第312話、君の笑顔見ていたいのに、会えない日々が長く続いて


特定のトナカイのいない美冬は。

今日も今日とて背中にプレゼントを背負い、雪の精に混じって宙を舞っていた。


油断すると吹き飛ばされかねない強い雪風の中。

美冬の目に映ったのは、真っ黒に濁った川の激流。

柔らかい土手から滑り落ち、今にも川の中に沈んでいきそうな一軒家。


その様を、雨雪に打たれながら遠巻きに眺め、ざわついている黒山の人だかり。

救急車や、パトカーやのチカチカ眩しい赤い光。


たくさんあって、何だかクリスマスのイルミネーションのよう。

……なんてのんきな事を考えていた美冬であったが。




「長池さんちの子が暴走したんですって」

「ほんとに……怖いわねぇ」

「だからほら、なんていったっけ。あの収容所、あそこに入れておけばよかったのよ……」



ふいに、耳に飛び込んで来たのは、そんな会話。

それがどんなに冷たい言葉だったのかなんて、元より物理的に冷たかった美冬には知りようもなかったが。

ただ、美冬の『目的』が、あの崩れかけの人家の中にいることを知って。



(ん~。これじゃあ人目を忍んでは無理かなぁ)


サンタとしては、沽券に関わること。

人目を避け、密かにってのが常套だったわけだが。


今の世の中、カーヴ能力者とかいう人間たちが大人気で。

サンタの一人や二人現れても驚かないのは分かっていたから。

美冬は暴風と一緒になって堂々と降り立って。

堂々と土手淵に引っかかっている家へと歩き出す。



周りの人間達が、その事で騒ぎを増したように思えたけれど構いやしない。

私の目的の邪魔をするなら氷喰らわすぞ、くらいのノリでいて。



「あの、あなたはっ、まさかここを降りようというのですか?」

「危険です、今レスキューがっ!」



そんな美冬を引き止めたのは、一組の夫婦(つれあい)だった。

その二人が後のお義父さんとお義母さん(予約中)だなんて当然知らなかった美冬は、雪の女として大分胡乱げで冷たい瞳をしていたに違いなくて。

今思えば、そんな無作法な自身を殴りに行こうか、って感じであったが。



「そのまさかだよ。れすきゅー待ってる余裕(自分の目的達成的な意味で)ないし」


美冬は、ちょっとやさぐれ感なんぞ出しつつ、柔らかい粘土のごとき地面に手をつける。

途端、ピキキっと地面は凍りだし、美冬のための道を作る。

氷の道は家にまで取り付き、あっさりお手軽にあっという間に広がって、川に流れないように固定する。



何だかとて調子がいい。

まさに真冬さまさまか。

なんて思っていると、周りの黒山が更に大きな声をあげたからたまらない。

美冬が眉を寄せ耳を塞ごうとすると、凝りもせず声をかけてくる夫婦。



「あ、あなたはまさか、カーヴ能力者?」

「お願いです、ど、どうか息子をっ!」

「いやいや、そんなんじゃないから。私はサンタさん。かわいい子供にプレゼントを配りに着ただけよ」


格好を見れば分かるでしょうと。

とはいえ、貰うもの(契約と言う名のアレ)は貰うけれど。

なんてことは口には出さず、美冬は二人のことを適当にあしらい、さっさと氷の道を降りてゆく。


それを追いかけるみたいに声が聴こえてきたが構いもせずに、氷の道を軽快に滑ったその先には。

傾がった状態で、ちょうど二階の窓があって。

外から見た感じ子供部屋のようだったのでしめたと思い、硝子を凍らせ、小指一閃。


かそけき雪のように崩れた窓から、あっさり侵入。

そう、煙突から入るなんぞ、最早時代遅れなのだ。

最近の煙突は狭くて通れないものが多くて困ると。


そんな事を考えつつ、軽いノリで部屋に入っていくと。

狙い通りそこは子供部屋。


大人になった時のためなのだろう。

大きめなベッドの上に、まるっとした短髪の可愛らしい子が、口元くらいまで布団に隠れるようにして眠っている。


いや、眠ったふりをしていた。

今日はクリスマス、願うプレゼントが『サンタさん』そのものである以上、

大方美冬の姿を一目見ようと頑張って起きていたのかもしれない。



それは、何とも微笑ましいもの。

そのベッド以外は、何もかも水浸しで、小さなもみの木の明かりも消え、あるはずの赤い靴下はどこかへ流され。

災害現場そのものになっていなければ、美冬も素直に頬を緩ませていたに違いない。


外の状況が、今にも川の濁流に浚われそうだったわけだから、ある程度は想定の範囲内だったわけだが。


それでも驚き立ち止まらせたのは。

紅顔の男の子……『しんちゃん』に対してだった。


どうやら彼は、今の状況をこれっぽっちも理解していないようで。

何より周りのある水、流されそうになっている家が、十中八九彼の仕業だった、ということだろう。



―――カーヴ能力の暴走。


後に知る事となる知識だったが。

その時感じ取ったのは、孤独から解放されたかのような、異質の共有だった。


かつては『時』の、今は『氷』の眷族である美冬。

対する彼は、『水』に過剰なほど愛されるもの。



呼ばれるわけだと。

繋がるに相応しいと思うようになるのは、そう時間はかからなくて。


美冬は、敢えて気配を隠さず、ゆっくりと彼に近付く。

いつもならプレゼントを取り出しこっそり近付くのだが。

彼が望むプレゼントは『私』なのだから仕方がない。


緊張の為か力が入ってぴくぴく動く眉に、美冬は笑みを呑み込み、ついに立つ枕元。

まさかサンタから子供に声をかけるわけにもいくまいと思案していると。

アクションは彼の方が早かった。

ばっと布団をはいで、上半身だけ起こしたかと思うと、きっと美冬の方へ視線を向けてくる。

