第十一章、『影』
第79話、みゃんぴょう狂……大好き知己、女性陣に避けられる?
―――まるで口封じであるかのように、稲葉が落とされた次の日の朝。
知己たちネセサリー班(チーム)は、金箱病院にいた。
それは、稲葉を運ぶためでもあったが。
その他に、今まで敵味方関係なく落とされた能力者たちの様子を見るためと、稲葉の願い……『パーフェクト・クライム』によって苦しんでいる稲葉の娘を金箱病院に移し、あるいはスタック班(チーム)に様子を見てもらう算段をするためもあった。
そんなわけで本部には帰らなかったため、現在法久は今までの報告や、ネセサリーが今後すべき行動と、そのほかの『喜望』の能力者たちの現状を把握するために、リュック状態になっていて。
そんな知己たちが今いるのは、金箱病院の朝靄煙る中庭である。
外来患者の待ち会わせ、あるいは入院患者の心を和ませる意味合いを持つその場所も、今は噴水と風によって生まれるわずかな草花の息づかいが聞こえるのみで。
どこか厳粛な雰囲気すら漂っているわけなのだが。
「知己さん、あの人達に何かしたの?」
「いや。己からは何もしてないと思うんだけどなあ」
思わず邪推するかのようにカナリは呟く。
対して知己は己のせいじゃないよを強調し、憮然として言葉を返した。
とは言えカナリがそう言うのも無理からぬことだったであろう。
何故ならば、知己たちから見える所までやって来ているのにも関わらず、待ち合わせ相手のスタック班(チーム)が、こちらにやってくる様子がないからである。
「来ないんならこっちから行っちゃおうよ! あいさつしなくちゃ」
だが、相手の都合もお構いなしなノリでちくまはそう言うと、だっと駆け出す。
「ち、ちょっと、待ちなさいよっ! 取り敢えず知己さんはここにいてください。何か知己さんが原因みたいだし」
対してカナリはそれでもこれは仕事なのだから、好き嫌い言ってる場合じゃないんだし、ちくまの行動は間違ってないのかもなんてことを思い、知己にそう言ってちくまの後に続いた。
「お、おう……」
だから知己はきっと己のせいじゃないと思うんだけど、なんてぶつくさ言いつつも大人しくそこで待つしかなかった。
遠巻きで見る限りでは、スタック班(チーム)の新人である沢田晶が、知己がいるのにたいそう戸惑っている、と言う感じだろうか。
知己はそこまで避けられるほど何かしたつもりはないんだけどなあと何気にへこみつつも。
その実知己自身、スタック班(チーム)のメンバーは苦手と言うか、確かにいろいろと厄介だから、ちくまやカナリに任せておいたほうがいいかな、なんてリーダーらしくないことを考えていた。
まず、聖仁子の場合。
知己の見解としては、大分自分が目の上のタンコブなのだろうと思っている。
彼女自身が知己と血縁関係にあると知らされたのはつい最近であり、それを簡単に受け入れられないというのはあるだろう。
知己だって『喜望』の駒としてそれまでいなかったものとされていたのに。
いきなり血の繋がった実の兄だ、なんて言われてもすぐに慣れることなどできないだろうと分かっていたからだ。
とは言え、知己は自分から仲違いしようなどとは思っていないせいもあり、兄妹であるということを周りに秘密にするという条件においては、普通に接してくれるし、戸惑いはあるだろうが心底嫌われているわけでもなさそうなのが救いだった。
だが、そんな仁子よりもっと厄介なのは、真光寺弥生という少女である。
スタック班(チーム)のリーダーである彼女は人当たりもよく、知己にもフレンドリーに接してくれるが。
その心の内では、実はそうではないんだろうな、というのがひしひしと伝わってくるのだ。
それは知己が思うに、勇よりも強い知己への対抗心。
その根本的な要因は自分ではなく、法久にあると思っているのだが。
普段からその意志をあからさまに表に出すタイプではないので、こちらからその理由を聞くわけにはいかないのが現状だった。
そこまで考えると、自分は何もしていないと思っていても、やはり晶にも嫌われる(これはあくまで知己の私見だが)理由があるんじゃないのかと、余計に落ち込む知己である。
唯一嫌われてないと、あまり気を使うことなく知己が接することができるのは、美里くらいのものだろう。
この世で一番大切な人にさえ嫌われなければ別にいいかという考えもなくはないが。
やはりそれはそれ、嫌われるより好かれるほうがいいに決まっている。
なんてこてを考えながら、それでも何するでもなく知己が手持ちぶさたに遠巻きに彼女らを眺めていると、知己の携帯から法久専用のメロディが響いてくる。
それは当然法久からのもので、ここに法久曰く専用のダルルロボがあるのにどうしたんだろうと思いつつも、知己は電話に出た。
「もしもし、法久くん? わざわざ電話でどうかしたのか?」
『……いや、ちょっとちくまくんやカナリちゃんに話していいものかどうかって思ったのでやんす』
