第十二章、『MEDICAL BODY』
第87話、比翼の二人、未だすれ違うのか
―――知己たちが二手に別れ、一方は金箱に留まり、一方が若桜に向かう算段をしている頃から遡ること一日あまり。
信更安庭学園にいるAKASHA班(チーム)の面々は。
その私有地……天使の棲むといわれる『城』に入り込んだきり帰ってこない、阿海真澄を助け出すため、学園の責任者がいる学園長室へと向かっていた。
だが。
元々は滲み出る格調の高さ……威厳めいたものが確かにあっただろうその場所に残るものは、一抹の寂寥感のみだった。
事実、蛻の殻であることを示すように。
両開きの黒檀の扉に鍵はかけられておらず。
大きな千の模様のデスクも同じ材質の本棚も、綺麗に整頓されてはいたが。
もう何日も使っていないことが分かるように、細かな埃が溜まっている。
「おかしい。学校が休みになっているわけでもないのに何故いないんだ、春恵さんは」
顎に手を添え、考え込むようにそう言ったのは須坂勇。
そのまま止まらずに部屋を歩き回る様子を見ていると、予定とは違う出来事に苛立っているのは明確だった。
「春恵さん? 学園長さんって春恵さんって言うんすか?」
「ああ、何だ慎之介、知らなかったのかい?」
「いや、さすがに名前までは知らないっすよ。そう言う勇こそなんで知ってる? って感じっすけど」
呆れたようにそんなことも知らないのかと鼻をならす勇に、長池慎之介も負けじと言い返す。
とはいえ話し方が下っ端のようで、正直言い返しているようには聞こえなかったが。
「ええとですね、ここに来てから……僕たち何かと目をかけてもらっていたんですよ、春恵さんには」
まあ、兄さんが目立っていたせいもありますけど。
とは表情だけでとどめ、須坂哲は少し苦笑を浮かべる。
信更安庭学園の学園長は、勇たちからしてみれば母親くらいの年齢になる女性だった。
名前は鳥海春恵(とりうみ・はるえ)と言う。
現に勇たちに両親がいなかったというのもあるだろうが。
春恵曰く、二人を見ていると離れ離れになった姉妹を思い出すらしく。
ただの生徒と先生ではない、まるで家族に近い付き合いを二人はさせてもらっていた。
「だが、娘の話を本人の口から聞いたことは一度もなかった。結婚していて娘がいることは知ってはいたが……やはり敢えてその会話は避けていたんだろうね」
呟くように、確認するように勇は呟く。
実際、二人はあまりそう言うプライベートな話をする機会はなかった。
彼女に娘がいるにを知ったのはあくまで学校の噂で、である。
「ふむ。それでここは思い切ってそこの所どうなのか聞いてみようと思ったものの、当てが外れたわけか。……さて、どうするよ? 今から我々がとるべき道は三つ、かな」
「三つ? 何、そんなにあるんすか。参考までに聞かせてほしいっすよ」
三人がせわしなく話し合うなか、しばらく考え込むように壁に寄りかかってそれを聞いていた王神公康は。
会話の合間をぬったかと思えば、おもむろにそんな提案をする。
AKASHA班(チーム)のリーダーは勇であるが。
こと話し合いにおいてはその限りではない。
学園長がいないことを確認してすぐ、次にとるべき行動を模索していたのだろう。
急くように慎之介が聞き返すと、王神はクールに姿勢を整え再び口を開いた。
「まず一つは簡単だ。仕事場にいないのなら家だな。確か、その天使の娘さんがいる『城』とは別に、住まいがあったはずだが」
「あ、はい。そうですね。学園の外れの……裏庭のあるほうにありますね。お邪魔したこともあるので、場所は分かりますよ」
問うような王神の言葉に、それを受けた哲はそう言えばそうですよねとばかりに手を打ち、そう答える。
「ま、妥当な線だね。それで、後二つはなんなんだい?」
「後はもう一度恥を忍んで門番のキレイなお姉さん方に泣きつくか。勝手に他に入り口がないかどうか、悪さしてみるってところだな」
この二つはあまりお勧めしないがと付け加え、王神は勇の言葉に答える形で話をまとめる。
「だぁっ、どっちもビミョーっすね。勇っぽく言えばウツクシクないってやつっすか?」
