第451話、嫌いになる理由なんて、本当はどこにもないから……




―――今、僕が置かれているこの状況。

ブラインドがひかれてしまったみたいに何も見えなくなっている。


―――そんな風にどこまでも、どこまでも落ちていくなんて。

今までの道のり、振り返ってみても遅いのかもしれない……。







「おおぉっ、これはぁっ」

「……っ!」


ただでさえ大きに過ぎるその紅玉の瞳を、驚愕、あるいはわくわくの十分にこもった様子で見開く正咲。


一方のナオは、まさか基本、法久が創っている『ネセサリー』の数多くの楽曲をとばしてナオ自身が作詞作曲した歌を選曲してみせる美弥に息をのんで唸っていた。


マイナーと言えばマイナーではあるが、目の付け所が違うじゃないかと。

同じく驚きつつもより一層その目を細めていて。




―――『実らずの魂』。



先程正咲が歌った、『小さくも燃え盛りし魂』などと呼ばれるかもしれない未発表曲と、こっそり対になる歌である。




(まさか、二つの関連性を知って? いや、そんなはずは……)


そもそも二つの関連性については、知己や他のメンバーについても話してはいないことで。

恐らくは、『実らずの魂』が、ナオが創ったものだと理解していて。

正咲の歌を耳にし、何とはなしに関係性があると。

たった今この瞬間に悟り気づいた上で選曲してみせたのだろう。



「ねね、これって『ネセサリー』の曲だよね。『くっきんぐどんちゃん』のアニメのやつ! なかなか、しぶいとこつくじゃんかぁ」

「あ、うん。そう言う正咲ちゃんこそ、よく知ってるのだ」

「へへん。ボクだって『ネセサリー』のふぁんだからねっ」

「ふふ、わたしも。なのだ」



何故だかボクの方がファンなんだからね、などと偉そうにしている正咲に。

そこは譲れませんとばかりに笑ってみせる美弥。



そんなやりとりの中。

作曲者本人であるナオは、予想以上の美弥の実力、センスのようなものに舌を巻いていた。




(これだけの力があるのならば、知己のことなど関係なしにデビューできるだろうに。そうなってくるとやはり、カーヴ能力者としての力の方に問題がある、と考えるべきか)



知己が頑なに美弥を、彼女をこちらの世界に引き込もうとしない理由。



―――【矮精皇帝】。


法久によれば、彼女の身に秘められしカーヴ能力は、そのような名前で。

どこからどう見ても愛玩動物といえるファミリアを生み出す力らしい。



こっそり家を抜け出して散歩に出たり。

主と意思疎通ができたり。

嫌いな予防注射の日取りを主が忘れさせられたりできるのだと、何故か知己が自慢げに話していて。


どう考えたって能力者として戦えるものではないからと。

表面的にはそんな知己に辟易しつつ、納得してはいたものの。




法久自身も言っていたが、法久の能力を詳らかにする力、『スキャンステータス』は。

あるいは、カーヴ能力と言うものは完璧な所はひとつもなく、不安定で不確定で。

成長、進化することでそれまでなかったものが生まれることもあるし、究極的なことを言えば、その四文字熟語めいた能力の肝でもある『タイトル』ですら、真実とは限らないらしい。



それを聞かされたナオは思わず。

それってつまり何にも識別できないクソ能力じゃぁないかと返してしまって。

それはいいっこなしでやんすよ、と。

想像以上に法久はへこんでいたりしたが。



……要は何が言いたいかというと。

その時その瞬間はまだ、明確にその存在を確認されていたわけでもなかった、『七つの災厄』の宿主であるかもしれないその可能性から、容疑から、外してはいなかったと言うことで。



しかしそれは。

能力をその身に秘めしものであるならば、ある意味誰もが平等であって。

彼女ばかりを疑ってかかっていたわけでもなく。




(……まぁ、実力は認めざるを得ないが。かと言って知己があれほど心酔するほどのものかと言えば、首を傾げる所だな)



