第193話、命短し恋せよ不安定彼女



―――第3組(美里、タクヤ、カナリ)、カーヴ能力者特別病棟行き連絡通路。



「ねえね、カナちゃん。ちくまくんと一緒じゃなくてよかったの?」

「え? いや、はい……」


良くないとは今更言えないでしょうに、意地張ってへこんでるのは実は本人なんだからあんまりいじめるなよ、なんて内心思いつつタクヤは二人の後を付いてゆく。



「もぅ、そんなコト言ってると誰かにとられちゃうよ? あきちゃんとか、こゆーざさんとか、さっちゃんとかに」


余計なお世話だって。

口に出しては絶対に言えない言葉を美里の長い人工的な緑の髪にぶつけるタクヤ。



今ここで語らなくてもいいことではあるが。

その弥生とお揃いな髪はかつらである。

美里は口癖のように『チームワーク』だよ、なんて言っているが、本当は違うことをタクヤは知っていた。



それは……思い出してしまうからだ。

黄金色の稲穂のような髪から連想される、忘れたい過去を。

それが正しいことではないことくらい、彼女だって分かっているだろう。


だからこそタクヤにはなにも言えなかった。

忘れたい過去の原因の一端をになってしまっている身として。



「えと、だからべつにそういう関係じゃ……って、さっちゃんって誰ですか?」


なんて事考えてるなんて当然気づきようもなく、二人はある意味たくましい会話を続けている。

関係ないと言いつつも新しい……知らない名前にはちゃんと反応するのだからいやはや、なんてタクヤは思いかけて。


さっちゃんってどなたでしたっけ?

単純にカナリと同じ事を思い、美里を見やった。



「さっちゃん? 今までカナちゃんと話してたじゃん」


すると、なにを言ってるのとばかりに美里は首を傾げていたが。

やがて何かに思い立ったのだろう。

そうだった、と手を叩いて、秘密を打ち明けるかのように口を開く。



「カナちゃんだから言うんだけど……さっきみんなで集まったとき、やよちゃんいなかったんだよ」

「え? でも確かに弥生さんいたじゃないですか。いつものようにみなさんを仕切って」


ただ聞いてる訳じゃないとアピールしたかったかどうかはともかく。

思わず口を挟んでしまうタクヤ。



「だから、あの子がさっちゃんなんだよ。真光寺さつきちゃんだからさっちゃん。カナちゃんとかタクヤと一緒だね」


美里は、そんなタクヤを邪険にすることもなく、あっさりとそんなことを言う。



「それは……全く。気付きませんでしたね」

「わたしもです」


お前もか、とは言わないけれど。

彼女は間違いなく弥生だった。


一体いつの間に入れ替わったのだろう?

双子だとしてもあれほどに似ることはないはずで。

ファミリアとして見ても、彼女がファミリアであると、タクヤは気づけなかった。

完全に自身を人間だと疑わないくらいに、人の気配をまとわせていた。

今目の前にいるカナリのように。



「よく分かりましたね、美里さん」

「んー。分かったっていうかね、さっちゃんは自分のことやよちゃんだと思ってるからややこしくてさ、区別できるようにしたんだよ。それがこのかつらなんだよ。みさとはカムフラージュでやよちゃんとおそろにしてるんだけど……実は本物のやよちゃんは髪を短くしてるのでした」

「へえ、かつらにはそんな意味があったんですね」


勘違いしているならそれを指摘すればいい。

なんて言ったら、それこそ今まで何を見てきたんだって事になるんだろう。

タクヤはただ純粋にかつらにそんな意味もあったのかと感心していた。



「あ、だとしたら本物の弥生さんはどこにいるんですか?」


そして……次に疑問に思うことはそれだろう。

タクヤはカナリの問いに従って美里の方を見る。


「そうだね。地下のどっかにいるんだと思う。エレベーターで上がったらいつの間にかさっちゃんに変わってたから……まだ地下探索してる最中なんだと思うよ」


それは、確証のないことと言えばそうかもしれないが。

感じるのは弥生に対しての絶対の信頼だった。

まぁ、さつきというらしい(何げにタクヤ自身初めて聞かされた事実だったが、それはかえって良かったのかもしれない)弥生のファミリアがああして無事でいるからこそ言えることなのだろうが、それは言うだけ野暮ってものだろう。



「地下ですか。一体何があるんでしょう……」


カナリにも、それは分かったらしい。

納得した様子で頷き、さらにそう問いかける。

タクヤには、それが浮いた話が続くのを避ける手段のように見えたけれど。



「そうだね。きっとものすごいダンジョンが眠ってるんだよ。最初の階段とかすごかったもん。だから、やっぱりちくまくんと離れない方が良かったのに」


何がだからなのかは意味不明だが。

すかさず話題を戻すあたり、何というかさすがだなぁと思うタクヤである。

案の定引きつった顔をするカナリだったが。

どうやらやられっぱなしとはいかなかったらしい。



「わたしのことはいいんですってば。それより、ずっと聞きたかったんですけど、お二人は恋人同士なんですか?」


そう言って美里を見て、タクヤを見て聞いてくるカナリ。

何が厄介かって、そう聞いてくるカナリにからかいや冷やかしの感情が全く感じられないことだった。



カナリさんってばおそろしい子!

そんなの僕だって聞きたくても聞けないのに!

