第74話、一旦舞台に上がってしまえば、ノーサイド
―――そしてライブ終了後。
ネセサリーにあてがわれた広い控え室にて。
「みんなお疲れさま。早速だけど本題に入ろうと思う」
知己は集まった関係者たちに一通り視線を向けて、低くそう呟く。
そこにはネセサリーのメンバーはもちろん、一足先にバックヤードに来ていた恭子や、事の顛末を知らないちくまやカナリ、さらになんだか全然よく分からないけどいてもいいらしいのでついてきた美弥たち(きくぞうさんも含む)『あおぞらの家』の面々がいた。
ちなみに美弥たちがいるのは、『相手』に他に仲間がいる可能性を考慮したためである。
その『相手』とは、すなわち今回の件の首謀者……パームのことであり。
本題とはその『相手』が誰で、何が目的だったのかを知るというものだった。
「……本題って、今回の件を起こした人物、誰なのか分かったってこと?」
知己の言葉を受けカナリはそう言葉を発すると、視線を一同に彷徨わせる。
一度視線を固定してしまえばその先にいる者がそうであると決めつけてしまうような錯覚を覚えたからだが……。
「ああ、そう言うことになるのかな」
知己はそんなカナリの言葉に、なんだか曖昧な様子で頷いた。
「……焦らすな。知己たちが疑っているのはわしだろう?」
「……」
だが、そこで唸るようにそう言って一歩前に出たのは圭太で。
一瞬だけ、その場に重い沈黙が降りたが、しかしそれを破ったのは知己だった。
「何言ってんのさ。己はまだ何も言ってないじゃないか。どうしてそう思うんだ?」
「どうして、と来たか。現にステージに立つ前、知己はわしが犯人であるようなことを言っていたではないか」
圭太が渋い口調でそう言うと、知己は少しだけ笑みをこぼし、やはり首をふった。
「そう見えたかい? 己は別に紅さんに言ったわけじゃないんだけどな。それに、実はぶっちゃけると、ついさっき恭子さんの話を聞くまで誰がやったのかとか確証もってなかったんだよ」
「いわゆる、根拠のないかまかけと言うか、はったりでやんすね」
「……」
白々しくもそう言う知己に、法久が呆れたように言葉をつなぐ。
その場はさっきと違った意味で沈黙に包まれたが。
引き続きそれを破ったのは知己だった。
「で、その話なんだけど。どうやら今回の犯人、一つだけミスを犯したらしいんだよな。この町に住む人なら……ここでライブしたことが過去に一度でもある人なら、しないだろうミスをね」
「ミス? 何だそれは」
聞いても分からないだろうとは思いつつも、圭太は知己の言葉を反芻する。
知己はそれを受けて一つ息を溜めると、一気に言葉を紡いだ。
「ああ、それはさ、現実と異世の区別がほとんどつけられないくらいに精巧に異世を創り上げた犯人の唯一にして大きなミスさ。ここが空港に近い場所にあって、頻繁に騒音を引き連れて飛行機が飛んでくるという事実を知らなかったっていう、ね。……紅さんは知ってるだろ? その事は。ここでライブするの三度目なんだから」
「それは……そうだな。リハの時にもしつこく言われることだ」
だから圭太はシロだと言わんばかりの知己に、当然否定する要素などあるはずもなく、そう言って頷く。
「って言うか、紅さんは今、能力者じゃないはずでやんすから、それ以前の問題でやんすけどね」
「……」
「うわ、今までの己の華麗なトークを台無しにするかのようなそのセリフ」
そしてすかさず法久がキラーパスのごとき突っ込みを入れると。
圭太はただ言葉を失い、知己はそれを言ったらミもフタもないでしょ、と言わんばかりに苦笑いした。
「えっと、じゃあつまり、誰が犯人なの?」
「もう見えてるだろう? 今回のライブが初めてのライブなのにリハーサルもできず、尚且つ桜咲出身じゃない人……」
知己はまだ何かを焦らすように、先を促そうとするちくまにゆっくりと説明すると。
やがてちくまは何かを思い出したかのように大声を上げた。
「なんだ、それじゃ僕が最初に考え付いたのじゃん! カナリさんが違うって言うからー」
「な、何言ってんのよ。わたしそんなこと言ってないじゃないっ!」
「うそだよーっ、言ったもんっ」
すると、場の雰囲気もなんのその、知己が思っていたよりもだいぶ打ち解けた様子でぎゃーぎゃー言い合いを始めてしまう二人。
途端にそれまで静かだったはずの控え室が騒がしくなって。
その喧騒に何とか紛れ込もうと、こっそり部屋を出ようとする人物が、一人いた。
(……よしっ、今がチャンスですよぅっ!)
カナリとちくまに注目が集まったのをいい事に、そうほくそ笑んでいたが……。
ごんっ!
