第448話、優しさという武器を振り回す、無垢な大人の振りをしないで
(とはいえ、少し妙ではあるな……)
表向きは穏やかに正咲に対応しつつも。
孝樹……ナオは今までになかったかのように思える展開に、首を傾げる。
今回、屋代美弥がこの大会に参加することとなったのは。
於部みなきに一緒にチームをと誘われたからだと聞いている。
そんな美弥は、裏側のことなど一切関知していない、させないとは知己の弁で。
しかし、みなきがそんな行動を取るということは。
少なくとも彼女は裏側のことをしっかり意識しているであろう証左でもあって。
「……美弥さんはもういらっしゃるのでしょう? 本番、せめてリハーサルの時までに戻ってきてもらえるのならば問題はありませんが、ちょっと聞いてみますか」
「うん。じゃ、はやくはやくっ」
そんなに自己紹介がしたかったのか。
何だかそわそわそていて、落ち着きのない(落ち着きのないのはいつものことではあるが)正咲に、ぐいぐいと手を引っ張られるようにして、『R・Y』+αに宛てがわれた控え室に入室していく。
(……あっさり手を取るんだものなぁ。少なくともその程度は信頼されているってことか)
これで、抗いたいトラブルに巻き込まれても言い訳がきくかもしれない、などとは内心のもっと奥へと留めておいて。
こんな事もあろうかと、ではないが。
身分を隠し長い時間をかけてマネージャー業をも兼任してきたことに、今まではなかったはずの罪悪感めいたものを覚えつつ。
ナオは引っ張られるがままに正咲の後へと続く。
「……あ、う~先生、お疲れ様です」
「うー先生マネージャー、やっときたと」
「おそいよ、うず先生」
すると、いつもはこんなことなかったような気がするが、竹内麻理(たけうち・まり)が鳥海白眉(とりうみ・まゆ)が。
……そして、風間真(かざま・まこと)が。
待ちくたびれたとばかりに声をかけてくる。
みなきが来ていない事以外に何かあったのだろうかと。
少しばかり動揺を隠せずに、それでも訝しげに一同……現時点での『R・Y』のメンバーを見渡せば、その輪の中心に屋代美弥の姿があった。
「あっ。先生? マネージャーさんなのだ……ですよねっ。屋代美弥です。今日はよろしくお願いします、なのだっ」
「いえいえ、こちらこそです。今日は『R・Y』のみんなと一緒に行動してもらえるとのことで。よろしくお願いしますね」
それこそ自己紹介、『R・Y』のメンバーが知己の話でも聞きたがっていたのかもしれないが。
囲まれるようにして座っていた美弥は、どこかしらほっとした様子でばっと立ち上がり、マネージャーのくせに先生などと呼ばれていることに首を傾げつつも、そんな挨拶をしてくる。
「それで、ええと。正咲さんがおっしゃるには、於部さんの方は都合があって未だ来られていない、とのことですが、何かありましたか?」
美弥ならば、裏側の理由でなく、少なくとも表向きの理由については聞かされているだろう。
彼女をフォローし助ける、ではないが。
知己自慢の続きを披露されても、イライラして素が出てしまいそうになるだけなので。
早速とばかりにそう聞いてみる。
「あ、はいなのだ。みなきちゃん、ほんとは美弥たちと一緒に行動するつもりだったんだけど、みなきちゃんが所属している派閥の偉い人……更井さんに急に何か言われたっていうか、お呼ばれされたのだ。たぶんきっと、本番までには戻ってくると思いますけど……」
「ああ、そうでしたか。『位為』の長は色々お厳しい所がありますからね。勝負前に馴れ合いに持ち込むなってことなんでしょう。しかし困りましたね。本番まで集まれませんか。一応、リハーサルの様子、見させていただきたかったんですけどね」
「あ、ええと。みなきちゃんなら大丈夫なのだ。もう結構、歌番組とかにも出ているし、ぶっつけでもなんとかなるって言ってたのだ」
「……ふむ? まぁ確かに彼女はもう既にメジャーデビューもしてらっしゃいますし、慣れたものだとは思いますけど。仕方がありませんか」
ナオとしては、どちらかと言えばみなきの方より、これが初めての舞台のはずの美弥の方が合わせなくても平気なのかと思ったが。
自分より他人のことを心配しているくらいなのだから、きっと大丈夫なのだろう。
……そう言う所がたまらなく苦手、嫌いであるなどとは。
知己を奪われてしまったことに対する醜い嫉妬以外の何ものでもないので。
ナオは極力そのことを考えないようにして。
「それでは、リハーサルまでもうそれほど時間もないことですし、準備を始めましょうか。足りないものがあれば、今おっしゃってください。持ってきますから」
そんな風に締めると、『R・Y』のメンバーの、本番前のルーティンに必要なもの、そう言いつつも予め用意していたものを取り出していく……。
(第449話につづく)
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