第5話、違う、茶番じゃない
「で、だ。続いて第二班だが。都市郊外にある、金箱総合病院に向かってもらいたい。そこには、先の『パーフェクト・クライム』により傷ついたものたちや、能力を失った者達のほとんどが、そこに入院している。任務内容は第一班と基本的には変わらない。後はそれに加えて、事件当時の聞き込み、だ。今更だとは思うが、『パーフェクト・クライム』について、何か知ってる者がいるかもしれんからな。
……して、そのメンバーだが」
「……『スタック』の3人でいいんじゃないですか?」
目配せしてくる榛原に辟易しながらも、知己はそう答えた。
スタックのメンバーには、弥生と美里のほかに、恵体のダイナマイトボディに、大抵ゆるーい空気をまとっている、聖仁子(ひじり・よしこ)という少女がいる。
何となく榛原から視線を逸らす意味でそちらを見ると、3人はそれぞれが微笑んで、軽く手を振ってくれた。
どうせなら、同じバンドのメンバーの方がやりやすいだろう、と考えての知己の言葉である。
「そうすると、あと一人だな。うーん。お、沢田。お前も第二班に入ってくれるか?」
知己がそんなことを考えているのも知らずか、榛原はほかのメンバーをぱっと見渡した後、少し輪から外れて後ろのほうにひっそりと立っていたおかっぱ黒髪の小柄な少女に声をかける。
「あれ? あの娘……」
初めて見る人物に、知己は首を傾げる。
新人だろうか。とりあえず、知己の好みの内角低めをズバッと通過する、かなりかわいい娘だった。
「ん、そういや紹介してなかったな。たいへん大助かりなことに、『喜望』に志願して新たに入ってくれた、沢田晶(さわだ・あきら)君だ。仲良くしてやってくれ」
「沢田晶……です、よろしく」
晶と名乗った少女は、無口なタイプなのだろう。
そうとだけ言って、知己やスタックのメンバーにお辞儀をする。
「私は真光寺弥生です。これから一緒に、頑張りましょうね」
率先して手を差し出したのは、弥生だった。
「小柴見美里だよぅ、ミサトって呼んでねっ」
「あたし、仁子です。よろしくねぇ~」
「さっきも言ったでやんすけど、青木島法久でやんすっ!」
「……っ」
それに続くように、握手を交わすスタックのメンバー+法久。
口数は少ないが、特に愛想が悪いわけでもないらしい。
殺到するように集まってきた4人に目を回しながらも、それぞれにちゃんと握手を交わしていた。
そして、アイドルの握手会に並ぶファンのように、各々の個性を持って自らを紹介するそのほかのメンバーたち。
何せ、新しい仲間は久しぶりだ。
しかも、トップを走るアイドルグループ(本人たちはそう言う言い方をすると怒るが)の弥生たちと比べても、引けをとらない美少女だ。
晶の周りには、たちまち人だかりができる。
その中でも、いろんな意味で突出していたのは、やはり須坂兄……勇だった。
「ボクは須坂勇。こっちは弟の哲だ。覚えておいて損はない。わざわざ入ってきたキミには悪いが、そう遠くない未来、ボクたちが英雄(ヒーロー)となって世界を救ってみせるからね」
「に、兄さん~」
前髪をかき上げ、得意げな微笑みを浮かべる勇。
案の定くっついていた哲は、再び注目され、うろたえている。
そして、今までのみんなの自己紹介に対し会釈程度だった晶は、それを聞くと、ゆっくり視線を上げて、言った。
「英雄? 世界を救う? あなたは本当にそうなれると、思っているの?」
「……なに?」
まさか、そう返されるとは思っていなかったらしく。
勇は思わず眉を上げてそう聞き返す。
晶はそんな勇を気にした風もなく、堰切ったように言葉を続けた。
「……あなた自身の、ずべてを代償にして世界を救う覚悟が、あるの?」
じっ、と勇を見据える晶の瞳は強い。
しかし、勇も負けてはいなかった。
「当たり前だ! そんなことで世界が救えるというのなら、そんな覚悟など、当の昔にできているっ!」
まさしく、当たり前のことを訊くなといった勢いで、怒ったようにそう言う勇。 勇の、高飛車のパフォーマンスは、そんな覚悟の気持ちをゆるぎないもにするため、自分を追い込んでいるとも言える。
そして、それを訊いた晶は、初めて柔らかい微笑を浮かべて。
「……馬鹿なひと。嫌いではないけれど」
それは、少女らしく年相応の可愛らしいもの。
それにやられて流石の勇もうっと言葉に詰まるが、それでも文句は口に出た。
「な、何をっ!? お前っ、そこに直れっ!」
「わ、兄さんっ、落ち着いてっ」
それに人一倍反応したのは、やっぱり哲で、晶はただ表情を変えず澄ましている。
無口な、大人しめなタイプかと思いきや、結構言うことは言うらしい。
それを見て、知己は思わず声を出して笑ってしまった。
「知己っ、笑うんじゃないっ!」
「そんなに怒るなよ、褒められてるんだからさ」
知己は、肩を怒らせて向かってきた勇をばしばしとどやしつけてそう言う。
「くっ。子供扱いするなっ!」
知己と勇は、年こそ3つか4つくらいしか違わないが、どちらかというと勇が小さく、知己が長身であることから、必然的に知己は勇を見る時には、目線を下げなくてはいけなくなる。
知己としては、子供扱いしているつもりは毛頭ないのだが、勇にはそれが面白くないらしい。
「ま、ここにいるような奴等は、みんな勇みたいな考えだと思うけど、そう言う君だって………あれ?」
勇を引きずりながら、それでも噛み付かんばかりの勇を適当にあしらいつつ、知己が晶のいたほうに視線を向けると、そこにはもう当の晶の姿は無かった。
どこにいったのかと辺りを見回すと、弥生の背中にくっつくようにして知己を伺っている晶がいる。
しかも視線が合うと、さっと逸らされる。
「うむ、いきなり嫌われたな」
「お兄さん傷つくなー……って! あんたのせいだろうがっ!」
しょうがないよなといった風に呟く榛原に今度は知己が噛み付く。
そんな知己たちを見て、振り返って晶を伺い見た弥生は、実にさわやかな笑顔を浮かべて言った。
「大丈夫よ、知己さんはかわいいものがダイダイ大好きだけど、可愛い彼女さんもいる、ノーマルだから。一応」
「そうだよ、にーちゃんは怖くないよぅ。榛原のおじさんが、にーちゃんのこと、すきなだけだから」
続いて朗らかに、何の迷いも無くそう言ってのける美里。
「おいそこっ! 微妙にフォローになってんだ分からねーこと言うなあっ」
「……っ」
そして、そんな風に知己が叫んだのがいけなかったのか、晶は完全に弥生の後ろに隠れてしまった。
「これはもう、処置なしでやんすね」
「はあ。なんか泣きたい……」
榛原と一緒だと、いつもこんな感じで知己のイメージはダウンしてしまう。
重苦しくなりがちな場の空気を明るくさせるための、これも一種のパフォーマンスだとは榛原の談だが。
半分以上は冗談でないような気がするからたまらない。
言動通りのただの危ないおっさんだったらどつき回せば済む話なのだが、榛原は『パーフェクト・クライム』が現れてからの今まで、カーヴの力の大半を失いながらも、残されたカーヴの力を持つものたちの指針となった偉大な男なのだ。
当然知己だって、尊敬に値する人物だと思ってはいる。
だからこそ、しみじみと呟く法久に。
肩を落としてそう答えるしかない知己なのだった……。
(第6話につづく)
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