「うぎゅるっ!?」
そんな笑みのまま、茄子顔チョビ髭男……稲葉設永は、ドアが開け放たれていて何もないはずの空間を通り過ぎようとし、見事に何かに直撃してしまったかのような音を立てて、ばたりと反対側に倒れる。
「う、痛いじゃないですか…………い?」
そして涙目でそう呟き、起き上がって。
そこでようやく稲葉は自分が皆に包囲されるように囲まれている事実に気づき、言葉を失った。
「ごめんなさい。この中に犯人がいるって分かってたから、誰も出られないようにしていたのよ」
控え室の入り口付近で、ひっそりと佇んでいた恭子は、自らの能力を展開させながら、淡々とそう呟く。
さしずめカーヴだけを通さない力がヴァリエーション1ならば。
この不可視のドーム状の障壁は、ヴァリエーション2、といったところか。
「……ボロが出たでやんすね。今ので自分が犯人ですと言ってしまったようなものでやんすが、いいわけは何かあるでやんすか?」
「な、何を言うですかいっ。今のはちょっとトイレに行きたくなっただけですからっ!」
法久がナイススマイルのままで覗き込むようにそう言うと。
対する稲葉は見てて可哀想なくらいうろたえていた。
とはいえ、いいわけとしては理にかなっていると言えなくもない。
「あくまでシラを切る気ですか? あなたがパームの人間で今回の首謀者だと、確たる証拠があっても?」
「そんなものあるわけ……っ」
知己が先ほどよりも一段階声のトーンを下げて、稲葉が今回の件の犯人であると初めて断言すると。
稲葉は相も変わらず酷くうろたえながらもそんなものはない、と言おうとして。
それを遮るかのように、法久が最早お馴染みのファミリアの姿へと戻ったのを見て、言葉を失った。
「茶番はもうよしましょう。自分でも分かってるはずだ。稲葉さん、あなたに逃げ場がないってことを。それに、己……さっきも言いましたよね? 嘘を吐いている、あるいは吐き続け、何もしていないフリをしているのはとんでもなく辛い、労のいることだって。法久くんは今日のあなたの一日をずっと記録している。その綻びを見逃すことはまずないといっていい」
その知己の言葉は確かに一度、稲葉に向かって言った言葉であったが。
稲葉は気づいただろうか?
それはつまり、リハーサルをせずにライブに望むという状況を、法久によって意図的に作らされたとともに、尚且つ監視されていた、ということに。
「……まさか、本当にビデオカメラを回してるとは、ねっ!」
「っ!」
そして知己が稲葉に対し、最後通告のような言葉を発した瞬間。
稲葉はそう言って笑い、自らのアジールを展開する。
それにすぐさま反応した知己は、美弥を庇うようにしながらも稲葉に近付くように一歩歩みを進めた。
「一つだけ聞いてもいいですかい?」
「なんです?」
追い詰められた人間はどんな行動に出るか分からない。
だから知己は、稲葉との距離を微妙に保ちながらそう聞き返した。
「一体いつから気づいてたんでさ?」
「気づいたのは今さっきですよ。稲葉さんが逃げようとした時です。ただ、疑っていただけです。最初から……ね」
「なるほど。そんなそぶり全くなかったじゃないですかい。たいした役者だっ!」
そしてその瞬間、稲葉を包むように『水』が突如出現し。
「お互い様、ですっ」
そう呟き、知己がおもむろに近付いて水に触れると。
それはまるでシャボン玉のようにはじけて消えた。
「……ぐっ」
改めて気づけば知己の身体からは沸き立つように虹色のカーヴが立ち昇っている。
稲葉は苦悶の表情を浮かべて、それでも能力を発動しようとするが。
そんな稲葉の内なる呼びかけに稲葉自身のカーヴ能力が応えることはなかった。
「……もう、やめにしましょう。わけを話してください。今回の目的、パームのしようとしていること、そして稲葉さんがこんなことをしなくてはならない理由を」
「な、何故っ。……そ、それを?」
稲葉は物凄い衝撃を受けたように、アジールの展開すらも忘れて立ち尽くす。
自分が今回の首謀者であることについて、ではなく。
やったことが自分の本意ではないことを見透かされて。
「分かりますよ。今だってとても辛そうな顔をしてますから」
知己は、言った自分が辛そうに、そう答える。
そんな完全に追い詰められた状態でも、哀れなほどに諦めようとしないその様は、何か理由があるのだろうと、知己は思っていた。
本当は人を騙すことも、人を傷つけることも嫌なのに。
それでもやらなくてはいけない何かがあるんじゃないか、と。
「話してもらえませんか? 悪いようにはしません」
知己もアジールを解き、稲葉を真っ直ぐに見てそう言う。
「……っ、しかしですね。ワタシはたくさんの人にひどいことをしようとしたのですよ? 情けをかけるつもりですかいっ、こんなワタシにっ!?」
稲葉にはその言葉が信じられなかった。
何故欺き、殺そうとまでした敵にそんな事を言えるのかと。
「……諦めたほうが賢明ですよ。知己さんはそう言う人ですから。それに、事実被害も出ていませんし」
すると、同じことを感じたことのあるカナリがそんな事を言った。
確かに、結果だけ見ると……多少お客さんをやきもきさせて、ステージが盛り上がった、とも言えなくもない。
「そうだよ、だっておじさん、本気の本気じゃなかったでしょ? おじさんが本当に悪い人で、僕たちに酷いことをするつもりなら、できたはずだもん」
続けてそう口をはさんだのはちくまで。
異世にいた時、戦ってみてちくまが思ったのは、その事だった。
確かに危ない時は何度もあったかもしれないが。
どこかツメが甘いというか、遠慮があったような気がしていたのは確かだった。
「別に誰でもってわけじゃないさ。だって稲葉さんと己たちは、今日一日一緒に、こうして一つの音を作り上げることが出来たじゃないか。ラスト前にも言ったけど、カーヴ能力者として敵対していても、音を楽しむ気持ちは同じだって分かって……ちょっと嬉しかったんだよ」
知己はカナリの言葉に苦笑し、思ったことを口にする。
だからもうこれ以上争う必要はないと言わんばかりに。
「……とっくに分かってたのかもしれませんです。あなたがたとこうして、ステージに立った時点でワタシはもう、負けていたのだと」
一緒に音を作り上げて一つになって。
その時既にどうでもよくなってしまったのかもしれないと。
稲葉はそう言う意味を込めて、寂しげに笑ったのだった……。
(第75話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます