第六十三章、『Blue Sky-Infect Paranoia~himawari~』

第482話、愛しの君のいろんな顔がみたいから、ぼくはこうして紆余曲折、襦袢となる




(しっかし、いつもならもうちょっとはっきり分かるんだがな。異世にいるせいか? いや、これはむしろ……)


それこそ仮に、薄青のマップのようなものが見えるのだとしたら。

その画面一杯に広がっているのかもしれない。


大仰な生体反応の影になって、見えるものも覆い隠され、見えなくなってしまっているのだと気づかされて。



(悪寒の正体って、もしかしなくてもコレじゃねぇのか? ……つーかこれって、おおよそ人の体温なんか軽く凌駕してるだろ。太陽? 太陽か何かがあるのか?)


思わず足を止める大吾。

そして、あっさり前言撤回し、踵返して外へ外へ。

今いる異世の終わり、境界のある場所へと向かうことにする。



(長の責任、そんなの糞喰らえだっ! 俺は問答無用で逃げの一手を選ぶぜ!)


知己たちが、今裏側な異世にいないのは分かっている。

今現在裏側に残っている者達は。

下手人の関係者たちか、この今にでも命を落としかねない状態を分かった上で居残っている『いかれた』者達だけだと。

そんな都合のいい言い訳をしつつ、足に力を込めたが。




「……ちっ。なんだよ、もう」


大吾は愚痴を一つこぼし、またしても進路を変更する。

目指す先はもはや乱戦、野戦場と化した『ドリーム・ランド』から本来出ることができたであろうホールの一角。


どこかで見たことがある気がしなくもない、ヘビのような男が、この場に似つかわしくない可憐なお嬢さんを、この期に及んで手にかけんとしている場面でもあって。




「おぉ、同志ヨ! ココロの友ヨ! どうして逃げるのデスか! ムダな抵抗はせず、黒き獣たちを受け入れるのデスっ!」

「いや、ちょっと。何をおっしゃってるのかよく分かりませんが、お断りしますわ」



それこそ、傍目から見れば黒き獣たちの主が、そのヘビのような男で。

それらから守るように。

水のファミリア……ホフゴブリンの一個隊が、お姫様然とした、素晴らしい髪型の少女を囲んでいたから。

そのファミリアを、彼女が生み出し従えているのだと、術者本人である大吾でなければ勘違いしていたところだろう。


実際、目前の彼女はホフゴブリンの一体に手を触れていた。

そこから伝わって来るのは、彼女のきれいな、自然そのものと言ってもいいアジール。

どうやら彼女は、大吾と同じようにある程度自然のもの、属性(フォーム)を操ることができるらしい。


正にその瞬間に。

助けてください、と。

念話のようなものが、心にダイレクトに伝わってきたから。




「だらっしゃあああぁぁっ!」

「うでぶふっ!?」

「……っ!」


気分は正にヒーロー。

不惑にして愛を歌い続けておきながら、初めて目の当たりにするどうしようもできない感情。

それが、運命の出会いであったのかは、二人のみぞ知るところで。



大吾は、すっかりその場から逃げることも忘れ、『いかれた』者達の仲間入りを果たすことになる。


それは、たとえ今すぐにでも黒い太陽が落ちてきて儚くなっても。

それ以上に大事なものがあると。

気づき思い知らされた瞬間、でもあって……。






           ※      ※      ※





―――表舞台。


本来の『ドリーム・ランド』、そのステージ。



ナオが、絶対聞いて欲しいと手前味噌でゴリ押ししてきていた、『R・Y』なる少女4人組のガールズバンドが、そつなく演奏を終えて。

舞台袖へとはけて行くのが見える。




「うむうむ。なんともはや、先を大いに感じさせる、すてきなバンドでやんしたね」

「ああ、そうだな。ナオってばあんな可愛らしい娘たちが推し、好みなのかぁ。いや、とってもその気持ちよく分かるけども。きっちり内角低めをついてるね」



美弥たちにはまだまだ及ばないだろうけれど。

ナオがプロデュースし、興奮しきりに推していたのを鑑みても、何だかがつんと来るものが足りないような気がしていた。

……などとは、審査員席にいながらも口にすることもなく。

知己は一旦CM、休憩時間に入るとのことで、法久と連れ立って休憩……ではなく、美弥とみなきの元へと向かうことにしていた。



「しっかし、知己くんってばあんなに美弥ちゃんのこと過保護にしてたのに、今回はどういった風の吹き回しでやんすか?」

「ああ、うん。過保護っていうか、美弥のことが大事だからって、縛っていたのは認めるよ。……美弥にも言われたんだよね。『天下一歌うたい決定戦』に出たい、友だちと出るんだてね。こっちの世界に関わるのはあれだけど、美弥がそうしたいって言うのなら、無碍にはできないよ。ってか、それが原因で結構避けられちゃっててさぁ。アレはダメージがでかかったね。もう勘弁して欲しいです」


束縛というか、護りたい大事にしたいという気持ちが出すぎて引かれてしまった。

顔を合わせた瞬間逃げられるなんて、死んでしまいますかと思いましたよと、泣き笑いの表情を浮かべる知己。


確かにそれは引かれても仕方がないでやんすか、なんて。

思いつつも口にはせず、法久は知己についていきつつさっと話題を変える。



「あ。そう言えばナオくんが知己くんのこと呼んでたでやんすよ。何か頼みたいことがあるって言ってたのでやんす」

「ん? そうなのか? 『R・Y』のみんなと会わせたりしてくれるのかな? ナオのやつはどこに?」

「何だか珍しく焦ってたでやんすから、違うとは思うでやんすけど……あ、あれじゃないでやんすか。やっぱり飛び入りで舞台に立つことになったけど、ナオくんに何も言わずに審査員席になんてちゃっかり座ってるから、怒っているのかも」

「む。いや、言われてみれば連絡を忘れてたな。申し訳ない。美弥たちに夢中で、すっかり失念してたよ」


知己ははっとなって申し訳なさそうにしつつ。

それじゃあ怒られに行こう、とばかりにちゃっかり『R・Y』のメンバーだけでなく、美弥たちも控えているであろう舞台の裏側へと足を踏み入れることにして……。



             (第483話につづく)






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