第455話、完全無欠のロックンローラーが、なりたいけどなれないと嘯く



―――時は少し遡って。


於部(おいべ)・みなきは。

一人、どこまでもどこまでも続いていそうにも見える『ドリームランド』内を、さながら冒険者のごとく彷徨い歩いていた。



「……これがほんとの『ドリームランド』一個分ってことね。広すぎでしょう。✖ねばいいのに」



長年積もりに積もった楔……重しから解放されて。

心も体も思っていた以上に軽すぎて。

空を飛んでゆけそうなくらいうっきうっきなのに。

鉄面皮の如く動かない相貌から飛び出すのは、ぐうの音も出ないほどの猛毒であった。



内心と外面の剥離。

何とも生きづらいと言わざるを得ないが。

それでも積年の胸のつかえが取れたことに勝るものはなく。


みなきは、そんなちぐはぐすら楽しさに変えてずんずんと進んでいく。

……実際は、銀髪を靡かせつつも表情なく、ひたひたと足裏を離さず歩いているから、幽鬼のごとき存在が徘徊しているようにも見えるわけだが。

本人が気にしていないのだから、とやかく言うことでもないのだろう。



そんな彼女ではあるが。

ただ目的もなく散策している訳ではない。

彼女が現在所属している派閥、『位為』の長である更井寿一(さらい・じゅいち)から呼び出しがかかっているのだ。



何でも、『天下一歌うたい決定戦』……その本番の前に、派閥の長同士の集まり、話し合いがあって。

それに参加するように、とのことらしい。



「……面倒くさい。あの女ギライとか、ニセモノにでも丸投げしておけばいいのに」


思わず呟いたそんな言葉は。

当然のごとく本意ではない。

それどころか、どこに行けばいいのか分からないことに対し嘆いていたのに、それが外に出て伝わることはなく。



「いっそのこと、サボタージュしますか」


確か、今いる『ドリームランド』入口。

その周りには、色々なイベント、スポーツ、音楽のステージとして使われる性質上、どこに何があるのか教えてくれる総合案内所なるものがあるはずで。


一旦外に出ようなんて呟きが、曲解されて出てきた言葉は、しかしその全てが嘘、虚実と言う訳でもなかった。

みなきの心内には、少なからずサボってここから出られるものなら出たいと、考えていたのは確かであった。



正直なところ、『位為』所属のスタッフ達には悪いとは思っているのだが。

派閥の長同士の会合……そこに力ある者達が少なからず集ってくるだろうことを考えると、現状どうしたって顔を合わせるのはよろしくない人物、音茂知己がいるのは間違いないだろう。



奇しくもみなきが『ドリームランド』の外域に出たそのタイミングでは、未だ異世が張り巡らされてはいなかったので。

出てきた言葉のままに、サボタージュするのは可能に思えたわけだが。


現在どこにいるのかも分からないプロデューサー兼師匠のポジションのいる更井寿一その人は、真の意味で期待の愛弟子すら信用していなかったと言うか、みなきが何もかも投げ出して自由になろうとするかもしれない、その僅かな可能性に対して予防線を張っていたらしい。


みなきが、さぼりたいと口にしつつも『ドリームランド』の総合案内所にて、派閥の長なる者達が話し合いをするであろう部屋はどこだろうかと、受付の女性に質問しに行くよりも早く、みなきに向かってかかる声があった。




「昨日から急に何も言わずにどこかへ行っちゃうんだから。寿一君が探してたよ?」

「っ。あ、おんなぎ……花原先輩じゃないですか。センパイこそ、こんなところで油を売っていていいんですか? 無駄に偉くて強い人が集まってるんでしょう?」


誰かと思ったら、そこにいたのは普通に考えて派閥の長達の会合に呼ばれているであろう実力者、『レトリーヴァ』と呼ばれるバンドのボーカリストでもある花原亜音夢(はなはら・あねむ)であった。


みなきとしてはわざわざ探してくれていたのかと。

見つけ出してもらってありがとうございますと。

大先輩のスーパースターに対して恐縮して頭を下げたつもりであったのに。


口から出てきたのは、一応最低限の敬語を使っているとはいえ、どうなったらそんな変換されてしまうのかと頭を抱えたくなるくらいにひどいものだった。

当然のように、それまで見かけ上は笑顔であった亜音夢の顔が引きつったのがよく分かってしまって。



「何さ。相変わらず腹立つくらい平常運転のいつも通りじゃないか。心配して損した」

「センパイに心配をしていただけるとは。これは『よくないもの』でも降ってくるかもしれませんね」

「……柄じゃない事くらい分かっているんだけどさ。あながちその表現、そう外れてもいないみたいだよ? だから寿一くんたちも顔を突き合わせて話し合ってる。君は僕の代わりとして出てもらうんだから、こんな所にいないで急いで急いで」



今度は、しっかり意識して『ありがとうございます』と言ったつもりだったのに。

出てきたのは普通だったら絶対怒られるだろうな、なんて返しで。

大人な亜音夢は、しかしそんなみなきにも慣れっこなのか、笑みすら取り戻してみなきがこれから向かうべき場所を教えてくれる。



「花原センパイは同行しないんです? あのろくでなしロックンローラーと喧嘩でもしましたか?」

「ああ、うん。ちょっとばかり野暮用がね。……ってかウケる。寿一くんのことそれ? ぴったり言い得て妙じゃないか。本人に面と向かって言ってあげなよ。ちょっとは自覚を持ってもらわないとね」

「自覚ないんですね。さすがです。任されました」



ロックンローラーになりたいけど、そんな生き方は僕にはできない、だなんて。

ロックンローラーの化身がどの口が言うのかと。

よほどツボにはまったらしく、さっきまで女嫌いが発動してむすっとしていた亜音夢は、一転して大笑いしていた。

みなきがそれに釣られて笑ったことで、結局その派閥の長達が集まる会合に向かわなくてはならなくなってしまったが。


元々向かうはずであっただろう亜音夢には、恐らくきっと寿一あたりから命ぜられた任があったりするのだろう。

それが何かまではみなきには分からなかったが。


それじゃあ仕方ないですね、センパイの代わりによごれ仕事を請け負ってやるです、などと捨て台詞を吐いて、教えられた場所へと向かうことにする。



            (第456話につづく)






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