第314話、互いに不本意だけど、引く事も進む事もままならない



それから、数分もしないうちに、氷壁が破られる感覚。

破った当人は、美冬の仕掛けた眷族たちをものともせず、彼女の方へ向かってくる。

どうも、このままじゃ逃げられそうもないようで。

 


置いてきたしまった赤い人形が示した試練。

それはきっと、慎之介を取るかまゆたちを取るか。

そのどちらでもない方法を取るか、悩ませることだったのだろう。

 

皆も同じように、今悩んでいるのかと思うと。

心底、自身の冷たさを感じずにはいられない美冬である。


自身が選んだこの道が、正解であったとは思えない。

恐らく、冷静になって考えて考えて考えれば、最良の選択肢はあったのだろう。

今更そんな事を考えても、遅いわけだが。 

 

考えなしに行動してしまう所を、真冬にも注意されていたのに。

そんな自身に美冬は笑うことしかできなくて。



 

道の変容は、ちょうどそのタイミング。

それまで、左足が通れるぎりぎりの幅しかなかった道が、丸くくりぬかれた形で、片側だけ大きく広がっている。


この、大きな大きなダンジョンが人の形であるならば。

想像するにくるぶしの部分。

 

美冬が迷ったのは一瞬だった。

抱えていた慎之介を、そのへこんだ部分へゆっくりと横たえて。

 


「顕現せよ、土霜よ、氷柱っ!」


そして、できる限りの厚い、氷の壁を張り、慎之介を覆い隠す。

それで、ここを通り過ぎてくれれば楽なのだが。

追ってくるそれが、慎之介に気づかない保障はない。

故に美冬はすぐに踵返し、広がる前の道幅の部分まで戻る。

もうすぐそこまで来ている、足音を迎え撃つべく駆け出して。

 


垂氷の張り巡らされた場所。

巨大な左足はそれをものともせず、足先から突っ込み、破壊する。

ギラリと光るは、大剣のごとく黒光りする爪。



そいつは……戦うことに対し、どうも特別な意思を持っているらしい。

逃げていた時は脇目もふらず追ってきたくせに。

美冬が相対した瞬間、絶妙な間を空けてぴたりと立ち止まり……いや、左足でありながら、地に足をつけることなく、ユラリと中空に静止する。




「……随分と親切なのね。さっきも声をかけてくれたし、今もここで待ってるし」


別に返事を期待していたわけじゃない。

その懐かしい妖気のこともあったが。

正々堂々としている感じが、悪くないと思ったからだ。

それは裏を返せば、それだけ余裕のある強者、という意味合いでもあるが。



「某は、某の都合の良い様に動いたにすぎぬ。某の、任遂行の為に」


初めに声をかけられた時に気づくべきだったのだが。

随分と流暢な言葉を扱う左足。

思いがけない返事に、より一層身が引き締まる。

その言葉の意味を、必死に考える。



「都合……それって何なの? あなたの目的は何?」


考えたのは一瞬。

分からないことがあったら直接聞いてみる。

道が分からなかったら、人に尋ねる。


それは当たり前のことだと、そう思っていたけど。

慎之介に言わせれば、凡人にはできない特殊能力らしい。

美冬はそれを聞いて、大げさなんじゃないの、なんて思っていたが。



「……某に許されし言の葉は一つのみ。時を稼ぐこと、よ」


それはなんとも忠臣めいた台詞。

そういえば、まゆもそんな事を言っていたのを思い出して。



「あなた、結構お人好しさんだね。妖としては変わり者だけど」


それが真実かどうかはさておき。

あまりにあっさりとそう答えてくれるものだから、ちょっと拍子抜けする美冬である。


彼? の目的が、慎之介の命、などではなくてほっとする。

自身の命じゃなくて、内心物足りなさもなくなない。


だが左足の彼は、そんな考えを全部切り捨てるみたいに、あえて鼻で笑って見せた。

鼻がどこにあるのかは、分からなかったけれど。

 


「愚かな。そんな筈がないであろう……今更悔やんでも時遅しだがな!」


叫ぶ言葉に悔恨のようなものが滲んでいたのは、気のせいではなかった。

美冬がその訳を知るよりも早く、深く深く息を吐き出す左足。




「……っ」


途端、そこかしこから黒色の煙が噴き出したかと思うと。

みるみるうちに左足を包みこんで……。


 


「血踵のレフローデ、いざ、参るっ!」

 

声質が。気配が。その存在そのものが。

刹那のうちに変わる。

むせ返り、全身が総毛立つ、死をばら撒くもの。

 

 

「くうっ」


正直、ここまでの存在が現れるのは想定外だった。

この異世の事を茶番だとぼやいていたのは、まゆだったか、怜亜だったか。

かく言う美冬も、どこかぬるいと思っていたのは確かだった。


でも、このヒトガタは違う。

赤頭巾のようなものをかぶり、青黒い人の身体と、黒く光る刃を持つ武士(もののふ)。

先ほどまでの甘い、懊悩の含まれた言葉からは想像もつかないほどの、魂のこもった一撃。


咄嗟に出した氷の刃は、いとも容易く粉砕され。

切っ先が舐めるように美冬の二の腕を切り裂く。

 


「ふむ。手始めに腕を頂く心算であったが、流石は雪の王、と言ったところか」


ねめつけるような、ゾッとする笑み。


「思ってたよりおしゃべり、じゃないっ!」


もののふ、と言うより狂戦士、あるいは闘士か。

美冬の何を知っているのかはともかく、勝手に呼ばれたその名前に、相手の油断のなさに、内心舌打つ。

 


