第6話、世界で一番のもふもふインパクト
その後、『パーフェクト・クライム』である可能性の高い危険人物の監視と、
『パーム』のおびき出しを中心に行う任務には……
ヒップホップ&フォークを地で行く『魔久』のボーカリスト、阿蘇敏久(あそ・としひさ)を中心とする第3班と。
歌って踊れる男性アイドルグループ、『トリプクリップ』の釈芳樹(しゃく・よしき)率いる第4班とに分けられた。
「あれ、おいらたち二人、余ってるでやんす」
「……いつものことだけどな、どうしますか?」
知己と法久が、まあそうなると思ってたけどね、といった雰囲気でそう呟くと。
榛原は苦笑して言った。
「二人には、オレのボディガード、って言いたいところなんだけどな。『もう一人の自分』について、調べてもらえないかな? 自分自身がデスクに居座っているのは、どうも居心地が悪くてなぁ」
「了解で、やんす」
「分かりました」
榛原が半分おどけつつも言ったその言葉に、二人は戸惑うことなく答える。
そして、『もう一人の自分』の件が無かったら、本当にボディガードでもさせるつもりだったのかと考えたところで、知己は他に何かあるのだろうと気付いたのもあった。
「よし、あとはリーダーのともみん、きちっと閉めてくれ、何か一言」
そう言って、ないはずのマイクを向ける仕草をして見せる榛原を適当にあしらいつつ。
自分が注目されていることを少し誇らしく感じながら、一息置いて言葉を紡いだ。
「えっと。己の言えるのは、一つだけ。それぞれが、自分の命を大切にして欲しいってことです。さっきの勇や晶さんの言葉に反してるって思われそうだけど、己としては、それでもやっぱりしぶとく生きているのが本当のヒーローだと思うから」
知己はそこで、一瞬だけ榛原のほうを見て、言葉を続けた。
「だから己は……今度顔を合わせた時に、誰一人欠けることなく今日の面子が揃っていることを期待します」
一気にそう言い切ると、知己は改めて辺りを見回す。
「欲張りだな。……と言いたい所だが、それくらいの無茶がこのボクには相応しいのかもな」
知己の言葉を受け、勇は再びプライドのこもった笑みを浮かべる。
世界を救うのに命を懸けたのに、それでも生きている。
知己の言っていることは、簡単に言ってしまえばそういうことだ。
そんな一見ご都合主義で、強引過ぎるほどに強引な考えこそが、『喜望』の奥底にある信念でもあった。
甘っちょろい考えだとは分かっていても、言った知己自身がそのことを一番に信じている……。
それが伝わったのか。
誰からともなく始まった静かな拍手が、止まることのない今という時間を押し出すようにその場を締めくくるのだった……。
※ ※ ※
4班に分けられた、『喜望』の精鋭たちを見送った後。
知己と法久の二人は無言のまま榛原の後について、ビル最上階にある榛原の執務室兼会長室に向かっていた。
浮き立つような感覚の中、昇っていくエレベーターから望む夜景は、夏の終わりの蛍火のように儚い。
『パーフェクト・クライム』の事件に続くのかも分からない、今回の『もう一人の自分』の事件が、こんな所にまで影を落としているのかと思うと……
今のところ何も被害のないことが、何かの前触れであるかのような気がしてならなかった。
加えて気になる、『パーム』の存在。
わざわざ宣告してまで自分たちの存在をアピールしたのは、それだか自分たちの力に自信があるからなのだろうか。
どのくらいの規模の団体であるのかは分からないが、一抹の不安は拭えない。
敢えておびき出すために、こちらの力を分散させるのは、果たしてよかったのか。
それもこれも相手が動いてくれないことには分からないので、後手にしか回るほかない今の状況に、知己は再度深い溜息をついてしまった。
溜息をつくと幸せが逃げる、と言うが……。
溜息を止められるものがこの世にいるのだろうかと、そんなことも考えてしまった。
「どうかしたでやんすか? これまた重い溜息でやんすね」
「うん。相手の数も良く分からないのに、ただでさえ少ない戦力を分散しても良かったのかな……って」
案の定気が付いて問いかける法久に、知己は思ったままのことを話す。
それに苦笑を浮かべたのは榛原だった。
「そう言うな、仮に戦闘になった場合でも、4人一組のチームでいるのが一番なんだ。その戦いが勝ち戦であれ、負け戦であれな」
「そういうものですかね……」
そう、そのくらい知己だって分かっている。
「あれでやんすか?『自分がいれば、勝ってる試合だった』て言う」
訳知り顔でそう言う法久に、知己も苦笑を浮かべ首を振った。
「そこまでうぬぼれちゃいないさ。ただ、己も一緒に戦えたらなって思ったのさ」
「うーん、まあ、人にはそれぞれ適性ってものがあるだろう? 知己の力を一番生かせるのが法久で、その逆も然りだったというだけだ」
「おいらとチーム組むの、嫌でやんすか?」
「そんなわけないだろ、でもなぁ。みんなに何かあった時、その場所に己がいないと……って、ついつい思っちゃうんだよなぁ」
知己はそこまで言いかけて、結局それはさっき法久が言っていたことと同じだということに気が付いてしまう。
口ごもる知己に、榛原は諭すように言った。
「ま、そんなに心配するな。他の者たちだって、ここまでやってきたのは伊達じゃあないんだ。一人一人ができることをやる、みんなを信じて、な。それだけだ」
「そう……ですね」
榛原にそう言われ、知己は頷く。
