第313話、カーヴに依らないはずれもの同士の戦い
『それ』に美冬が気付かされたのは。
慎之介の仕事場に勝手についてきたせいで、発せられた慎之介の言葉でだった。
美冬は元、時の狭間の眷属で。
人間より自然に近い妖(あやかし)だったせいもあって。
この世界の、人間の歴史に終わりが近づいていることを知っていた。
と言うより、その事を、あまり大事だとは思っていなかった。
美冬がこの世界にやってきたように、自分のことだけを考えていれば。
この世界から剥離し、安全な世界へ移ることなど簡単だって思っていたからだ。
現に、世界を回るうちに、そのための知識をいくつか持っていたから。
まさか慎之介が、「それでもこの世界に残る」なんて言うなんて思いもよらなかったのだ。
それからの美冬は、焦ってばかりだった。
つれない慎之介を捕まえて、閉じ込めようとしたことすらある。
焦っていたのは、さっきも述べた通り、怖さを知ってしまったからだ。
繋がったことで、慎之介の疲労が、苦悩が、恐れが、手に取るように分かる。
強がっていても、その誇りを無視して、隠していた心に気付いてしまう。
それは、とても怖いことで。
ある意味、いやな予感もあって。
その予感は、最悪の形で、実を結ぶこととなる。
「おれの命は、後どれくらいっすかね?」
大きな大きな鉱物でできた人の形の体内で。
図ったように壁越しから聴こえてくる慎之介の声。
それは、必死に目を背けようとしていたのに。
無理やり首をねじられてそれを目の当たりにさせられたかのような感覚。
そう、美冬は知っていた。
慎之介が彼女を庇う形で、放っておけば死に至る毒……あるいは呪いのようなものを受けてしまったことを。
慎之介は、それを美冬に気付かれないようにと必死に誤魔化していた。
その努力が、何の役にも立たないんだよ、なんてどうして言えただろう?
嘘か真か分からなかったけれど。
「それを治す力がある」って言う天使のまゆの言葉がなければ、
美冬の心はおかしくなってしまったに違いないなくて。
だからこそ。
敵か味方かも分からない、美冬の正体を暴いた千夏と言う女の人が。
慎之介を凍らせ……鉱石の中に閉じ込めても。
医者である彼女の、毒の進行を遅らせるための医療行為として疑わなかったわけだが……。
※ ※ ※
《 最終ステージは個人戦です。
【横隔膜】のフロアより上にある、
『魂の宝珠』を【心臓の間】まで持ってきてください。
『魂の宝珠』があるのは、【脊髄の間】、【右耳】、【右手】、【左耳】、【左手】の五ヶ所です。
【心臓の間】には、三つの宝珠を掲げる杯があります。
つまり、五つある『魂の宝珠』のうち、三つを持って【心臓の間】へ辿り着ければゴールとなります。
その先には、あなたの望むもの……『解毒、解呪の法』があることでしょう。
あなたの目指す道は、【左足】です。
『魂の宝珠』を獲得するために。
『魂の宝珠』の前には五つのルートごと様々な『試練』や、プレイヤー達を妨害する『敵』立ち塞がります。
【左足】にあるのは『香蛇の試練』です。 》
「なんなの、これ。意味が分からないよ……」
巨大な人の形。その身体の中にある異世界で繰り広げられる、カーヴ能力者としての、命をかけたゲーム。
正直、美冬自身はその事をに対し、真に迫ってはいなかったのだろう。
自身の命は慎之介のものだと、軽く見ていたせいもある。
あるいは慎之介が、この終わる世界に残るならと、諦観していた部分もあったのかもしれない。
だからこそ。
頭くらいしかない、真っ赤な空飛ぶ人形が示すその文章は。
美冬にとって、思ってもみなかった誤算だった。
まゆたちは、個性あれどみんな良い子たちだ。
慎之介に関わること以外なら、信用も信頼もしていたって断言できる。
だけど、このゲームの主催者は、その唯一といっていい部分をついてきた。
それは、慎之介とまゆたちを天秤にかける仕打ち。
示されたものを拒絶したい心持ちで呟く美冬の前にあるのは。
気遣いと優しさで、閉じ込められていたと思っていた、プリズムを撒く鉱石。
そこに、眠る慎之介の姿。
その鉱石には、台座がとりつけられていて。
その台座の部分には、パソコンとは一味違ったボタンのようなものがくっついている。
そんな中、何より美冬の目を引いたのは。
青い炎を宿し光る珠だった。
「……」
美冬は、本能的に理解する。
それが、まゆたちを助けるだろう、『魂の宝珠』なのだと。
そしてそれは、まだ完成していない。
そのゆらめく炎が、珠の半分ちょっとまでしか達していないからだ。
『魂の宝珠』。
それは、その名の通り、生きるものの魂を力にして作られているらしい。
となると、じわじわと嵩(かさ)の増している炎の火種とも言えるべきものは、
当然慎之介自身、生命力のはずで。
「しんちゃんっ!」