「顕現せよっ、『弦竹(げんちく)』っ!」


お次に呼び出したるは、名を持つ氷の眷族。

美冬のお気に入りの一つ。


左手に生じさせ、纏わりつかせ、音を立て成長する、螺旋を描く鋭利なもの。

それはみるみるうちに伸びてゆき、幾重にもなってとぐろ巻き、強靭な刃となって。


 

「ふむ! 中々の業物と見た!」


交差する二つの刃。

正確には、美冬の刃は相手の刃が触れる度に溶け出していっているが、増殖しつつ螺旋を描き回転するそれは、拮抗し耐え続けている。

 


「だがっ!」


しかし、レフローデと名乗った狂戦士は、その一合のみで、美冬の力のなさに気がついたらしい。

更に力加え押し返さんと踏み込んできた所で、美冬はタイミングを合わせ沈み込む。


それに瞠目するも、狂戦士は止まらない。

あっと言う間に二人の間が零に近くなって。

 

 

ついには手折れる美冬の刃。

 

 

「……疾っ!」


取った!

レフローデの思考が、読めてしまうほどの、勝利の確信に染まる顔。

 

ぐにゃり。


「な……にっ!?」


だが、そうとしか表現しようのない音で、切れずに曲がる美冬の刃。

そのまま美冬に迫る相手の刃を巻き込み、包み込み、張り付くように伸びていって。



「ぐぎっ!?」


螺旋を描く氷の刃が、レフローデの肩口下あたりにめり込み、突き刺さるのが分かる。


「顕現せよっ、楓雪、霙(みぞれ)っ!!」


人の振り見て、ではないが。

外したと気づいた美冬は、すかさず新たな眷族を召喚する。 

 


「……っはっ!」


石や鉄すら果てには穿つと言われる弾丸(ブレッド)のようなそれ。

弦竹が効かない時のために控えさせておいて正解だった。


レフローデの肉体はかなりの強度を誇るらしく、貫通はしなかったが。

数多のひずみを、へこみを生じさせる。 

だが、それすらも次の種蒔き。



「顕現せよっ、我が眷族、霜柱っ!!」


いい加減凍えてきたその場(フィールド)。

それが美冬の力となり、場を凍らせ、大気に含まれた水分を凝固させる。

 


「……っ!」


レフローデを覆うように現れたのは、肉襞のような地面の表層を突き破り、伸び上がる氷の柱群。

下から磔るように、レフローデを縫いとめて。

 


「来いっ、垂氷っ!!」


休ます呼び出したのは、先端が針のように細い、三角錐の氷の刃。

美冬はそれを水平に両手で構え、一気に締めの一手に出る。


 


「ギィッ!?」


それは、違わずレフローデの胸元に吸い込まれて。


さっきのさっきで油断するはずがない。

事実美冬はそう思っていたし、反撃に備えていたはずだった。

 



「ふっ……はっははははっ!!」

「……っ!」


深く、吐き出すような哄笑。

いつでも来いと、氷盾を出現させ、防御体勢をとっていた美冬は。



「なっ……きゃっ!?」


人型の狂戦士から、何倍もある黒い左足へ。

刹那の間に質量が大幅変換し、見えていても分かっていても対処が間に合わない。


その巨大な中指の爪が、美冬の胴をを穿つ。

食い込み、突き破ろうとするそれを、凍りつかせようとするも間に合わない。


美冬は必死に上体を逸らし、身体表面を氷で覆い、摩擦を減らし受け流そうとする。

だが、それも間に合わずに。

 

 

「ぐっは!」


磔りつけ、貫かれたまま、赤色の壁に叩きつけられる。

 

「こ……のっ!」


美冬はそれでも怯まずに手を伸ばした。 



「……むっ!」


しかし、相手もさるもの。

そのまま磔ておけばいいものを、危険を察知したのか、反動つけて戒めを解き、指を抜き美冬から離れる。

 



「……はぅっ。そ、そこは一気呵成にくるところじゃない?」

「某の目的は……それが目的ではない故」


叩きつけられた場所から起き上がり、風穴を気にせず流れ出る赤を気にせずそう言えば。

再び人の形に戻った左足の彼は、律儀に静かにそんな事を言う。

 

徐々に傷が、凍りつき塞がり始めている美冬同様、彼もまだまだ戦えるらしい。

そのどこか哀れんでいるようにも聞こえる物言いに、挑発しているつもりだった美冬が、挑発されている気分になる。

 


「だったら! こうやって追い立てるのもやめてほしいんだけど」

「……」


昂ぶる感情のままそう言えば、レフローデは深く息を吐いて、軽く両足を開き、改めてこちらに向き直る。


そのまま、仁王立ちするみたいに、そこから動こうとしない。

対話にならない怒りより早く、このまま背走すれば追いかけてこないのだろうかと、ちょっと思って。


試しというか、ほとんど無意識に一歩下がれば、しかし左足の彼は同じように一歩進む。



「……っ」

「……」


そこで再度の膠着状態。

そして、お互いがお互いを理解する。

 

美冬は、これ以上下がることができない。

いや、その事自体は構わないのだが、もう少し進めばそこに慎之介がいる。

左足の彼が、慎之介を無視して美冬を追いかけてくれるとは、到底思えなかった。

だって彼は、慎之介を解放したことで現れたのだから。

 


その一方で、レフローデの事情。

今この状況が、彼にとって本意でないかもしれないことは、取り敢えず目を瞑ることとして。

どうやらレフローデは、美冬たちが来た道を戻ろうとすることにも警戒しているようだった。


この膠着状態を打開するためには、その点をつく必要があるのかもしれない。

しかし、そう思っているのは互いに同じだろう。


だからこそこの戦いは。

互いに引けない長期戦になるだろう事も予想されて……。



            (第315話につづく)






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