第481話、君が終わるというのなら、夜が空けるその時まで、めざめを待とう
(いやぁ。きっついなぁ、これは)
自分や影武者な村瀬修一はともかくとして。
あの、天上天下唯我独尊なロックンローラー王子がよくもまぁこんな日の目の見ない裏方のようなことをし続け我慢していられるなぁと。
そんな更井寿一の新たな面を発見した気になって。
ぼやきつつもどこか楽しげな花原亜音夢がそこにいる。
『ドリーム・ランド』すべてを覆うようにして貼られた結界、その人柱のひとりとして。
(いや。寿一くんのことだから、早々に抜け出してバトルに明け暮れてるのかも、ね)
例えそうだったとしても。
自分本位で自分中心な彼には似合わない役目だなぁ、とも思ってしまう。
寿一からすれば、それこそ自分自身がゲームや物語で言うラスボス、格好良いと讃えられそうな諸悪の根源となって暴れ回りたいところなのに。
それをしない理由は、たった一つ。
自分自身を影のように思い、寿一と違って自分に価値などないと思い込んでしまっている『彼女』に、だからこそ逆に惚れ込んでしまったからなのだろう。
自分なんか、いつどうなったっていい。
『死』こそがむしろわたしのすべて……だなんて信じて止まない彼女の目を覚まさせてあげたいからなのだろう。
寿一に限らず、相棒の東寺尾柳一も修一も。
あれほどまでに女性が苦手であった亜音夢自身も。
そうやって自分を犠牲にしようとしている彼女のことを、本当は止めたいのかもしれない。
(でも……すべては遅きに喫している、ってね。恐るべきは愛の力か)
歌い手であるからして、詩人であることは確かだが。
亜音夢は自分でそう内で口にしていても、理解の範疇を超えている部分があるのも確かだった。
……いや。過剰に、一方的に知らないのに愛されることが、どんなに怖くて厭らしいことなのかは、身に染みてよく分かっている。
彼女たちの間にあるものは、亜音夢が受けたものとは違うのだろうが。
それが世界を壊しかねないほどの大きな力を生むなんてことは。
少なくとも亜音夢の歌、詩、物語の中には未だ存在してはいなくて。
「来世があるのならば、僕にもそれがわかって見つかっちゃったりするの、かな……」
亜音夢は、そんな儚い夢を抱きつつ。
結界に溶けるようにして、眠りにつく。
いつかくるかもしれない。
「めざめ」の時を待ちながら……。
※
ただ単に、たまたま巻き込まれただけで。
運が悪かっただけなのか。
あるいは、すべての根源のすぐそばにいたからこそ、逆に幸運だったのか。
それは。
今は、それぞれが使命を全うした今となっては。
直接聞こうにも分かりえないこと、なのだろう。
一方で、同じように裏側へ取り残された能力者たちは、けっして少なくなく。
特筆することは何もないほどにあっけなく、昏き獣たちの糧となり舞台上から去っていく者がいる一方で。
黒き波濤に、終わりの見えない獣の群れに抗い続けている者達も確かに存在していた。
その筆頭こそが、過去において『喜望』の長にして『ナイン・ヴォイド・ムーン』の絶対的ボーカリストである梅垣大吾である。
「ちいっ。いやぁな予感の正体はコレかよ。ちょーっとばかしまっくろけだが、おれの能力と大分かぶってるんだもんよぉ。犯人探ししてたらそれは自分でしたってか。冗談にもならんぜ」
梅垣大吾の能力、【落涙奈落】。
『水』を扱わせれば右に出るものはいないとも言われるそれは。
あらゆる『水』を意のままに扱い、その中に潜み棲まうアジールの源でもある力すら掌握するものである。
フィールドタイプやネイティアタイプのように、そこに水があるのならば雨を降らせたり、波を起こしたりできるのは当然なこと、
『水』の属性(フォーム)に類する眷属たちを意のままに、ファミリアタイプの力として扱うこともできてしまう。
大吾は現在、迫り来る黒い大群に対し、無数の水によって形作られた軍団(レギオン)を生み出し維持し指揮していた。
黒き獣の群れが一向にその数を減らすことなく、少しでも倒されようものならその分を糧にし僅かながらも成長していっていることを把握したのも相対してすぐのことで。
大吾の軍団(レギオン)が不定形なスライムのごとき存在であることをいいことに、のらりくらりと戦線を維持しているのが今の状況である。
しかしそれは、傍目からみれば勘違いされてもおかしくない光景ではあって。
大吾は相変わらず嫌な予感が拭い去りきれていないことに辟易しつつ。
そんなよろしくない勘違いをされる前にと。
本当の下手人、黒き獣たちの主を見つけ出さねばと。
その場の指揮をゴブリンキングの姿を模した水わらし(ファミリア)に任せて。
おっさんをはしらせんじゃねぇよとばかりに駆け出していく。
目指すのは、基本いつだって怪しいと思っていたと言うか、ラスボスが服を着て歩いているがごとき男の下である。
派閥の長やそれに類する剛の者たちを集めて、今回のために話し合いが開かれたのにも関わらずその男はいつものように影武者を立ててその場にいなかったわけだが。
あらゆる水を操り把握する大吾にとって、そのほとんどが水で構成されている人間を探し見つけ出すのは。
しかも悪友とも言うべき存在であるのならば容易なことであった。
「いつか何かしらしでかすだろうとは思っていたがなぁ。いやしかし、奴にしては少しばかり可愛らしすぎるか? 奴らしくないと言えばそうだが……うーむ。
ま、とにかく本人に直接聞いて見れば分かるだろ」
大吾の索敵はある意味ありがちではある、目前に透明なマップが浮き上がって生体反応が読み取れる、なんて便利なものではなかったが。
そうひとりごちつつ。
長年の勘を頼りに黒と透明な波を縫うようにして、ただひたすら一直線に進んでいく……。
(第482話につづく)
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