第456話、分かってるよ、偽り成り代わる姿があからさまなのは
みなきが向かわんとしているその場所は。
こんなことがなければまず入ること叶わないであろう、所謂ビジター用の戦略会議室であった。
寿一と違って亜音夢は、この『ドリームランド』で常々行われるスポーツが大好きだったから。
こんな機会そうそう無いだろうし、寿一がそこにいるいないなしに、行ってみたかった場所であったはずなのは間違いなくて。
けっして表には出ないが、やっぱりちょっと申し訳ない気分になりつつも。
みなきは彼女なりに急いで踵を返して。
やがてその場所へと辿り着く。
分厚そうな両開き、取っ手付きの扉の向こうが、会議室なのだろう。
確かな複数の人の気配と、話し声が聞こえてくる。
だが、これだけきっかり閉められていると、正面切って堂々入って行くのは少しばかり憚られるような気がしなくもなかった。
遅刻したのは間違いなさそうであるし、どうにかしてこっそり入れそうな場所はないものかと、表情変わらずも心なしか焦った様子で右往左往していると。
いつの間にかそこにいたのか。
あるいは性懲りもなく抜け出してでもきたのか。
みなきの背後からかかる声があった。
「来たか。タイミングも悪くない。早速だがみなき、お前にやってもらいたいことがある」
「……っ。何ですか、もう。薮から棒に。そうやって王様気質のくせしてストーカーみたいに後ろに立つの、やめてもらえますか」
みなきが断るはずがないと、根拠のない自信満々な命令口調。
それに対してのみなきの言葉は、全く気づけなくてびっくりして心臓が止まりそうになったことを訴えたかったのに。
口から出たのは、僅かばかり敬語のようなものは使えているものの、やっぱり師匠にして大先輩にして、日本一のロックンローラーと呼ばれるスーパースターに対して失礼極まりない返しであったが。
どうやらそんなやりとりは、亜音夢以上に日常茶飯事であるらしく。
相手の方が一枚上手で、都合の悪いこととひびきの良くない言葉は耳に入るようにできてはいないといった風にスルーされ話を戻し、続けられてしまう。
「これから、此度の作戦について話し合いたいのだがな。作戦に支障が出るであろう邪魔者が中にいるのだ。それをどうにかお前の手腕で、その邪魔者だけ連れ出してもらいたいのだよ」
「ええ、嫌ですよ。そんな急に。冗談はその生き方だけにしてくださいますか」
「……ぐぅっ。おま、お前っ。俺様が優しいからって何言っても怒らないだなんて思ってないだろうな。やめろよっ。結構俺様傷つきやすいんだからなっ」
しかし、何もかも受け流せるほど大きな鈍感人物でもなかったらしい。
さっきまでの命令口調はどこへやら、一転して亜音夢が好ましいと思うのも良く分かる幼さのようなものを露わにし、涙目になっているのが分かって。
いきなりそんな事を言われても、わたしにできるか不安です、の意味合いがそこまで変わってしまうと。
もうみなきとしてもお手上げで。
「……それで? 邪魔者って言うのは誰なんです? 師匠に邪魔者扱いされるくらいなんですから、よっぽど生きにくい方なのでしょうけれど」
みなきとしては、180度以上出てくる言葉が変わることを、前提条件で話を進めるしかなかった。
それはもう、物心ついた頃からの付き合いであるからして、手馴れたものである。
むしろ、コントロールがまるで出来ていない頃ならば、クズだのクソだのカスだのを『あなた』の前に付けていたことを考えると、僅かばかりこれでもマイルドになっているのは確かで。
それを感じ取っていたわけでもないのだろうが。
寿一が、またまた一転して王様のごとき余裕綽々の表情を取り戻すどころか、クソを頭に付けられても致し方なさそうな、嗜虐的な、厭らしい笑みを浮かべ出して。
思わずみなきが身構えているのにも構わずに、寿一は言葉を続けた。