眉を寄せてそう言う慎之介に、勇も真似をするな、キミには似合わないよ、と言わんばかりにむっとして見せた後、それでも慎之介の言葉に頷いてみせる。
「だが……何事もスマートにことが運ぶわけもいくまい。ただでさえ本来の目的が滞っている以上、背に腹は変えられないと思うがな。お勧めしないと言っておいてなんだが」
「うーん」
確かに本来の目的……力ある者のスカウト、あるいは索敵においては全く進展がなかった。
王神に最もなことを言われ、慎之介も勇も唸り黙り込む。
と……。
「背に腹は変えられない……そうですね。とりあえず分担してみるのはどうでしょう? 僕、もう一度あのお姉さんたちにお願いしてみますから」
その時ぽつりと呟いたのは、哲だった。
それはつまり、せっかく四人いるのだから今上がったやるべきことを一人一人分担してみよう、ということである。
だが、そんな哲の言葉に最も早く異を唱えたのは勇だった。
「それは危険だよ哲。四人いてさえ敗北を喫している班(チーム)もあるんだ。あまり、得策とは言えないね」
「何だ勇ー。びびってんすか~?」
「何をっ。現にキミは一人になって酷い目に遭ったばかりじゃないか!」
「うっ」
簡単に慎之介の挑発に乗りかけた勇だったが。
しかし、すぐにそう返されて鬼の首を取られたかのように、今度は慎之介が言葉を失う。
その場は、再び一種の膠着状態に陥り、それを見ていた王神は深く息をつくと、その場を繋ぐように口を開いた。
「ま、ここで言い合っててもしょうがない。よし、こうなったら妥協案で行こうじゃないか。俺と慎之介で校内の聞き込みプラス、学園長のお宅訪問。勇と哲で、お姉さん方にリベンジ&こっそり裏口探しってことにしようか。学園長のお宅と、お姉さん方のいる『城』は、位置的に両極端だからな。それが一番効率がいいだろう。加えて俺の能力で作られた特製の糸で、お互いに何かあった時にすぐに分かるようにしておく、と」
王神は一気にそうまくし立てると自らのアジールを展開し、握っていた手から指を放つように右手を広げた。
すると、一瞬だけ大きな一枚窓から差し込む陽の光に反射する透明な糸が四本、それぞれの後頭部に張り付く。
「普通ならファミリアにつけるものだが、これは特別製でね。人同士でも連絡が可能な代物なんだ。何かを伝えたい時は、こうして糸を引っ張って……」
(どうだ、聴こえるか?)
「……っ」
「なるほど」
「すげ。テレパシーみたいっすね」
王神が心で語りかけるとそれが三人には聞こえたらしく、哲はびくりと跳ね上がり、勇は瞳をしばたかせ、慎之介は感心した様子でそれに応えた。
「よし、じゃあこれで行こう。確かに、あまりもたもたしていると知己に文句を言われかねないしね」
「そっすね。でも、学園長のお宅に向かうの、おれっちたちで大丈夫っすか。勝手知ったる勇たちのほうがいいんじゃ?」
肩をすくめてそう呟く勇に続き、ふと思いついたように慎之介がそんな事を言う。
それに答えたのは勇や哲ではなく、王神だった。
「ああ、俺もそうは思ったが、最初に哲がお姉さん方のところに行くと立候補したわけだしな。何か勝算でもあるのかなと思ったわけだ。それに、哲がそっちに向かうなら勇は自動的に決定だろう……ブラコンだしな」
「っすね」
その一言で、慎之介は納得したらしい。
しみじみと頷く慎之介に、しばらくきょとんとしていた勇は、慌てて口を挟んだ。
「な、何を言うんだキミたちはっ。そ、そんなこと……いや、ないことはないが」
そしてそれを否定しようとして哲を見て、勇はそれができずにもごもごと口ごもる。
対する哲も苦笑は浮かべていたが、やはり否定はしなかった。
「ま、仲良きことは美しきかな、っすね。うまくオチ……じゃなくてまとまったとこで、んじゃ行くっすよ!」
「そうするとしようか」
何だか嬉しそうに、慎之介は笑い。
王神も渋くそれに頷いて。
四人は一旦、パーティを解散したのだった……。
(第88話につづく)
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