第86話、幽き雪のような想い、そっと蓋をして
ダルルロボな法久は、改めて知己を除いた一同を見渡し、まとめに入る。
「あと、同じ理由で稲葉さんや魔久班(チーム)のみんな、それから圭太くんの事も見ていてほしいのでやんす。……まあ、圭太くんのお見舞い自体はおいらたちもこれから行くでやんすけど」
ちなみに、圭太は昨日の夜同じくここに運ばれ、命には別状がなかったらしい。
意識もあるそうなので、この後にみんなでお見舞いにいく予定であった。
「同じ理由? それって……どういうこと?」
法久の言葉に対してのちくまの言葉は、純粋な疑問だったのだろう。
だが、その問いには実の所、多くの意味が含まれていた。
法久は一瞬だけ思考するようにフリーズした後、それを口にする。
「まず一つ、峯村くん……いや、ここはオロチと呼ぶべきでやんすね。そのオロチが復活したという能力が未だどういうものかはっきりしていないという点にあるでやんす。その能力はもしかしたらオロチ自身のものじゃないかもしれない。だとすれば、今まで落とされたもの全てが復活する可能性もゼロじゃないし、それは味方にも言えることなのでやんすよ。……しかも、それが味方のままであるとは限らない」
「それって……もしそうだとしたら大変なんじゃないの?」
法久の言葉に、カナリだけでなく、状況を完全に把握していない者たちも息をのむ。
もし、そんな能力者がいるのならば。
『喜望』のとってかなりまずい状況だと言えるのだ。
こちらは徐々にその数を減らされ、相手はどんどん復活する。
それこそ相対している意味すら失われてしまうほどの脅威だろう。
だが、それを口にした本人は、かえって朗らかに言葉を続けた。
「ま、仮にそうだとしたら、とっくにそれを実行しているはずでやんすからね。まずないことだと思うでやんすよ。とはいえ、シンカー落ちからの復活という記録も過去にはあるし、復活に時間が掛かる可能性もあると思うのでやんす。だからその辺の真実を掴むためにも、峯村くんを中心に見張っていてほしい……つまりはそう言うことでやんすね」
「わかりましたっ、お見舞いだね! よーし、頑張るぞーっ」
「全然分かってないじゃない。ま、いいけど」
呆れたようにそう呟くカナリの言うように、ちくまのその開けっ広げな言葉は、話を聞いていたのか? という感じであるが。
それでも些事に囚われずに一念を貫いてやってくれるんだろうな、という気分にもなるのは確かだった。
「ほんじゃ、そう言うことで。作戦開始でやんすよ! スタック班(チーム)のみんなも、ガンバでやんすっ!」
「「おーっ!!」」
だからまとめ役としては、非常にやりやすくもある。
法久はそう思って宣言するように叫び、付き合いのいいちくまや美里の返しに押されるようにして、いじけたままの知己のもとへと踵を返す。
そして、法久がふよふよ浮かびながら知己のところにやってくると。
それまでぼーっと空を見上げていた知己が、ふと口を開いた。
「その様子だと、うまくまとまったみたいだな」
「そうでやんすね。ホントに言いたいことは言えないっていうのが、ちと辛いでやんすが……」
ホントに言いたいこと。
それはカナリに対しての心配や、ちくまが会いたがっていたジョイのことである。
「そうだな。でも……やっぱり、カナリのことについてはいざという時、冷静に対処するためにも現場のリーダーには知ってもらうべきじゃないかなって思うんだけど。どうかな、現場のリーダーの弥生さん?」
「……っ!」
そして法久は、その言葉が自分に向けられたものでないことに気づき、はっとなって振り返る。
そこにはいつの間にやってきていたのか、弥生が立っていた。
「弥生ちゃん? ついてくるなら声かけてくれればいいのに。二人でいきなりデンジャーな話でも始めたらどうするでやんすか」
「ごめんなさーい。つい、出来心で。青木島さんなら気づいてくれるかなって思って。……あの時、私に気づいてくれたみたいに」
「……」
おどけた様子でそう言った法久に。
弥生は笑みを浮かべて、しかし真面目にそんな事を言う。
思わずフリーズ……黙り込む法久に、二人の会話の流れがつかめない知己も、何だか違う意味でデンジャーになっている雰囲気を悟り、慌てて二人の会話に混ざることにした。
「デンジャーってなんだよ。デンジャーって」
「そりゃ、女の子の前では言えないような男同士の話でやんすよ」
「……っ」
すると、気を取り直したように、法久がいつものノリでそんな事を言う。
今度は弥生が話の腰を折られた、とでも言うように黙り込み。
何か強い意思を秘めたエメラルドの輝石のような瞳で知己を射抜いた。
