第二十二章、『AKASHA~Suger kiss~』

第162話、忘れ去られし天使、まいそでの天使に会いにいく


がたんごとんと電車が揺れる。

記憶のふた、ずれていく。

まっくら闇の世界。

音響くたび、またたく光。


ジョイはひとり、闇のずっと向こうに浮かぶ、星とも灯りともつかない、流れ去りゆく光を眺めている。

   


―――この夏、ジョイ……透影・ジョイスタシァ・正咲は。

自分のことを思い出した。



やらなければならないこと……知ってる。

それは時間を越えるための扉をさがすこと。

    

これから起こる、もう避けることのできない悲劇。

でも、そこで終わっちゃうのはいやだったから。

そんなの絶対いやだったから。


そこから始まるように、ジョイはそれを探しに向かってる。

時の扉が開くと言われる、信更安庭学園。

ジョイの、もう一つの思い出の地へと。

   


だけど。

こうやって確実にその場所へ近付いていること。

肌で感じ思うのは、その場所への懐かしさじゃなくて、言葉に表わせない不安だった。


その不安の正体……ジョイはたぶん、気付いている。

すべてを思い出したと、そう思っていたけれど。

いまだ肝心なことを思い出していないんじゃないかって。


きっとそれが、不安の正体。

   


思い出していないこと。

それは十中八九、時の扉のことなんだろう。

それが、一体どういうものなのか。

扉と言っているけど、本当に扉かどうかもわからないし、学園のどこにあるのかだって、全く予想もつかなかった。

   

けれど……ジョイが不安なのは、そう言う表面的な、調べれば分かるようなことじゃないんだと思う。

かつて、悲しみと苦しみに耐えかねて、逃げて、押し付けてしまっていたわがままな忘却に、それは似ている。

似ているから不安になって、不安に不安が積み重なって……。

   



「今にも世界が終わりそうな顔してる、薄幸そうな美少女がいるって言うから誰かと思ったら正咲とね? ……期待して損したばい」

  


呆れてからかうような、ぶっきらぼうで、それでいてやさしいそんな声に。

ジョイの思考は呼び戻される。

 

その声の主は、どすんと向かい合った対面の席に腰を下ろし、紫色とも桜色とも違う、この世のものとは思えないような……それでいてどこまでも純粋で、だけどちゃんとそこにある、心安らぐ瞳を向けてくる。

悪ガキが何かをたくらんでいるみたいに。



「けんちゃん! なんで……?」


どこへ行くか、なんて詳しくは聞いてなかったけれど、まさか同じ電車に乗ってるなんて思わなくて、ジョイは呆けたように声をあげてしまった。



「何でって、お前ひとりじゃ心配だからに決まってるとね」

「……え?」


麻理ちゃんや瀬華ちゃんにならともかく。

そんなありえなさそうなことを言われて、ドキリとする。

けれど、やっぱりそれはありえないことで、賢はジョイの心を見透かしたかのように。

  

「はは、なんてな。本当はたまたま一緒だっただけばい」

  

笑ってそう言い、いきなりジョイの髪をぐしゃぐしゃとかき回してくる。

   


「なにすんのよぅ、けんちゃんのバーカ!」

「そうそう。そうやってやかましいほうが正咲らしいとね」

「む、どういう意味よぉ」

  

ちょっとひどい言い草に思わず威嚇の声あげて、睨みつけてみる。

でも目の前賢には、全くもって効果がなかった。

 

どういう意味もなにも、まあ……落ちてるジョイを見かねての行動なんだろうけど。

これだけでさっきまでのくさくさした気分がどっかにいっちゃってるのも、また事実で。

何だかそれが、とてもくやしかったりした。

   

  

「……で、正咲は信更安庭に向かってるんだよな? 何しにいくと?」

  

と、ジョイがそんな事を考えているのにも、気付いた風もなく。

まるで何事もなかったかのように、賢はそんな話題をふってきた。

実際、賢にとっては、なんでもないことなんだろうなって、最近思う。

 

守ることも助けることも励ますことも、それは当たり前のことで。

当たり前だから、その見返りだって考えもしない。

 

ただ、与えるだけ。

こっちが返そうと思っても、賢はそれを受け取らない。

 

そう、ちょうど今のように、巧みにはぐらかして。

もっとも性質が悪いのは、それに賢自身が気付いていないこと、無意識に求めないこと、なのだろう。

 

だからこそジョイたちは、うまくやってこれた。

なんていうのは、ジョイのキャラじゃないし、言ったら嫌われそうだから……口にはしないわけだが。

   

 

「えーと、あれ? けんちゃんに言ってなかったっけ? 時の扉をさがしにいくの」

 

そんな言葉を返しながら、ジョイの思考はめまぐるしく回転している。

自分らしいってなんだろう?