どこか切羽詰った様子だったのは、美冬の顔を見るまでで。



彼は案の定、ぽかん、と言う顔をしていた。

普通サンタって言えばおじいさんが当たり前だから。

本当の事を言えば種族としては雪女になる(姉の真冬がそうだったから)わけだが。

美冬がサンタをしていたのは自身を認識してもらうことだったから。

今までも敢えて姿を見せることもあったりした。


大抵の子は、夢だと思ってたようだったけど。

彼はそれでも美冬のサンタの正装を見て、サンタだと認識してくれたらしい。



「さ、サンタ……さん?」


おませさんなのか、美冬の刺激的な衣装に、元々赤い頬を更に赤くさせ、そう聞いてくる。



「うん。そうだよ」


微笑み、自身満々の肯定。

すると彼は、再びどこか追い詰められた様子で、言った。



「あ、あのっ。サンタさん。おねがいがあるんですっ。おれの……おれといっしょに、いっしょにいてくださいっ!」

「……っ」


それは、初めての衝撃。

歓喜と呼べる感情。

たどたどしくも、真摯に美冬そのものを欲してくれる言葉。



美冬は嬉しかった。

自分は存在してもいいんだって、涙すら出た。


後に『しんちゃん』はその時のことを思い出したのか、サンタを信じない友達に会わせたかったんだって、照れ笑いを浮かべていたけれど。


それは、刷り込みに近かったのかもしれない。

美冬が生まれてから、一番に求めてくれた愛の言葉。

こんなにも感情がざわつくのは、姉として名前をくれた真冬以来で。




「さんたさん……?」


急に泣きそうになっている美冬にびっくりしたんだろう。

心配げな様子で名を呼ぶ彼に、美冬は何だかどうしようもなく恥ずかしくなって。



気付けば彼を、しんちゃんを抱きしめていた。

真冬の極寒の中で尚、暖かい水の気に包まれている彼を。

その方がよっぽど恥ずかしいって思ったのはその瞬間で。




「ぼうや。お名前は?」

「し、しんのすけです」

「そう。私は美冬っていうの。よろしくね、しんちゃん」

「あっ。う、うん。よろしくおねがいします……」


名前を交わすこと。よろしくお願いすること。

彼はきっと、単純に自己紹介として受け入れてくれたのかもしれないけれど。

それは、ファミリア契約の前段階でもあった。


わがままで自分本位な美冬は。

彼に許可を取らずに契約をしようとしている。


瞬間、生まれるのは心の痛み、罪悪感。

今すぐ彼を自分のものにしてしまいたい、

自分の生を繋ぎ止めたいという欲目と、激しく戦っている。

その戦いは……数秒だっただろうに、随分と長く感じて。




「……しんちゃん。しんちゃんが私のことをずっと覚えていて、望んでいてくれるのなら、私はまた会いにくるわ。だから、その時は……」



勝負は、かろうじて理性が勝ったらしい。 

それでも、一方的な美冬のその言葉を。

彼は、真剣な瞳で受け止めてくれる。

白状すると、それがあまりにピュアでかわいくて。


――私のすべてをあげるから、あなたをください。

そんな言葉すら、野暮に思えてしまって。

身体は、勝ってに動いていた。


気付けば、彼を思い切り抱きしめて。

そぐそこにある額に、触れてるだけのキス。


それはもう、ほとんど契約に近いものだった。

愛とは、なんともはや厄介な感情であると今でも美冬は思い知らされていて。


抱きしめる力があまりに強かったのか、それとも他の要因があったのか。

意識失うほどに強く抱きしめていたことに気付いたのは。

大地を這うような地響きが聞こえてきた時で。



そこで今更気付かされる現状。

流れる水の轟音に、こちらが近づいていっているような感覚。

美冬ははっと我に返り、所謂お姫様抱っこで慎之介を抱え直すと。

慎之介が呼んだ水たちが、美冬の力に当てられ、凍り付き出している部屋を飛び出した。



その瞬間浴びた人間たちの喝采は、今でも美冬にとって恥ずかしい思い出で。

慎之介を両親に渡すや否や飛んで逃げ出したのを、美冬はよく憶えている。


それでも、カーヴ能力者さまさまで。

空を舞う雪女(サンタ)の噂はそれほど広まることはなく。




不変なままそれから十数年。


それは、この世界の様々な事を知っておきたかったこともあったが。

大好きな人を待ち続けて引きこもっている真冬をようやく見つけ出し、遊びに行っていたりしていたのもあったりして。


一番の理由は、結局口に出さなかった比翼の言葉が。

慎之介の年で十年を過ぎなければ認めてもらえないせいもあったのだが。


今思えばそれも勘違いで。

もっと早く会いに行けばよかったと、美冬は少し後悔していた。


何故なら、押しかけ女房そのもので、一人暮らしをしていた慎之介の家に居着いてから、心穏やかなほのぼの日々は、一年も持たなかったからだ。


加えて、人間の慎之介にとってみれば、十年というのはどうにも長かったらしい。

人間たちの言葉で言う結婚を迫っても、慎之介の反応は戸惑いばかりだった。



当たり前と言えば、そうなのかもしれないが。 

それでも一緒にいることを許してくれたのは。


本契約……カーヴ能力者的に言えば、ファミリアの契約をしてくれたのは。

慎之介の優しさだったんだろう。


でもその時の美冬は、いっしょになれたことを、命が繋がったことを、

自分本位に浮かれるばかりで。


ファミリアの契約の怖さを、よくよく理解していなくて……。



           (第313話につづく)







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