「や、そんなケダモノを射殺すような目で見なくても。漢としては、至極当然な生業というかなんというか……」
知己はその視線の意味を知っていたが。
それでも誤魔化すように、そんな事を言う。
すると、弥生は諦めたかのように深く息をついて。
いつもの明るく穏やかな、優等生然とした雰囲気に戻った。
「別にそんな目で見てませんってば。人聞きの悪い。それより話しておきたいことって、カナリちゃんのことで何かあるんですか?」
「ああ、それなんだけど……」
知己は内心安堵しつつ。
カナリについて、昨日の稲葉の件からかいつまんで説明をする。
「クリムゾンバタフライ、ですか。『ハートオブゴールド』の香りに誘われて現れるという蝶ですよね? 確かにパームの一味を抜けたものへの代償として与えた能力が暴発する、というのは理に叶っているとは思いますけど……果たしてそれが、カナリちゃんにもあてはまるかどうかですね」
弥生はチームの特性上、法久に次いでカーヴに関連する知識について詳しかった。
弥生が言いたいのは、正式にパームに属していたわけでもないカナリに、稲葉と同じ効果が起きるのかという知己と同じ考えである。
「つまり弥生としても、それはカナリの気の持ちすぎだと?」
「そうかもしれませんね。でももし、それが思い違いでないとすると……カナリさんが、パームのよって何らかの理由で生かされていると言うことになる」
やはり、辿り着く考えは同じらしい。
法久が言えなかった最たることは、これのことであり。
カナリをここに残したかったのは、そんな彼女すらも監視するという意味合いも含まれていた。
「ま、そんなわけでさ、カナリのことお願いできるかな? 彼女の中にパーム仕込みの『爆弾』があるのなら、何とか取り除いてやってほしいんだ」
「まあ、その辺りは仁子さんとも話し合ってってことになりますけど、彼女には事情を話しても?」
「ああ。かまわないよ」
「……そうですか」
知己は弥生の言葉にしっかりと即答する。
話したらおそらくそのまま態度に出てしまうであろうちくまや美里(少し偏見)と違い、よしなら安心できる、とでも言わんばかりに。
弥生は、それを羨ましく思った。
そこに何があるのかはまだリサーチ不足だが、弥生は知己と仁子が何か同じ秘密を持っていることには感づいていた。
全くの他人……厳密に言えば仕事の仲間だが。
そうして相対していながらも、どこかつながりがあると。
他人として接する。
それだけ見れば同じなのに、どうして『私たち』とはこんなにも温度差があるのだろうと。
弥生はそんな知己を脇目に。
その相対すべき相手……法久を見つめる。
「わかりました。それじゃ、もう行きますね。お二人も道中お気をつけて」
「ああ、よろしく頼むよ、そっちもね」
「本日も頑張っていこう! でやんす~」
だが、それも刹那のことで。
あまり長話をしているわけにもいくまいと、そのまま弥生はお暇の宣言をした。
知己は、おそらく弥生が法久を見ていたのが分かっていたのだろう。
どこか気遣っている風の知己のそんな言葉と。
文字通り弥生には無機質に感じる法久の言葉を背に受けて。
弥生はその場をあとにするのだった……。
「うーむ。ちくまのボケじゃないけどさ。ちょっと冷たくない、法久くん? いくら前カノだからってそんなあからさまにただの仕事仲間ですよ、みたいな反応しなくても」
「……ふっ、男は過去を振り返らないのでやんすよ」
「いや。つーかそのセリフ、滅茶苦茶法久くんには似合わないと思う」
「ほっとけ、でやんすっ」
知己のそんな心配げな言葉に、法久は鼻で笑ってみせる。
そのセリフがらしくない、なんてことは分かっていた。
(前カノっていうのも知己くんの勘違い、というかデマカセでやんすけどねー)
法久はそう思ったが、当然それは口には出さない。
思えば……完全に昔の自分を棄て、それでも自分に気づき。
尚且つ同じ道を追いかけてきたのは、彼女だけだった。
だが、この道のその先になのがあるのか。
法久は十分すぎるほど分かっていた。
―――彼女だけは、世界を救うための道具にしたくない。
だからこそ、彼女には追いついてほしくなかった。
「そんなこと言ってもさあ、嫌われるのは己なんだけど。絶対彼女、己が取ったみたいな勘違いしてるぜ?」
「……勘違い、じゃないかもしれないでやんすよ?」
「な゛っ」
法久は固まる知己を地において、日の昇り始めた空に向かい、ふわりふわりと旋回上昇してゆく。
そうやって誤魔化せば、かそけき雪のような彼女への想いも。
どこかに飛んでいってしまうような気がして……。
(第87話につづく)
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