その時はそんなこと、頭のはしっこで考えていたりした。


 

「あー、言われてみればそうだったとね。この時の扉っていうの、信更安庭にあると?」

「んー、たぶんね。ぜったいじゃないと思うけど、今までだってそうだったし、ただ、少しでもそれっぽい情報があったら、ひたすらあたってるだけだよ」 

「そか。偉いな正咲は。僕がただぼーっとしてる時から、ずっとそうだったんだもんな……」

  

ジョイの言葉に、しみじみと賢はつぶやく。

 

「べつにえらくはないよ。それこそ、あたりまえ、なだけだし。むしろジョイ、けんちゃんよりひどいと思う。ほんとにしなくちゃいけないことから、ずっと逃げてたんだから」

「……カナリのこととね?」

  

言われ、賢は知ってるんだってことを思い出し、こくりと頷く。

 

「けんちゃん。けんちゃんでいいのかな? けんちゃんはどこでマスター……ううん、カナリちゃんと知り合ったの?」

   

お互いにもうひとりの自分の名前を呼んだあの時。

それは日常からの変容を、無意識に感じ取ったものなのだと、ジョイは認識していた。


ジョイ自身はもう一人のケン……鳥海白眉に出会ってはいたけど、カナリとまゆがいつ出会ったのかは、ジョイ自身知らなかった。


だから、そう問いかけたのだが。

賢はもったいぶることもなく、あっさりそれに答えてくれた。



「僕がっていう言い方はちょっと違和感あるけど……正咲はさ、ネセサリーの正式メンバーだった宇津木ナオさんのこと知っとると?」

「んー。少なくともジョイは会ったことないと思う」

「……つながってる感覚すら切り離したってのは、本当なんだな」



それはもちろん、知らないことを言ってるんだろう。

だから今厄介なことになっている訳だし、謝って済む問題じゃないってことも充分に分かっていた。



「ま、よかたい。とにかくカナリと……あと、凛とまゆ、レミの4人で、うず先生のもとバンドを組んでたとね。それは表向きで、やってることは今と変わらないけど……後はまぁ、本人の口から聞けばよかとね」

「うぅ。それができたら苦労はしないよっ、分かってていってるでしょぉ」

  

ジョイが思わず泣き言を言うと、しょうがねぇなあって感じで苦笑してみせる賢。

それは逃げ出していたツケ、なのだろうが。

あの子……カナリと会って話をするのは、すごく勇気のいることだった。

 

それは自業自得で、自分で何とかしなくちゃいけないことなんだろうけど。

とりあえず今は、改めて考えることにして……。

   


「そっか。じゃあ、ずっと前から『こう』なるってこと、わかってるひとはわかってたんだ」

 

こうなること。

正直ジョイは口に出していいたくないこと、信じたくないこと、だった。

 

この世界の危機のこと、ぴかぴか光る人も、そのうず先生って人もそうだけど。

それでもなんとかしなくちゃって、世界を救いたいって考えている人、たくさんいるんだなって、ちょっと感動する。


みんなでできること、全力でやればきっとなんとかなるって、そういう気持ちになる。

 


「そうだな。だからこそ僕も、じっとしてらんなかったっていうか……麻理も瀬華も、ついでに正咲もがんばってるのに、僕だけ待機なのはしゃくだったとね。少しでもできること、あればなって思って、こっちにきたとよ」

「こっち? 信更安庭学園になにかあるの?」

 

ついでには余計だったけど、とりあえずそれも後回しにして、ジョイはそう聞いていた。

 


「ああ。僕さ、まゆの意志を継いで今、ここにいるとね。けど……そんなまゆのこと、ほとんど知らないんだよな。あいつ、僕のことばっかで、全然自分のこと教えてくれなかった。ほんとにあいつ、僕を中心に回ってたんだなって。知らなかった自分が恥ずかしいとね。でもな、そんなまゆだったけど、僕以外に気にかけていた存在が、ひとりいたんだよ。だから僕そいつに会いに行こうって、そう思ったとね。会って、まゆの意志を継いだこと、ちゃんと話して……始めて僕、スタートラインに立てるんじゃないかって。そう思ったとね」 

 

すると、まるで恋焦がれるひとを思うみたいに、賢はつぶやく。

   


「……それって、だれなの?」

 

それが、気にならないわけはなかった。

思わず身を乗り出したジョイに、賢は息をつき。

  


「……まゆの妹。たしか、恵ちゃんって言ったとね。まあ、僕にとってもいとこになるわけだけど。今まで会ったことなかったって言うか、いるのも知らなかったとね。まあ、家から出してもらえなかったみたいだからしょうがない気もするけど」

 

信更安庭学園で家から出られない人。

その時ジョイが考えていたのは、一人の少女のことだった。

 

 

―――まいそでの天使、リア。

 

第三の救世主とも呼ばれる、ジョイがここにいた時から、ウワサになってた話題のひと。

その名を聞いたときから、他人だとは思えない……そんなひと。

   

 

「何をしに行くのかと思ったら。そんなにひまなら、知己さんたちについていけばよかったのに」

「……おいおい、それはい言いっこなしばい。僕には無理とね」

 

だけど、そんな心うちとはべつに、口から出たのは。

自分を棚に上げた、そんな皮肉。

   


「ま、いっか。ジョイが心配でついてきてくれたことにしといてあげるよ」

「……何かしゃくだけど、そういうことにしておいてくればい」

 

だからそう言って、お互い苦笑する。


その一方で、天使のいとこはやっぱり天使なのかな、なんて考えている正咲がいて。

 

その時は当然知る由もなかったが。

そんな考えが間違ってなかったなんてこと、想像すらしていなくて……。





―――『誰にでも時は等しく過ぎる』。

 

その言葉通りに、世界は動いていた。


それは……知ってはならない、伝えたくなかった物語。


今、その物語の紐解こう。


その中にあるのは、一体なんなのだろう?

その答えの全ては……この先にある。



              (第163話につづく)





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