと分かるほどにカナリには余裕がないらしく、曖昧に首を振る。



「確かに、それには、不吉を運ぶというイメージがあるけど。実際は再生の象徴なんだよな。一度失ったものを取り戻す勇気、だったか。だから、あんまり気にすることはないと思うよ。物事ポジティブシンキングで考えなきゃ」

「……うん」


打ったら響いてくれなきゃ、からかいがいがないとばかりに知己がそう言うと。

カナリはその言葉だけでも多少気分が落ち着いたのか、僅かに笑みを浮かべて頷いた。

……そして知己は、話題を少し変えるように、言葉を続ける。



「ま、よほど捻くれた奴じゃないかぎり、つまりその『ハートオブゴールド』を使ってた奴が、イコールパームのボス、バタフライってことだよな。……なるほど、用心深く己の前に姿を見せないわけだ」


まだ相手の全容はからきしだが。

長としての分を弁えていたからなのだろうと、知己は改めて自分を棚に上げて思う。

とはいえ、パームのトップの存在が知れただけ一歩前進といったところか。



「まあ、今のところは、まとめられる情報としてはこのくらいでやんすかね。それじゃあ今後でやんすが、どうするでやんす?」

「今日も流石に打ち上げってわけにもいかないだろうなあ」


ぼやくようにそう言う知己に、他のアーティストのみんなには申し訳ないでやんすが、と言う顔で法久が頷く。


「そうでやんすねえ。とりあえずもう暗くなるし、一旦本部に帰るでやんすよ。ほら、稲葉さんの能力だって詳しく調べればそのバタフライとかいうのに辿り着けるかもしれないでやんすから」

「とすると、ワタシは皆さんについていけばよろしいのですかい?」

「そうですね。昨日どころか今日の敵は今日の友ということで。己たちの仲間になりませんか? 稲葉さんの能力は心強そうですし、あなたの娘さんを救うためにもその方が都合がいい」


少し戸惑って稲葉がそう言うと。

知己は穏やかな口調でそう言った後、ちくまとカナリ、特にカナリのほうを見てそれでもいいか? と窺ってきた。



「うん、もちろん! 新しい仲間か~、たのもしーっ」

「……と言うか、わたしがダメですって言えるわけないじゃない」


ちくまは仲間が増えたことに対してただ嬉しそうに、カナリは自分だって似たようなものなんだからと、肯定の意を見せる。



「じゃあ決まり、と言うことで。これからは『喜望』の稲葉さんってことで、よろしくでやんすよ!」

「うっ……ううぅ~。みなさん、ありがとうございますですよぅっ!」


そして法久が勢いよくそう宣言すると、稲葉はずるずると涙と鼻水まで垂らして咽び喜んでいた。

見かけによらず大人気ない感じだが、それはどうやら地らしい。



知己はそのやり取りを受けてようやく一息ついたように大きく頷いて。

やっとこさという雰囲気をバリバリ出しつつ、『喜望』の面々の話し合いを傍聴していた美弥たちの元へとやってくる。



「まず、きくぞうさん、それにひとえと藤も、美弥の面倒見ててくれてありがとな、ごくろうさん」

「きゃん!」

「あははっ」

「知己お兄さま、それはいくらなんでも直球すぎですよう」


そして、知己が微笑みつつ労うようにそう言うと。

きくぞうさんは全くです! とばかりに一声なき。

ひとえはただただ面白そうに笑みをこぼし、藤は本当のこと言っちゃダメですよと言わんばかりに困って見せた。



「って! みんなして美弥をなんだと思ってるのだーっ!」


すると、むきー! という表現が似合いそうな仕草でそれぞれの態度に不満の意を見せる美弥。

知己はお約束の反応をどうも、とか思いながら苦笑して言葉を続けた。



「ごめんごめん、その可愛いリアクションを期待してつい、ね」

「む、むぅ」


現金なもので、そう言われると膨れるしかない美弥である。

知己はそれを見てついには破顔した。



「美弥も改めて、ごくろうさん。ライブをつないでくれたの美弥なんだろ? 流石だな。美弥がいてくれてホント助かったよ」

「と、知己ぃ」


美弥はそんな知己の労りの言葉を聞き、ようやく今日の役目が終わったってことを実感して。

緊張の糸が切れたかのような泣きそうな声をあげて、知己のもとへとダイブした。

知己も、やはりそれが当然であるかのように美弥を受け止めて抱きしめる。




「うわちゃー。結局こうなるんだよね」

「毎日あてつけられると思うと、お兄さまが家にいないのも、って思います……」


家族だからこそなのか、それこそバカップルがまた始まったと言わんばかりに、溜息を吐くひとえと藤。


「きゅーん」


それでも、何だか呆れたように一声なくきくぞうさんが、いつもご馳走様、とでも言っている気がして。


やっぱり同じように呆れながらも。

年相応の安堵の笑みをみせる、二人なのであった……。




              (第78話につづく)






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