第450話、今更ながら自覚する下世話で醜い感情を持て余して



ナオは内心で上がってしまっているテンションを隠しもせず。

それじゃあ、知己に隠していた、黙っていた実力のほどは一体どれほどのものなのかね、などと言わんばかりに。

大会用のラインを異世の中央に引き終えて、二人へと向き直る。



「とりあえずは得物、マイクなしでアジールのぶつけ合いから始めましょうか」

「う~ちゃんせんせー、なんだかうきうきじゃん。ボクもだよっ。みやちゃんの歌、たのしみだなぁ。……あ、ええと。それじゃあまずは、ボクからうたうね」



『ファミリア』、『ネイティア』、『ウェポン』などの、各々ごとに違う得物とも言えるものは、まずは控えて。

表側……現実で言うのならば、例えば対バン、ダンスバトルのような、お互いが一曲パフォーマンスし合う典型的なウォーミングアップ、模擬戦を提案するナオ。




それほどまでに美弥の歌がを楽しみに……聴きたいからなのか。

得てしてこういった一対一の顔合わせにおいて、どうあがいても不利とされる先手を、美弥が了承するよりも早く。

作り出された簡易ステージ、その中央へと駆け出していってしまう正咲。



そんじゃぁきいてててね、などと。

仲間内でのカラオケのごときノリとテンションの正咲であったが。


それも、どこからともなく前奏がかかり、正咲がその始まりのフレーズを口にしたことで、一変する。





―――何もかも、ちっちゃいけれど、ココロのうち、夢だけは大きい……。



―――幾度となく、壁が立ちふさがってくるけれど。

   もうその先、ほんとうは見えている……。






後にも先にも、『R・Y』として正式にデビューする彼女たちの、始まりの中でも一番目の曲。

宇津木ナオが手づから作り出した。

熱き心を、燃え盛り、留まることを知らない魂の在り方を歌う曲。



自ら先手を取っておきながら、リハーサルであるのに手を抜く気は全くもってないらしい。

思わず、似合わずも口笛を吹きたい気分になりつつも、ナオはそんないきなり全力全開の正咲に圧倒されているようにも見える美弥に問いかける。




「……正咲さんのテンションに圧されてはいるようですががやはり驚いてはいないようですね。今までカーヴ能力同士の戦い、まぁこれは模擬戦ではありますが、経験がおありなのですか?」



暗に屋代美弥という少女は、将来が期待されている割に知己のお節介のせいでこのような機会などなかったはずだと問うたわけだが。

そんな含みにはまるで気づいていない様子で、正咲に視線を向けたまま、注目したまま返事が返ってくる。



「……あ、はい。模擬戦というか、練習訓練は初めてじゃないのだ。実際に戦ったことはないですけど」

「へぇ。そうだったんですか。よくもまぁ、知己……さんが許してくれましたね」

「あ、えっと。はい。その、友達とこっそり練習してたのだ」

「ふむ。その友達ってもしかして、みなきさんですか?」

「はいです。えと、彼女だけじゃないんですけど」



知己に黙っていたと言うのを、あからさまに突っついているのに。

それほどの動揺は見られない。

そこに多少なりとも肩透かしを食らう所はあったものの、彼女のそんな言葉に嘘はないような気がした。

嘘にならない言葉を選んでいる、と言うのは勘繰り過ぎか。



しかし、それはともかくとして。

知己が想っているほど相手はそうでもないんだなぁと。

正直、よろしくない溜飲が下がる思いで。

そんな自分が凄く汚く醜く思えて。

何だかんだで聞くんじゃなかったと、後悔しているナオがそこにいたが。





「…………って! おわったよ、もう! ちゃんときいててっていったじゃんかぁ! どうだった? どうだった?」



とってもいいタイミングで、ちょっと拗ねたように正咲がそう叫んで駆け寄って来てくれたから。

自分自身に対する嫌な部分は一時的にもどこかへ引っ込んで。



「どうしたもこうしたも、まだ未発表の曲じゃないですか。しかも勝手にアレンジして大サビなんて加えて。……その意気や良しです。いいでしょう、採用します。その方がきっと盛り上がること請け合いです」

「よくわかんないけど、それってほめてるの? うーちゃんせんせー」

「勿論です。最高、ってやつですよ」

「やたっ! ほめられたーっ!!」



今のナオは、『R・Y』のいちマネージャー宇本孝樹であって。

その曲たちを生み出していく事となる稀代の敏腕プロデューサーにしてコンポーサーである宇津木ナオその人ではないはずなのに。

マネージャーの孝樹にそんな権限などないはずなのに。


ナオは、美弥の事ばかりを注目注視し考え込んでしまっていたから、それに気づく事もなく。

実はもしかしなくても、う~ちゃんせんせーの正体に、と言うか。

正咲たちからしてみれば別人に化けている、だなんて感覚はなかったのかもしれない。


違和感、歪とも言えなくもないそんな関係性に気づかされていたのは。

ある意味部外者であった美弥ばかりであったが。



その辺りを敢えて突くこともないであろうと。

しかし次は美弥ちゃんの番だよ、とばかりに正咲だけでなくそんな孝樹までもが期待に満ち満ちたような目で美弥を見てくるから。

思わず苦笑を浮かべることとなって。



「……ええと、あっと。それじゃあせっかくなのだ。知っている曲をひとつ、歌います」


知る事が無ければ、それこそ歌うことなど叶わないはずなのだが。

どうやらその歌を、曲作りに関わっているであろう当の本人を目の前にして、緊張している部分は確かにあったようで。


美弥は、わざわざ言う必要のないそんな事を口にしつつも。

前段の正咲に倣うようにして、中央に立って。

どこからともなく流れてくるメロディにのって歌い出す……。



            (第451話につづく)







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