きっと、『パーフェクト・クライム』のことを思い出していたせいで情緒不安定になっていたのだろう。
こんな勝手な心配は逆にみんなに失礼だったと、知己は気付いたのだ。
「できること……つまり、さっさともう一人の自分を何とかしてくれってことでやんすね」
「そうだぞっ、だって怖いじゃん。オレがいるんだよ、オレがっ。何か今にも動き出しそうでさ」
法久の鋭いツッコミに、榛原は怯むことなく反対に怯えて見せてその通りだと宣言する。
知己本人はそれをまだ見たことが無かったから、如何ともしがたいが。
確かに自分そっくりの、動かない自分がそこにいるって言われると、居心地が悪いのは良く分かる。
しかし今の所、これといった被害もなく、どうにかするとは言っても何をまずすべきなのかが分からないのだ。
知己がそんなことを考えていると。
エレベーターが無機質な声音で、目標階の到着を告げる。
知己は榛原と法久の後につき、そのまま赤じゅうたん廊下の一番奥、会長室と達筆な文字で書かれた看板の前に到着する。
榛原はその部屋の前で振り返ると、7割がた本気の情けない顔で、言った。
「こ、これを開けるといるんだよオレが。んでもって、こっち睨んでるんだよ~。最初に見たときの衝撃って言ったらもう! ほらっ、美しいものって見方によっては怖くなるだろう?」
「そりゃ、会長の顔はもともと怖いですけど、ある意味」
「残念でやんすが、おいらたちには見えないでやんすよ、きっと」
二人は、先ほどエントランスで会話していた時よりもさらにくだけた様子で言葉を返す。
榛原もそれが当然な所があるのか、それにはかまわず、悔しげに言葉を続けた。
「くっ、魂消るのはまたしてもオレだけってことかっ。しかもオレの顔が怖いだなんて心外もいいところだよッ!」
そう叫んで体をくねらせる榛原。
それが怖いんですよ、と知己は言おうかと思ったが。
言えばエスカレートしそうだったので、
「それじゃ、己が扉、開けますよ?」
知己はそう言って、返事を待たずに扉を開けてしまう。
観音開きになっているそれを全開まで開くと、知己は改めて中の様子を覗き込む。
「何か、変わっているようには見えない、か?」
「嘘だ~ッ、ほれっ! そのイスに座って、ともみんを熱い視線で見てるじゃないかぁーっ!!」
榛原は叫ぶが、二人にはやはり見えないので、いまいちピンとこない。
「やっぱりおいらたちには見えないでやん……す?」
「どうした?」
言葉を止めた法久に問いかける知己。
すると法久は、水を得た魚のように言葉を紡いだ。
「誰かいるでやんすっ! というか、女の子でやんすっ!!」
「え、何でだ?」
やけに自身たっぷり断言してくる法久に、知己は首を傾げるしかなかった。
「おいらほどになると衣擦れかすかな音や、場の空気で分かるんでやんすっ」
それは自慢できることなのか、微妙なところだった。
で、どこにいるんだと知己が聞こうとした所で、
ガタガタッ。
それに答えるかのように、部屋の中央にしつらえてあるデスクの下から物音がする。
「うわっ、オレが動いたああっ!?」
「違うでやんすっ、机の下でやんすっ!」
そう言って、知己の方を見る法久。
「……ん? 己に行けってことか?」
「大丈夫でやんすよ、知己くんなら。相手がピストルを持った殺し屋じゃないかぎり」
「己はそれをどう取るべきなんだろうね?」
そうは言いつつも、全く動じた様子も見せずあっさりデスクに近付いていく知己。
「おーい。机の下、いるのは分かってるぞ、出てこーいっ」
ガタタッ。
それでも隠れているつもりなのか、動揺しているのか。
知己の声に、あからさまに反応している。
「ふむ、返事はないが反応はあり、か」
知己はそう呟いて、そこに何かが潜んでいることに確信を得ると、スタスタとデスクの前にやってきて、知己から見える側にある、高級そうな木張りの面を蹴り飛ばした。
ドコッ!
「……~っ!?」
ガタタタッ!
声こそあげなかったが、すると明らかに慌ててますと言ったリアクションが返ってくる。
「おいおいっ、そのデスク高いんだぞー」
「知己くん、何だかいじめっ子みたいでやんす」
「うっさいよ。おーい、中の人? 何もしないから大人しく……って、うん?」
扉のほうに下がったまま好き勝手言っている二人を、知己が一蹴していると。
何か白いもの……それは丸まった一枚の画用紙だった……が舞う。
それは、まるで意志を持つものであるかのように、ひらりと舞って知己の前に落ちる。
「ん? 紙かな、何だあ? シュールレアリズム? この罰当たりくさいのは?」
知己は妙に気になって、それに意識を移した瞬間だった!
「知己くんっ!」
「え……っ!?」
法久が叫んだ時にはすでに知己の目前には、黄色の何かが迫っていて。
知己がそれが何であるのか、認識するよりも早く。
顔面に感じるのは、ふわふわもこもこの、喩えるなら昇天してしまいそうな……そんな柔らかな感触。
それは、その黄色い何かが知己の顔面めがけて、体当たりしてきた結果で。
KOパンチをもろに喰らったボクサーのように。
知己は後ろのめりの大の字に、倒れてしまった。
「うわっ、知己くーんっ!?」
「だ、だいじょうぶかっ、しっかりしろ!傷はあさいぞおーっ!」
「……」
二人の叫びも知己には届かない。
ただ、倒れた知己のその表情は、何故だか幸せそうで……。
(第7話につづく)
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