第464話、離れる前に少しだけの勇気を持てばきっと替えられた、『過去』と呼ぶ未来を



―――『ドリームランド』内。



ナオ……マネージャーの宇本孝樹と『R・Y』のメンバーが創り出した、防衛拠点とも言える内なる異世。


一見すると、リハーサル室と変わらないように見えるそれ。

元より外側にいるものにとってみれば、的に等しいものであることに違いはなく。

せめて、美弥が目を覚ますまでのつなぎのつもりであったのは確かではあったが。

 


「これは、ちょっとまずいかもしれないな。思ったより限界が早くやってきそうだ」

「……っ。あの、天井を覆うように降ってくるもののことかい?」

「えぇ。ドームの中なのに? あれってただの雨、じゃなかとね」

 


まゆと真を引き連れ拠点となる内なる異世を強化するかしないか、そんな時分。

何者かの、正確にはここにいる能力者すべてのアジールが混じり合いできた、その外側を覆う異世。


元は白かったであろう天井がなくなっているのに気づいたのはすぐのことだったが。

それから幾ばくもなく、どこからともかく降ってきたのは。

黒いシミのごとき水粒であった。


しかもしれは、こちらの異世を少しずつであるが脅かすものであるらしく、ナオの異世のラインに添って滴り落ちていくものがある一方で、僅かに穿ち削っているのも確かで。

このままここを動かずにいたら、溜まりに溜まった闇の雨に押しつぶされる可能性もあった。



「とりあえずは頭上にアジールを貼りつつ知己たちと合流……あるいは『ドリームランド』自体から出てしまうのもありですかね」

「この際、それに異はないけれど」

「っ、うず先生! 外に無数の……あれは何と?」


何故だか殺気めいたもの……危険を感じなかったから気づくのが遅れたとはまゆの弁である。

そんなまゆに促されるようにして内なる異世の壁際、ドアの出窓を覗き込めば。

確かに結構な数の、闇色のファミリアめいた、降りしきる水粒にも似た異形……動物たちの姿がある。



「……ふむ。何だかどこかで見たことがあるような気がするが。やはりここで動かずに守りに入るのは悪手か。これ以上集まっても面倒だから、今のうちに強行突破することも考えなければ、ですね」


未だ眠りづ付ける美弥のことは、孝樹自身が背負うなりすれば何とかなるだろうか。

孝樹は周りに、自分に言い聞かせるようにそう呟くと。

二人にいつでも脱出できるように準備をお願いしますと告げると。

正咲と麻理が看ているであろう美弥の元へと向かう。





「失礼しますよ。入りますからね」

「あ、うーちゃんせんせー。まだみやちゃんおきそうにないけど」

「ええ、分かっています。しかしここに長居できそうにもないので、今すぐここを出たいと思います。彼女は僕が背負っていくので、二人はその先導と露払いをお願いしたいのですが」

「つゆばらい? ……あぁ、ほんとだ。何か集まってきてるね。ここからどこへ行くんですか? ともみさんのところ? それとも外へ行きますか?」

「ひとまずは、異世の外を目指しましょう。それから知己、さんたちと合流しても遅くはないでしょうし」

「「りょう~かいっ!」」



孝樹の言葉を聞くや否やすぐさま状況を把握し、元気のいい返事をする正咲と麻理。

そんな二人に手伝ってもらいつつ美弥を背負うと、うなされてはいるもののアジールの枯渇がひどかったのか、やはり起きる様子はなく。


そのまま連れ立って内なる異世を出ると、準備といっても闇色の水粒とファミリアめいたものたちの動向を警戒するくらいしかやることがなかったようで、

律儀に外界を監視し続けていた真はともかく、手持ち無沙汰だったのだろうまゆが近づいてきて、

背中にしょった美弥に気づき、何か思うところがあるのか、じぃっと観察するように美弥のことを見つめだす。



「まゆさん? どうかしましたか?」


普段から真面目で責任感の強い彼女。

一癖も二癖もある『R・Y』のメンバーにおける、常識人。

そんな彼女の、今はどこか茫洋としているようにも見える瞳の奥に、孝樹……ナオ自身初めて見るような感情、熱く燃えるものを感じ取ったことで、思わずそう問いかけてしまった。



「……あっ。ううん。何でもないとね。もうすぐ外に出るんでしょ。ぼくが先導するから」


雨が、闇色のファミリアたちが、これ以上やってこないうちに急ぐとね、と。

はっと我に返ったまゆは、言葉通りいつもの彼女に戻ったようで。

一同を急かすように背中の翼をパタパタさせる。



「きゃわっ、もふもふっ」

「相変わらずまゆちゃんの羽はかわいいねぇ」

「くっ。これこそが抗い難き魔性か」

「ちょっ、なんばしょっとみんなしてっ。モフモフは後、行こうよっ」

「……」



その背中の翼は、一体いつからそこにあったのか。

それは、彼女の存在証明。

使命を全うし、抗い戦うことそのものでもある。



(……ふむ。そうなってくると、十中八九背中の彼女が、その対象者、という事になるわけか)


地球の、世界の、人間たちに対する意思表示。

今はいくつあるかも分からない『災厄』。

彼女は、そんな『災厄』に立ち向かい必要あらば滅する、あるいは封ぜる使命を負っていた。



『災厄』が、世界意思そのものであるのならば。

それを創り律する神のような存在の『使い』としては背反し背徳している、と言ってもいいのかもしれない。


だが、彼女らに言わせればあくまで力を封ぜることのできる翼持ちしものであるだけで、本当は『天使』などと呼ばれる存在ではないのだ。



まゆを含めた『R・Y』のメンバーの親世代。

その内の一人が、名も無き『災厄』にとらわれ。

その内の一人が、その翼に『災厄』の種と呼ぶべきものを封じることに成功した。


本来ならば、封じられたそれを未来の子供たちに伝え受け継ぎ分けることで、問題なく世界へと溶け行くはずであったのに。

世界そのものの反抗か、隔世遺伝による再燃か。

はたまた別の意味合いをもってか。


その名も無き『災厄』は封印を破り解き、彼女たち翼ある者たちから離れ逃れてしまった。


彼女は、まゆは。

その『災厄』を追い求め見つけ出し、再び封じる命を負っている。


ある意味で『災厄』の子供めいた、よくよく似通っているカーヴ能力者たちの輪の中に飛び込んでいったのも、そのためで。


だけど、『R・Y』のみんなとの音楽活動が、そんなことを掛け値なし大切で大事なものになっているだろうことはよく分かっていたから。




(前言撤回だ。しんどいこと、面倒なことなんざ、大人に押し付けときゃいいんだよ)


孝樹……いや、ナオは。

もはやとっくに自身を隠すこともなく。

やれやれ、とばかりにため息をついてみせて。


未だ醒めることのない『彼女』をもう一度改めて背負い直すと。

楽しげにじゃれあいつつ、ナオが創り出した異世から抜け出し、飛び出さんとするのを当たり前のようについていくふりをして。


さりげなく彼女たちを、異世から弾くことに成功する。



「……裏ばかりにかまけていてもあれですしね。折角の表舞台、頑張ってもらいましょうか」


自分はそれまでに、背中の彼女を知己のところへでも連れて行こう。

彼女が、美弥でもそうじゃなくても。

きっとそれで全てがうまくいく。



背負いおんぶしたまま知己の所へ舞い戻ったら、何だか凄く怒られそうだけれど。

ナオは、そうぼやきつつ。


そんな自分の選択が、間違っているなどと、全くもって考えもせずに。

闇色雨と獣の世界へと駆け出していく……。



           (第465話につづく)







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