結局のところナオの中にある嫌な部分、嫉妬めいたものが彼女を疑わせ、こんな風に気に入らないと思ってしまう原因なのだろう。

当たり前ではあるが、あくまて知己のために知己の声に合うように創られたものであったから、知己の方がよっぽど魂を揺さぶり震えるし、明け透けなく正直に言えば泣けるぞ、と。

……その辺りの事を口にするのは、非常に大人気なくて情けないので口にはしなかったが。




「あの、その。マネージャーさん」

「は、はい。なんでしょう?」


不意に、当の美弥に声をかけられたことで、後ろめたさに飛び上がりそうになるナオ。

それでも何とか言葉を返すと、実はずっと聞きたかったのだと前置きして、改めて美弥が口を開く。




「ええと、その。知己……は、いつ頃ここへ来るのだ?」

「あ、はい。今ちょっとですね、派閥の長で集まって打ち合わせ中なものでしてね。話は聞いていますよ。折を見て顔を出すっておっしゃってましたから、もうすぐにやってくるんじゃないかと」

「えぇーっ!? ともみさん来るのっ!? まじでぇっ。すごい。ってか、きんちょーしちゃうじゃないかぁ。そういうことははやくいってよぉ。う~ちゃんせんせーっ」

「そういえば言ってませんでしたか。すみません。今回美弥さんが一緒に参加していただくってことで、知己さんがこちらへ顔を出すのは、決定事項になってましたから、つい伝えること、失念していたようです」




単純にアーティストとして憧れ、好きだという部分もあるのだろうが。

そう言って蜂の巣をつついたみたいに忙しなく走り回る勢いの正咲がそこにいるのは。

知己が近くにいると、ものすっごく緊張して力が出なくなるから、と言う理由もあったのだろう。



当然それは、一流アーティストを前にした緊張感でも何でもなく。

無慈悲で『化け物』な知己のカーヴ能力のせいで。

それを口にすると知己がへそを曲げて役立たずになってしまうので、それもやっぱり口にはできなかったわけだが。




「楽しみなのだ。……直接会うの、随分と久しぶりだから」


ナオにかろうじて聞こえるような、そんな美弥の呟きは。

何だか思っていた以上に感慨がこもっているような気がした。



しょっちゅう電話の方はしているみたいであるし、月一くらいのペースで美弥が普段過ごしている『あおぞらの家』へ足繁く通っている知己を見ていると、久しぶりでも何でもないじゃないかって思ってしまうが。

それでも深く通じ合っている想い人同士ならば、そんなものなのだろう。




……何でもいいから爆発しろ、なんて思ったりして。


もしかしなくても、そんな浅ましい思いを打ち出してしまったのが、いけなかったのかもしれない。

噂をすればなんとやら、知己からの連絡を知らせるメロディが流れ出す。

それは、ついさっき正咲が歌っていた、未発表曲なはずの『小さく燃え上がりし魂』を『ネセサリー』ヴァージョンに加工したもので。




「あれっ、それってもしかしてともみさんの声?」

「……っ」

「ええ、『ネセサリー』として出すつもりはないそうなんですけどね。曲を気に入ってくださって、知己さんが歌を特別に付けてくれたものなんです」

「すっごい! 曲としてだせばいいのに、もったいないっ。みやちゃんもそう思うよね!」

「うん。わたしもそう思うのだ」



アルバムの隅っこや、カップリングのどこかにこれ以降入れる可能性はあるかもしれないが。

それはあくまで『R・Y』……正咲たちのためにナオが創り出し用意したものであり、『ネセサリー』自体の曲作り、作詞作曲はそのほとんどを法久が担当しているから今の所はそんな予定はない、なんてことは。

おかげですっかり盛り上がっている二人には聞き入れてはもらえないようで。




そんなナオ……孝樹の心情など置いておいて、その曲について語り合い出すものだから。

ナオは一つ息を吐き出し、ちょっと電話に出てきますと一言置いて。



一旦その練習場、リハーサルの場と化した異世から一人、飛び出していくのであった……。



            (第452話につづく)







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