第424話、この空の下出会えたこと、確かに刻まれている




――お前いつか、背中から刺されるぞ。



それは、ある時昔々の知己に対する、ナオの言葉だっただろうか。


冗談半分どころか、八割方本気の忠言。

闇の事など分かりえない、光めいた自分本位を。

傲慢な優しさを諌めるもので。


そこには、『女の子に』だなんてフレーズはまったくもって入っていなかったわけだが。


こうして正に予言のごとく、ものの見事に。

ナイフを掴む手のひらごと巻き込んで刺されるどころか貫かれるまで。

知己自身、ストライクゾーンは結構どころかかなり低いけれど、美弥一筋なんだからそんな事あるわけないでしょうと思い上がっていたのは確かであった。




それでも敢えて『いいわけ』をするのならば。

自分本位の無慈悲なやさしさは、ある意味自業自得ではあるのだから。


もし仮に、万が一にでも刺されるようなことがあれば。

すべてをなかったことのする知己自身の能力を解除して、そのすべてを受け入れる腹積もりでいたのだ。


その結果、生死を彷徨うどころか、風前の灯であることは。

仕方のないことだと知己も納得してはいたが……。




(なんだろう。……身体の前の方が、なんだかあったかいや……)


どんどんと冷たくなっていく自分を。

知己ははっきりと自覚していたのに。


その事に気づいた時には。

その暖かさが伝染って伝わっていくみたいに、命の灯火を消さんとする冷たさがなくなっていっている事に気づいて。



(ほんとに、なんだろうなぁ、これは……)



大げさに言い方をするならば。

試験管の中から生まれた、カーヴ能力を扱うためだけに生まれてきた存在であったからこそ。

知己はそのゆらゆら揺れ動いているようにも思えるぬくもりのことがよく分からなかった。

遊び疲れた子供が、親の背中でうとうとしながら帰路につくだなんて経験、したことがなかったから。


そのぬくもりに、不快さなどはまったくなかったけれど。

何だかむず痒くて、恥ずかしいなぁ、なんて思っていて。





―――これで、少しは借りを返せただろうか……。

 



実際、親の背中で眠る幼な子のように。

意識は点いたり消えたりしていたから。

背中越しに聞こえてきたその声が誰のものかは分からなかったけれど。



どうやら知己は、その人生を終わらせるには少しばかり早かったらしい。


確定に迫ってきていたはずの『死』を。

転ばぬ先の杖で先延ばしにしてもらった……そんな感覚。



そこまでしてもらったのならば。

正に、今自分が一番やりたかったこと、やらなければならないことをしよう。


と言うよりも、死んでいる場合もヒマもないのだ。



ただでさえ約束があるのに。

美弥に会いに行かなくちゃいけないのに。

生まれ落ちたその意味を、祝ってもらえる貴重な機会がそこに待っているのに。

そこに更にもうひとつ、自分本位にわがままに、やらなくてはいけないことが増えてしまった。


内角低めをズバッと通過する、可愛い女の子の、その涙を止めなければ。

まるでどこかの、素敵で大好きな歌のように。

木霊してリフレインする、そんな使命。



それは、熱く滾るほどに力強く。

かなしばりのように、知己を縛り付けている夢の残滓を。

解きほぐし引きちぎるのに順分な威力をもっていて……。



            (第425話につづく)






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