……なんて内心タクヤが思ったかどうかはともかく。



「カナリさん、それは……」


違うと思いますよと。

そんな風に一笑に付して否定しようとして。


「うん、そうだよ。みさととタクヤはラブラブなんだから」

「ち……だそうです」


思わず本気ですかっ!? って言いそうになるのを慌てて押し留めるタクヤ。

それは、初めて聞いた気がする美里の気持ちだった。

考えてみればそんなこと疑う余地もなかったからなのか、そんなことを聞いてきたのはカナリが初めてだったような気もする。



(だったら何故あの時……)


自分をファミリアとすることを願ったのだろう?

他に、もっとやりようがあったはずじゃないかと。

タクヤは思わずにはいられない。



「それで……その、きっかけは何だったんですか?」


そして、カナリの感嘆とともに期待に満ち満ちたその言葉を聞いて、タクヤは我に返り、ピンとくる。

たぶん、聞きたかったのはそのことなんだろうなぁと。



「話せば長いよ~。ハンカチなしでは見られないドラマだよ」

「是非、聞きたいです」


言い方は控えめだったが、カナリの言葉は興味津々だった。

ファミリアだろうがなんだろうが、彼女はやはりひとりの少女であることに変わりはないんだろう。


たが、ファミリアには宿命とも呼べる心の臓に楔が存在する。

だからきっと、その彼女の思いは報われないかもしれなくて。



「参考にはなりませんよ、たぶん」


いろいろな意味を込めての、タクヤの呟き。


「そんなこと……ないですよ」

「……っ」



言われ、タクヤは思わず息をのんだ。


彼女は知っている。

宿命の深さを。

それを、漆黒の中で燃えさかる炎のような……立ち向かう決意の瞳からくみ取ることができた。



(強いなぁ、とても)


感嘆のため息すらでるほどに。


ならば、話すべきなのかもしれない。

ちょっと前から、タクヤがずっとずっと悩んでいたこと。


『時の舟』の話。

それを知ることが、彼女の宿命であるならば。

後は、タクヤにその勇気と罪に耐えるだけの心があるかどうか。

ただそれだけだった。



「……そうだよ、何言い出すのさタクヤってば。あ、さては照れてる? 確かにタクヤにとっては忘れたいくらい恥ずかしい話だもんねぇ? あのね、カナちゃん聞いてよ。タクヤってばみさととお姉ちゃんのこと……」


「わーわーわーっ!」

「わっ、びっくりした」


いきなり顔に似合わぬ大声を上げたものだから、カナリが飛び上がって驚いていた。

そんなカナリには悪いけれど、冗談抜きでその話題はまずかったからだ。

タクヤ自身の忘れたい失敗であることも確かではあるが。



「なによぉ、そんなに恥ずかしがることないじゃない」


案の定、言葉を遮られてぶんむくれている美里がそこにいたが。

タクヤのちょっと過剰すぎるリアクションに引いているのも確かだった。


その根底にあるのは漠然とした不安だろう。

今はまだ、美里がその意味を知るのは早すぎる気がした。

言い方は悪いが、やはりカナリのことは他人事、だったのだろう。

いざ、自分に火の粉が降りかかってくると思うと、逃げ出したい気分になった。

タクヤには、ちくまのようにうまくやれる自信はなくて。



「今、そんな長話してる余裕ないでしょう? さぼってたら弥生さんやよっし~さんに怒られますよ」


結局、そうやって誤魔化すしかなかった。


「それもそうだね。んじゃ、バッチリ任務こなした後にお話してあげるね、カナちゃん」

「あ、はい。そうですね」


すると、あっさり折れてくれたので、取り敢えず胸を撫で下ろすタクヤなのだった。

それが、一時しのぎのものだって事は分かっていたが……。





そんな悠長な会話をしていられたのは、そこまでだった。

まず手始めに、仲間の容態を見ようと『魔球』班(チーム)の三人の眠る病室に足を踏み入れたのだが。


一体いつの間にそうなったのだろう?

三人が眠るはずのベッドは、三つとももぬけの殻だったのだ。



「最後に見たのはいつ?」


美里が、静かにベッドを見据えたまま呟く。


「一度集まる前には変わらない様子を確認しました」

「んじゃ、この部屋の人たちがいなくなってからまだそんなに経ってないって事だね」


とんとんと、主のいない布団を叩きながら美里が呟く。

それの意味するところはつまり。


「連れ去ったものがまだ近くにいるって事ですか?」


そういうことなのだろう。

遠隔のカーヴ能力などのこともあるし、確証とはいえないが、タクヤは稲葉歌恋があの赤い異形に攫われそうになっていたことを思い出す。

奴らがまだ近くをうろついている可能性は高いかもしれなかった。

タクヤはカナリの言葉に頷いて。



「そうですね。その可能性はあると思います。どちらにしろ、他の人の安否も確認しなきゃならないですし、もう一度病棟見て回り……って、美里さん待ってください! 単独行動は危険ですって」


そう言葉をまとめようとする前に美里が病室を飛び出そうとするのでタクヤは慌てて声をかける。


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。他の人が襲われてるかもしれないのにっ」


しかし、そんなタクヤの言葉は右から左でそのまま駆け出していってしまう美里。

他の人なんて関係ない、なんて思うのは間違いなのだろうかと考えるタクヤだったが。

主の意思を尊重してこそのファミリアなのは確かで。



「僕達も二手に別れましょう。何かあったら大声をあげますのでよろしくお願いします」


タクヤは軽く嘆息し、カナリにそんなことを言う。

こんな時だからこそ出るのか、タクヤのくだらない冗句に気持ち笑みをこぼし、カナリは頷いて駆けだしていく。

そして、タクヤもそれに続くように走り出したのだった……。




            (第194話につづく)












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