第465話、やがて邂逅する、舞台の主役(ヒロイン)と好敵手(ライバル)たち


みなきときくぞうさんは。

空気を読んで馬に蹴られないようにとちょっと勘違いしつつライカたちから離れて。

当初の予定通り、『ドリームランド』から脱出する腹積もりであったわけなのだが。


 

「……というか。今更気づいたんだけど。何で逃げないといけないの? そっちの方が色々とめんどう。『天下一歌うたい決定戦』に出ないと」

『ふむふむ。確かになんと言いますか、ここ広すぎていつまでたっても出られる気がしませんし、いい加減ちょっと姿を隠し続けているのもしんどくなってきましたし、いっそのこと舞台へ上がってしまうのはありかもしれませんね。さすがのきゃつも舞台の上までは追いかけてはこないでしょうし』



最後のセリフに関しては知己を甘く見すぎであると言わざるを得ないが。

逃げて走っても、いつまでも終わりの見えない『ドリームランド』一個分の異世に辟易していた二人は、ついのそのことを決断する。


そもそもが、異世……裏側の世界のいざこざなどお構いなし、知る由もなく。

表の世界は変わらず動いているのだ。


ここに来てドタキャン、ぶっちするなんてありえない。

みなきの、歌手としてのプライドが許さないのは確かで。


結局、直前リハーサルには出られなかったが、トーナメント形式で歌い合う舞台であるからして、本番にはまだ間に合うだろう。


それまで何もかも面倒くさがって逃げ出そうとしていた事実なんぞ、どこ吹く風。

すっかり忘れ去ってみなきは踵を返し、普段は球場となっている中心部、『ドリームランド』最下層へと向かうことにする。


『ええと、主さまは確かみなきと大会にお出になるのでしたね。でしたら不肖、このわたくしめが代打を、代わりをつとめましょう』

「……だから。みなきは私だって言ってるのに。このツインテール愛玩が」

『大丈夫ですって。みなきのやつめは生意気にもメディアに素顔を出さずに音楽活動をしていたようですし、まさかわたくしめが成り代わっているなどとは、夢にも思いますまい』


成立しているようでそうでない、二人のやり取り。

そのままにきくぞうさんは。

そんなわけで化けますので主さまの腕の中、片腕からしばしのお別れです、などと一言断ってみなきの腕の中から飛び出していったかと思うと、すかさずその小さな身体が闇色のヴェールに包まれて。

ぐんと伸び上がるかのように大きくなって。

 


年の頃はみなきとそう変わらないであろう黒色ツインテールの、エキゾチックで危うい幼さの残る少女が、ヴェールから飛び出してくる。

しかも、ちゃっかりみなきと色以外はお揃いの舞台衣装まで身に纏っていて。



「きくぞうさん、あざとい。初めからそのつもりだったよね?」

「ほほほ。この艶姿の時は『キク』とお呼びくださいまし。いえ、今はみなきでしたか。アイドルなど、あざとくてなんぼでしょう。さぁ、行きますわよ。主……いえ、美弥さん」

「……正直、アイドルのつもりは微塵もないんだけど」



とはいえ目前のきくぞうさん……キクは、正にアイドルそのもので。

知己が目の当たりにしたらどうにかなってしまうであろう可愛さを持ち合わせているのは確かで。


結局みなきは、そう呟くも。

キクの言葉を否定することもなく。

『ドリームランド』の最下層へと、改めて向かっていく。

 

観客席と舞台。 

その境目を通り過ぎた瞬間、異世から現実の世界へ。

今の今まで何をしても脱出すること叶わなかった、表舞台へと舞い戻ることができたことに、気づくこともなく……。





          ※      ※      ※





結局、いつものように一番手で外へと飛び出していったのは。

一番が大好きな『R・Y』の顔、ボーカリストの正咲で。



「うひゃぁ。ほんぶりだ。ちべた……くない? あれれ? これはいったい」

「……む。確かに刹那の間は闇の雨に打たれんとしていたのにね」

「現実の世界だねぇ。みんなの心が、表層がつかめなくなっちゃってるし」


それに続くのは、バンドリーダーにしてドラム担当の真と。

バンドの癒し担当にしてキーボードの麻理である。

てっきり、足場の悪いフィールドでの終わりの見えない戦いが始まりを告げるのかと思いきや、まるで現実……その本番前のしんとして澄んだ静かな空気が、それぞれを戸惑わせるのには十分な威力を持っていて。



「っ、これはっ。異世から弾かれたと? まさか、うず先生!?」


そして、後ろ髪を引かれていたことで最後に飛び出すこととなったのは、バンドの核にして天使であるギタリストのまゆであった。

まゆは、飛び出してきてすぐに異世から脱出できたことがナオによるものであることを見抜き、してやられたと焦った様子で、何もなくなってしまっている……スタジオである場所へと舞い戻ろうとして。




「いたぁっ! なんだ。みんないるじゃないですか。もう本番、みんなの出番ですよ。急いでくださいっ!」


その背中にかかるは、むしろこっちが探し求めていたはずのナオ……ではなく。

『R・Y』のマネージャーである宇本孝樹の安堵たっぷりの声であった。



「ほんばん? でばん……って」

「何寝ぼけてるんですかっ。『天下一歌うたい決定戦』の一回戦、もう始まってるんですって! 次の次が出番なんですから、手早く準備しちゃってくださいっ」


そしてそのまま、結構焦った様子でそう詰め寄られて。

何がどうなっているのかも分からないままに孝樹の後を追いかけていくこととなって……。



            (第466話につづく)








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