「おう。お前がよく知っているどころか、大好きで大好きでたまらない『あいつ』さ。音茂知己っつったか。俺様も早くから目をつけてはいたんだが、今回大吾のオジキが連れてきたみたいでよ。これも良いタイミングじゃねえか。落として、奪っちまえよ。猛毒生成機のお前が気に入られるかどうかはアレだが、そこまでじゃなくてもこの場から連れ出してくれるだけでいいからよ。……ああ、うん。分かってる。どうせ無理だっつんだろ。ちゃんと作戦も考えてある」
「……」
みなきをやり込められる機会を得たことが嬉しいのか、饒舌に語る寿一のことを。
みなきはその名前を耳にした途端、見ても聞いてもいなくなっていた。
よりにもよって、できれば会いたくなかったその人物とは。
動揺し混乱し、焦って凍りつく面が溶けかけだが。
よくよく考えてみれば『サプライズ』を仕掛けるのにもちょうどいいタイミングでもある。
どちらが『サプライズ』を仕掛けるかまでは決めていなかったし、別に自分から仕掛けてもいいだろうと。
みなきはそう決心し、まだ何やら御託を並べている寿一を半ば無視する形で、あんなにも戸惑っていた入室に対する緊張感すら忘れて、その扉を開け放って……。
タイミングが良かったのか悪かったのか。
みなきとしては、慎重にこっそりつもりで会議室へと足を踏み入れたのに。
数十人はいるであろう、みなきでも分かるくらいの剛の者、スター達に視線を向けられたことで、さすがの氷情も剥がれかけたが。
遅れてすみませんでした、なんて言うと思っているのですが、この妖怪ども……とか。
口を開こうものなら何が飛び出してくるのか分かったもんじゃないことをいい加減自覚し始めていたみなきは。
そんな好奇の視線から逃れるように頭を下げつつも自らの銀糸を縫って自らがつくべき席、『位為』の派閥に与えらているであろう場所へと、気持ち駆け足で背中を丸めるようにして向かう。
そこには、どうしようもない王様気質の寿一のお守り兼『+ナーディック』の良心、ギタリストでもある東寺尾柳一(ひがしてらお・りゅういち)の姿もあった。
亜音夢もいないことであるし、苦労人の彼が押し付けられて会議の司会進行をしているのは、まぁ納得できると言うか。
いつもいつもご苦労さまですと常々思っているのだけど、口から出てきてはくれないから、やっぱり軽く頭を下げる程度で留めたわけだが。
(ようやく来たか。ほれ、座れ座れ。……む? 何だみなき。しばらく見ないうちに背でも縮んだか?)
(うるさいですよ。ニセいちセンパイ。そんなわけないでしょう。そうやって不躾に触れやがるせいでしょうに、もう。ばっちぃんだから)
(ニセ言うなっての! 相変わらず生意気なやつめっ)
正しくも俺は王だ、とでも言わんばかりに。
椅子に深く腰を下ろし、偉そうに両腕を組んでいた更井寿一……ではなく。
彼の影武者である『リバス・トライアン』の村瀬修一(むらせ・しゅういち)は。
みなきがやってきたことに気づくと、その大きに過ぎる腕組みを解いて、みなきを空いている席に誘導したかと思うと。
まるでそれが当たり前だ、とでも言わんばかりにみなきの頭をばしばしと叩く。
本人としてはねぎらうつもりでぽんぽんしてるつもりなのだろうが。
これで本当に寿一の影武者が務まるのか(実際問題寿一は表舞台には基本顔を出すことはないので、何とかなっているらしい)と。
思わずぼやいてしまうくらいどこもかしこも規格外に大きいので。
みなきとしては、態度だけがとにかく大きい寿一よりも苦手な相手ではあった。
加えて、みなきがあることないこと、どんな毒を吐こうとも微動だにしないものだから余計に。
「……」
みなきは、せめてもの抵抗にと、そんな修一のことを無視する形で。
ちょうど司会進行をしていて立ち上がっていた柳一がいたことをいいことに。
彼が使っていただろう椅子を拝借し、柳一を挟んで反対側へと座ることにして……。
(第457話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます