第454話、軽い気持ちでの喩えこそが、純然たる真実
孝樹が、自らが創り出した異世の中へと突入して行くと。
悲鳴のごとき救難信号を送ってきた正咲自身が、ひどく慌てた様子で駆け寄ってくる。
「あっ、うーちゃんせんせーっ! たいへんだよっ。みやちゃんが、急に倒れちゃったの!」
「……倒れた? 気を失ったってことですか? 頭は?」
「あ、うん。とっさに抱きとめたから、うったりはしてないよ。カーヴ能力のつかいすぎ、かなぁ。倒れる直前、なんだかくるしそうだったもん」
「いい判断です。そのままにしてちょっと看せてもらいましょうか」
無意識か、そうでないのか。
異世の外まで伝わってきた救難信号めいたものは、突然美弥が倒れたことによるものだったらしい。
異世に入る直前に感じた、この世の終わりの如き気配は。
その残滓すらどこにも感じられない。
よくよく看た結果、美弥はアジール欠乏症……所謂カーヴ能力者のおけるMP的なものが無くなって、気を失っているだけのようで。
そんな美弥はもちろん、その場にいて咄嗟に介抱していた正咲ですらその闇色の気配に気づいた様子はなく。
「実は……異世の外で物凄く嫌な気配を感じ取ったのです。正咲さんは、異世の中にいて異変など感じたりはしませんでしたか?」
「え? そうなの? いやな気配って、たとえば?」
「例えるならば、いきなりそこに魔王が現れたかのような……そんな感じでしょうか」
「う~ん。ボク的にはひじょーにわかりやすいたとえだけど、ちょっと前のことなんだよね? なんにもなかったとは思うんだけど、みやちゃんのことばっかり気にしてたからなぁ。そういうのが、ここのどこかにひそんでても気付けなかったかも」
強いて上げるのならば。
一度歌った……厳密に言えばカーヴ能力を発動したわけでもないのにアジールが枯渇しているらしい美弥に不可思議なものは感じるが。
それが、知己が美弥を表裏に関わらず舞台に立たせなかった理由としては、納得できるものはあって。
逆に盲点だったのは、美弥や正咲以外の第三者の侵入、介入の可能性である。
「正咲ちゃん! だいじょう……って、あれ? 美弥さんどうしたの?」
「あじーるがなくなっちゃって、気を失っちゃったみたいなんだ」
「……『災厄』は? ついさっきまで、確かにそこにあったのに」
と、ちょうどそのタイミングで。
麻理、まゆ、真の三人も異世の中に入ってくる。
「……うず先生。何だか異世の様子がおかしくはないかい? その、何て言えばいいのか」
「ええ。どうやら気づかぬうちに、裏側の戦いが始まってしまったようです。もうここの異世は、僕一人のものじゃないと言う事ですね」
矢継ぎ早で一方的な知己と法久との会話の中にも『異世が展開された』なんて言葉があったように。
少なくとも、今いる『ドリームランド』一帯を覆うくらいには異世が広がってしまったことだろう。
孝樹……ナオだけじゃない、ここにいるカーヴ能力者すべてのアジールを少しずつ吸い取ってごちゃまぜにして生まれた異世。
見上げれば、スタジオのようであった異世の天井がなくなってしまって、その先を闇が覆っているのが分かる。
「異世がばとるふぃーるどになっちゃったってこと? それってたしかみんなのちから、吸い取っちゃうんだよね。だからみやちゃん、気を失っちゃったのかな……」
「それも原因の一つではあるでしょうね。……しかし、こうなってくるとあの気配は僕達を誘い込む何者かの罠だっと言う事ですか」
「……うわっ。ほんとだ。出口がなくなってる! 閉じ込められたっ」
まるで近くで監視されているよなタイミングに関しては解せないものはあるが。
こうなってくると連絡手段である携帯も使えない。
知己達と合流するよりも、まだ見ぬ敵と鉢合わせする可能性の方が高いだろう。
「とりあえず、美弥さんが目を覚ますまで内側から異世を張って防衛体制を取ることにしましょう。麻理さんは正咲さんとともに、改めて美弥さんのこと看ていてあげてください。まゆさんと真さんは、防衛拠点のための異世を張るのを手伝ってもらいますよ」
「はい。まかせてくださいっ」
「了解とねっ」
「……」
ある程度予測していたとは言え、あまりにも急ではあったが。
孝樹が、マネージャーであることも忘れて、頼もしいカーヴ能力者の先達としてそう宣言、指示したことによって。
とりあえずは、それほどの混乱もなく。
それぞれが動き出すことができたわけだが。
「魔王……かぁ。せっかくの大きな大会だったのにぃ。ともみさんにもあえそうにないしぃ」
もう、こうなってくると大会、表舞台どころではなくなったきたのは事実で。
正咲の心底残念そうなそんな呟きが。
ひどく耳にこびり付いて離れなくて……。
(第455話につづく)
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