第三十九章、『AKASHA~HEAVEN'S DOOR~』
第311話、君と同じ空に願いを込めて、僕はずっと待っている……
『私』が『夏井美冬』と言う名前をもらう前。
『私』は、ひとりだった。
あらゆる世界の時間軸から外れ、時の狭間に漂うもの。
名前どころか、その存在すらも曖昧であやふやで。
そんな彼女が出来ることと言えば。
帯状に、あるいは枝葉のように分かれ伸び続ける世界を、高みから見下ろすだけ。
ただ、見ているだけ。
多種多様、雑多過多な歴史絵巻。
それこそ全てを見るためには、永久の時間を過ごしても終わらなかったかもしれない。
かもしれない、なのは。
彼女はそれを最後まで見ることができなかったからだ。
最初の変容は、ひとりだと思っていた時の狭間の高みに、大小様々な光……
今思えば星のようなものがいくつもたゆたい、浮かんでいることに、気づいたこと。
それが、彼女と同じような『時の眷族』、同胞(はらから)である事に気づかされたのは、随分後のことになるわけだが。
認識し、捉えて。
ひとりじゃなかったのだと分かった途端、その光たちは尾を引いて落ちてゆく。
吸い込まれるようにして、世界の歴史紡ぐ帯の向こうへと。
それはさながら、流星群のようで。
それが、世界の枝葉に満遍なく蔓延る『七つの災厄』、そのうちの一つの力により導かれた結果だったなどと、当然知る由もなく。
訳も分からぬままに彼女自身も落ちてゆく。
その先にある、今彼女たちのいる世界へと、一直線に。
新たに生れ落ちた世界。
彼女はその世界で、所謂『幻想種』、あるいは『妖怪』と呼ばれる存在だった。
想像の世界にしか、存在しえないはずのもの。
夢の中でしか存在を保てないもの。
災厄の力持て、初めて具現できるもので。
とりわけ彼女は、四季で言う冬、氷雪の中に棲まうもので。
初めて知った仲間。
雪女と呼ばれた、頼もしい『姉』の存在。
ただ見ているだけの時の狭間に比べたら、何とも楽しく、素晴らしき世界。
だけど……。
その世界に存在し続けるのにも、限界はあった。
幻は幻。
誰にも気に留められず忘れられてしまえば、やがて消えゆく運命。
それでも彼女がぎりぎり存在を保っていられたのは。
姉、真冬の存在があってこそだろう。
彼女に美冬と言う名をつけてくれたのも姉、真冬であった。
真冬がいてくれたからこそ、『姉』が彼女を妹として認識してくれたからこそ、彼女はここにいる事ができていて。
でも、それでも。
ある時真冬は言った。
このままでは、比翼の鳥だと。
私だけに依存してはいけない、と。
そう言い残して、真冬は美冬の前から消えてしまった。
それから、音沙汰一つもなかった。
真冬がその後どうなったのか、今の美冬には知りようもなかったけれど。
多分、どこかで美冬以外の、自分を目に入れてくれる存在を見つけ、幸せに過ごしているのだろう。
一方で。
美冬は美冬であるために。
自分にできる存在理由……役割を探し始めた。
世界のあちこちを回り、たくさんのことを学んで。
最終的に選んだ仕事は、『サンタさん』であった。
北欧の国に実在しているお爺さんたちを真似た、正しくも幻想の存在らしい肩書き。
本当に彼らの存在を信じ、待ち続ける子供たちだけに訪れるキセキ。
それは美冬にとって、天職だったのだろう。
時代が進むにつれ、彼女らを信じ続けてくれる子供たちが減っていっても、ずっとサンタでいたかった。
ずっと、ずうっと、子供たちの幸せな寝顔を見続けたい。
いつしか、そんな欲まで持つようになって。
いずれは、誰にも彼にも忘れ去られ、消えゆく運命にあるって分かっていたはずなのに。
ふいに訪れた機会は、天恵か。
あるいは悪魔の囁きか。
ある日耳にした、『ファミリア』と言う言葉。
それは力ある人間との主従契約。
一度契約すれば、ファミリアの魂は主である人間に縛られ、消えゆくことも死にゆくこともできなくなる、というもの。
チャンスだと、美冬は思った。
まるで自身がこの世界で、生き続けるためにこしらえたのではないか、なんて思ってしまうくらいで。
さっそく、美冬は探すことにしたのだ。
自身を生かしてくれる、生涯のパートナーとなりうる、その相手を。
その時の美冬は、当然のごとく自分のことしか考えていなかった。
その契約が、ともすれば理不尽なほどの辛さや悲しみを生むことになるなんて。
これっぽっちも知らないままでいて。
兎にも角にも、自分本位でうきうきしながらその相手を探していた美冬に。
皮肉にも後に生涯のパートナーとなる『しんちゃん』の。
幼く、無垢で強い願いが響いたのは。
ある真冬の、雨と雪の混じった、とてつもなく風の荒い夜の日であった。
クリスマスのプレゼントではなく。
ただ一心にサンタを。
『私』を追い求める声。
大抵のいつもは、美冬の方から勝手にやってきて。
その寝顔と、朝起きた時の幻想へ触れたことへの笑顔を夢想して、満足して帰るって感じであったから。
逆に呼ばれて、かなり驚いたのを覚えていて。
そんな事ができるのは、それこそ『ファミリア』を使役できるだけの力を持つ子なんじゃないのかと。
打算と期待を持って夜空を翔んで。
やっと辿り着いたその目的地で。
美冬は更に驚かされることとなる。
(第312話につづく)
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