その時の美冬の行動は、いっその事浅慮と言えるほどに素早かった。
考えていたのはただ一つ。
慎之介のことだけ。
さっきまで考えていた、まゆたちの事とか、申し訳ないくらいに吹き消えていて。
半ば本能のままに、美冬は台座にくっついていた、一番大きな丸いボタンを押し込む。
それは下手すれば、逆に慎之介を窮地に追い込むかもしれなかった行動であったが。
不幸中幸いか、それまで慎之介を覆っていた氷めいたものが、いきなり粘度を増し、溶け出すかのごとく水と化して美冬の方へなだれ込んでゆく。
美冬は、自身に絡み、まとわりつく水を気にせず、更に一歩踏み込んだ。
その流れに乗るように、前のめりに倒れ掛かる慎之介の姿を見たからだ。
思っていたよりも強い衝撃。
生きている暖かさ。
慎之介が、存在している証。
美冬が存在できているのだから当たり前なのだが。
それをまゆに指摘されるまで随分と慌てていた自身を思い出して。
それでも、生きていることを肌で実感したことで、大きく息をついて安心している美冬がそこにいて。
「……っ」
その時だった。
その場に鳴り響くは。
けたたましく、慎之介が起きてしまうんじゃないかってくらいやかましい音。
慎之介を抱きしめたまま、はっとなって顔を上げれば、赤く青く点滅する台座と。
何だか怯える小動物みたいに、ぐるぐると宙を飛び回る、赤い機械仕掛けの人形の姿が目に入る。
慎之介を優先してしまったことで、まゆたちに良くないことが起こるかもしれないということは、どうしようもなく感じていた。
取り返しのつかないことをしてしまったのではなかろうかと、不安を煽る警告音。
と。美冬が目で追っているのが気づいたのか、赤い人形はすぐさま美冬の方にやってきて、後頭部を晒す。
カタカタと音がして、青く光り、晒された頭の中に映し出されるのは、さっきもみた機械の文字。
《 警告! 『魂の宝珠』、充電完了前に解除されました。
台座の充電機能停止。及び緊急バックアップに入ります。
台座に、『贄』意外の生き物を近づけさせないでください。 》
そこには、そんな風に示されていて。
機械にうとい美冬がその意味を図りかね、首をかしげたその瞬間だった。
―――尋常に、参る!
今思えば、律儀なそんな声と。
真冬と会うことが少なくなってから、とんと触れる機会のなかった類の、『力』の波動。
それは、カーヴの力、アジールとは別種の力。
あえて名を持たすのならば、妖力とでも言えばいいだろうか。
それが、突然美冬の頭上に生まれる気配。
実際は、そこにアジールも含まれていたのだが、それを考えている余裕は美冬にはなかった。
慎之介を懐にかき抱くように、前のめりに転がるのが精一杯で。
凄まじい圧力と揺れ。
完全に回避することままならず、肩口のあたりを削り落とされるような感覚。
春の熱に溶けてなくなっても、冬になれば元の通り。
……そんな美冬でなければ、掠っただけで決まっていただろうもの。
加えて、不意打ちで来たのにも拘らず、相手に名乗る余裕すらある。
そう判断してから、美冬の行動は早かった。
今この状況で、真正面から戦うのは愚策。
早々に決めつけ、それが正しいのかも分からぬままに、
「顕現せよ、我が眷族! 『亜純(あずみ)の羅雪』っ!!」
美冬の取っておきの一つ、極寒暴風の吹雪を召喚する。
後ろ手に放たれたそれは、突然の闖入者ではなく、それを包む大気を氷結させる。
相手に、氷と寒さへの耐性があろうがなかろうが関係なし。
背中の痛みも、虎の子の行使による負担も無視し、そこで初めて美冬は振り返る。
「足……?」
そこにいたのは、大きな大きな足だけのナニカ。
切られた足首と甲の中間に、青白い目と口があるばかりで、後は周りと同じ赤黒の配色。
対面した状態で親指が一番左側にあることから、赤い人形が言うように、それは左足であることが分かる。
(百々目鬼? まさか山本の大将ってことはないだろうけど……)
一メートルはあるだろう氷の壁を、内側から戦慄するほどの早さで溶かしているのを見れば、その種族の推測などしてる暇などないことは明白で。
「顕現せよ、我が眷族! 『雹床』っ!!」
美冬は叫び、駆け出す。
優先するのは、背負い直した慎之介の安全。
蛹の覆いを食い破り、這い出す成虫のような動きを見せる左足を置き去りにし、すれ違うようにして、先の見えない赤とピンクの通路を、ひたに滑る。
薄く張られた氷の床に任せて、走るより早く。
百メートルほど離れても、足を止めない。
氷柱を、垂氷を、霜柱を。
道を塞ぐように張り巡らせ、更に更に進む。
その作られ、宛がわれた一本道の先に何があるかも知らずに。
(第314話につづく)
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