すると法久はひそめるようにそう言ってきたので、法久の本体がらみの話なのだろうとは予測し、知己は何やら雰囲気良さそうに会話しているちくまたちを確認すると、言葉を続けた。
「なるほど。なら今は大丈夫だ。……それで、何かあったのか?」
『あったと言うかなんて言うか。話すことはいくつかあるでやんす。まずはジョイちゃんのことなのでやんすが……実はでやんすね。おいら、ライブをやる前に会ったのでやんすよ』
「え、そうなのか? って、何で? 法久くん地下にいたんじゃあ」
何気に聞いていてその内容を理解するうちに、知己の口調は驚きのものに変わってゆく。
それと同時に、だからこそ知己にしか話せない、そう言うことなのだろうと理解した。
『そうでやんす。まさにその地下10階で会ったのでやんすよ。……後で聞くところによると、会長が許可して、稲穂くんが中に入れたそうでやんすが』
「そっか。二人ともあの凶悪なほどにプリティな赤ほっぺの魔力に負けちゃったわけだな」
他に言うべきことはあるはずなのに、しみじみとそう言って自分を納得させる知己。
それは、ジョイが『喜望』に来た理由も、榛原たちがすんなり彼女を通した理由も、分かっているからこその発言ではあろうが。
法久はお約束でやんすね、と深いため息をついて言葉を続ける。
『まあ、それはまずないと思うでやんす。実際のとこは、秘密の11階とおいらの存在を知らない稲穂くんが、先日のライブのチケットを渡すためにたまたまいなかった会長の代わりに応対して、カーヴ能力関連の資料のある場所をジョイちゃんに教えたってとこでやんすかね』
「わざわざ分かりやすい状況説明をどうも。んで? みゃ……じゃなかった、ジョイの動向は是非知りたいとこだけど、それを前置きに置いたのには何か意味があるんだろ?」
やはりこちらにはやってくる気配のないスタック班(チーム)に、今ばかりはちょうどいいか、などと知己は思いつつ本題を促す。
すると法久は、ではと改めて間を置くようにしてからそれに答えた。
『それがでやんすね。なんだかんだでジョイちゃんと話をして、未来へと渡る能力……いわゆる『時』を操る能力については、こちらで調べるということで落ち着いたのでやんすが。どうやらジョイちゃん、カナリちゃんやちくまくん……特にちくまくんには会いたくないそうで、会ったこと、秘密にしておくように頼まれたのでやんすよ。まあ、おいらからすればこれ以上誰かにここにいることを知られなくてすむから、結果的には良かったのかもしれないでやんすけどね』
確かに法久の存在は、なるべくなら誰にも知られたくないのだが。
その一方でそれは、知るものが誰もいなくなった場合、集めた情報が使えなくなる可能性も示唆していた。
それを考えると言葉は悪いが、いざという時の保険としてジョイに知っていてもらうのは悪くないと思える。
おそらく榛原はそれを見越していたのだろう。
お互いがここにいることを、お互いの秘密にすると、法久とジョイが約束したのならば。
本当の法久の存在がジョイから漏れることはまずありえないだろう。
一度結んだ盟約を破れないのが、ファミリアがファミリアたる由縁であるからだ。
(そうでなければ、そもそもはぐれファミリアなるものは生まれない)
「……とは言え、何でちくまたちに会いたくないなんて言ったんだ?」
そして、なんとなく思いついたように知己がそう言うと。
法久がなんとも言えない苦笑いをするのが分かった。
『えーっと、その……なんて言えばいいでやんすか? そのままストレートにいろんな意味でデンジャーな知己くんが一緒にいるのは確かな理由の一つだと思うでやんすけど』
「ぅぐっ! いや、まあ……確かに、ホンモノを見たら大分と取り乱す自信はあるが、くっ……」
案の定、法久の言葉をそのまま受けて、悔しそう? な息を吐く知己。
法久としては知己の能力の関係で人型を保てないから、と言うことをメインで言いたかったのだが。
今の知己の口振りからすると、知己自身の思いこみもあながち間違ってはいない気がしたので、法久はやはりそのまま苦笑するしかなかった。
「ま、口惜しいが仕方ない。それでみゃ……じゃなくてジョイはどこにいったんだ? まさかまだそこにいるわけじゃないんだろ?」
『えっとでやんすね、それから他の手段……なんでも願いを叶えてくれると言うあやかしの伝説とやらを調べに、若桜町の方へと向かったのでやんすよ』
気を取り直してまさにこれが本題だとばかりに、法久はそんな言葉を口にする。
対して知己は、その一見突拍子もないものに引っかかりを覚えた。
「んー。願いを叶えるあやかし、ねえ? ジョイには悪いが何かうさんくさいと言うか……はて? ついさっきどっかで聞いたような言葉だな」
知己は法久のその言葉を受けて、今日も清々しい快晴が予想されるうろこ雲まばらな青空を見上げて考え込む。
そして、特に悩むことなくそれがなんなのか思い出すのだった……。
(第80話につづく)
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