第453話、耳鳴りのように魂が震える、エマージェンシーサイン
何やら問題があったらしい事に気づいたのか。
よくよく見渡せばすぐそこで見上げてくる真だけでなく、まゆや麻理の姿もある。
ナオ……孝樹は気を取り直して深く息を吐くと。
狼狽え無様を晒したことなど無かったことにして立ち上がって、そのまま口を開いた。
「いえ、知己……さんがですね。こちらへ顔を見せてくれる予定だったんですが、どうも手が離せないようでしてね」
「美弥さんがいるのに知己さんこられないんですか? 残念とね」
「えぇ。そうなの? まだ会ったことなかったから、会ってみたかったのにぃ」
案の定まゆも麻理も知己と会うことをとても楽しみにしていたようで。
明らかにがっかりした表情を見せてくる。
しかしその一方で、そんな話を聞いた真は、何かを深く考え込むかのように手を口元に当てる仕草をしてみせて。
「……それは、なんて言えばいいのか、妙なことだね」
「妙? 何か気づいたことでも?」
大人びた、どこか達観し超越した所のある、真のそんな呟き。
あるいは、ナオと同じように『見えないもの』が見える彼女ならば、何か気づいたことがあってもおかしくないと。
素の口調で問いかけると、少し眠たげな表情のまま真はしっかりと孝樹のことを再度見上げて。
「いや、ね。知己さん、美弥さんがこちらへ来ていると知っているのでしょう? いつもの知己さんならば、うず先生にではなく直接本人に『会えない』言付けをしても良さそうなものだけれど」
「それは、確かにそうですね」
「やっぱり。知己さん、美弥さんと喧嘩でもしてると?」
「え~? それはないと思うな。だって美弥さんから、知己さんがすっごく大好きなこと、伝わってきたもん。なんだかこわいくらいに」
「……っ。みだりに人の心を読むのは危険極まりないっていつも言っているだろう?」
「あっ、ごめんなさい。なんだかさ、気になっちゃって」
「うん。麻理ちゃんの気持ち私もちょっと分かるとよ」
鬼の居ぬ間に共通して思っていたことを。
などと言ったやり取りの中、ナオは真から呈された違和感について考えていた。
(……改めて思い返してみると、知己のやつが美弥さんのことについて言及の一つもなかったのは確かに異常事態だよな)
いくら緊急の用事があったとはいえ、そんなことありえるのだろうか。
それは、彼女のことを気にかけている余裕すらないくらい逼迫していると言うよりも……。
まるで、知己にとって大切な存在である屋代美弥その人が、初めからこの場にいないと言う事を悟っているかのようで。
(そんなまさか。いや、しかし。確かにそれならばみんなの美弥さんに対する反応も頷ける、か)
正咲を筆頭として、最近はリーダーである真すら無防備無警戒が服を着て歩いていると言うか、来るもの拒まずの精神で、誰にでも仲良くなりたがるのがここ最近のブーム、トレンドであったのに。
彼女と対面し、相手にしていたメンバーたちは、どこか腫れものを扱うような態度であったのは確かで。
(それじゃあ、今中にいるのは、『誰』なんだ? それならそうと、知己のやつもいちいちきっかり教えてくれればいいものの)
法久の能力だけでなく、有象無象を演じ姿形を変えてきたナオから見ても、今異世にいるのは間違いなく屋代美弥その人であった。
あるいは、そう悟らせないほどの剛の者であるのか。
とは言え知己に気づかれてしまった時点で詰んでいる気はしなくもないが……。
(目的は、やはり知己そのものですかね)
成り代わってでも一目会いたかったのか。
代わっていることに気づけるか試したかったのか。
何にせよ、注意深く監視、観察し見届ける必要がある。
問題と言うか、手始めにしなくてはならない事は。
知己がここには来られないというその理由を、恐らくは一番期待していたであろう正咲とともにどう言いくるめ誤魔化すかで。
いよいよ面倒事になってきたなぁと。
今何度目かも分からないため息を孝樹が吐き出した、その瞬間であった。
異世と現(うつつ)で遮られているはずの向こう側から、悲鳴のようなものが聞こえてきたのは。
「……正咲ちゃん!? せんせー早くあけてっ!」
心うちを読み取ることのできる麻理が、慌てた様子で声を上げた野とほぼ同時に。
孝樹は異世への入口を創り出す。
聞こえた悲鳴めいたものは、恐らく正咲の能力、歌の力による救難信号であろう。
(ちっ。迂闊にすぎたかっ。おいっ)
こんな状況であるのにも関わらず、正咲をどうして一人にしてしまったのか。
そう思いつつも、いの一番に孝樹が異世へ突入せんとした、その瞬間であった。
まるで、内と外の気圧が大いに異なっているかのように。
猛烈な勢いで風が大気が孝樹たちに向かって押し寄せてくる。
「わぁっ。これはあぶっ、あぶないよっ!」
「こ、こんな。深淵が存在すると言うのか……っ」
「『災厄』のっ……気配っ」
それは正しく、三者三様の反応であった。
麻理は、それ以上その際限のない想いを受け入れ感じ取ったのならば心が決壊してしまう恐怖に慄き怯え。
真はそこにいる誰よりも黒い昏(くら)い絶望を目の当たりにして打ちひしがれて。
まゆは、相対すべき存在がすぐそこにあるといった運命めいたモノを感じ取り……その背中の翼を、全身を逆立てて戦う意思を見せる。
孝樹は、そんな三人に圧されるようにして自らが創り出した異世の中へと突入して行く。
一瞬だけ異世を解いてあるべき姿に戻すことも考えたが。
万が一にも現実世界に影響を及ぼしてはならないと。
寸前の所で思いとどまったのは。
結果的には正しい判断だったのだろう。
(第454話につづく)
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