第81話、知己のありすぎる存在感が問題であるならば……



「うーん、かといってこっちだけにかまけていて若桜のほうに行かないのもなあ」


決して彼らの力を信じていないと言うわけではないが。

もたもたしていると、魔久班(チーム)の二の舞になる可能性だってある。

向かうにしろ留まるにしろ、互いにその選択をすべき確たるものがないのが、余計に二人を悩ませていた。



とはいえ、ただ何もせず動かないわけにもいかないだろう。

やがて考え付いたかのように、法久が口を開く。


『……こうなったら、二手に別れるべきでやんすかね。若桜のほうは、おいらたちが向かうことを相手に悟られないためにも少人数のほうがいいでやんすし』

「ああ、そうだな。ライブの件を無事に乗り切ったことを考えても、ちくまとカナリなら、それはアリだと思う」


面と向かっては言わないが、知己はちくまとカナリのことを今回の件で大分見直した、というか認識が変わっていた。


稲葉のことがなければ、二人のことを手放しで褒めてやりたい気分だったのだ。

そして、それは法久も同じだったらしい。

法久は知己の言葉に頷くと、再び口を開いた。



『んじゃ、二手に別れるって事で決定、でやんすね。ペアはやっぱりおいらと知己くん、ちくまくんとカナリちゃんでいいと思うでやんすが……問題はどっちが若桜町に向かうか、なのでやんすよね。おいらたちだと、顔が割れすぎてたり、存在感ありすぎてパームにすぐ気づかれそうでやんすし、ジョイちゃんの言葉を尊重すると、ちくまくんたちに向かわすのも微妙でやんすし。それになにより、カナリちゃんが、ちょっと心配でやんすからねぇ』

「……ああ、そうだな」


ちょっとどころではなく本当に心配そうな法久の言葉に。

なんだか盛り上がっているカナリたちを横目で見ながら、知己は重々しく頷く。


本人は必死で隠しているようだったが。

稲葉が落とされてから酷く不安定な状況に陥っているのは火を見るより明らかだった。

カナリ自身が紅い蝶を見たという言葉と、稲葉の際の叫びなどから想定するに。

おそらくカナリは自分も稲葉と同じ目にあうのではないかと心配しているのだろう。


会ったばかりの頃は、自分の命すら厭わないような様子であったから。

ある意味それも人としての成長と言えなくもないが……。

 


「だけどあれは多分、パームを離反した者への見せしめのようなものだと思う。もし、それにカナリが当てはまるのだとしたら……こういう言い方はしたくないけどさ、敵にしてまで生かしておく必要はないと思うんだよな」

『つまりこうしてカナリちゃんが無事でいるってことは、それが彼女の勘違い……思い込みか、あるいは何らかの理由があって泳がされている、と言うことでやんすか』


知己は法久のそんな言葉を聞いて、苦い表情を浮かべずにはいられなかった。

法久も言いながら同じ表情をしているだろうことは容易に想像できる。

ただ、知己としては何か理由があって生かされているというよりは、カナリと稲葉では状況が違うからということを推したかった。


それは、稲葉が『紅の蝶とともに【落涙奈落】の力を授かった』と言っていたせいもある。


カナリの【歌唱具現】はカナリ自身のものだが。

稲葉の【落涙奈落】はパームのリーダーであるバタフライから授かったものなのだ。

悪戯に能力を与えたままには流石にしないだろうと今考えれば分かる。

 


「そうすると、彼女はここに残しておくべきなんだろうな。どちらに転ぼうとも、ここほど対処に適した場所はないだろうし」


何しろここには関する専門の施設だけではなく、治療ケア専門とも言えるスタック班(チーム)がいるのだ。

二手に別れなければならない以上、そう言う流れになるのは必然なのかも知れなかった。

 


「だけど、そうなると……己たちが若桜町に向かうってことになるんだよな。己なんかが行ったら、速攻で警戒されるような気もするけど」


何しろ知己は、気配を消して隠密行動を取るには向いていないのだ。

一般の人相手ならば、むしろ力を展開してアジールを、異世を創り出し気づかれないようにする荒業もできるが。

それはカーヴ能力者にしてみれば知己という看板を背負って歩いているようなものだろう。

 


『あ、それがでやんすね、そのことについて会長のほうで話があるようなのでやんす。ちょっと変わるでやんすよ』


と、知己が困ったようにそう言うと。

それなら大丈夫らしい、とでも言わんばかりに法久がそんな事を言う。

 



『おお、ともみん。ごくろうごくろう。榛原だぞ』

「会長? もしかしていままでずっとそこにいたんですか?」


そして、すぐ入れ替わるように聞こえてきた榛原の声に、知己は少し呆れた様子でそう言った。



『まあな。ともみんとの久方ぶりの会話を今か今かと待ちわびていたぞ』

「いや、そんな得意げになられても。それより、何かいい方法でもあるんですか?」

『うむ。もちろんあるぞ。瀬華の剣は、持っているな?』

「黒姫さんの? ええ、それは持ってますけど。この剣がどうかしたんですか?」


知己はそう言うと、今も背負っていた薔薇の細工が施された大ぶりの剣を手に持つ。

すると、それを待っていたかのようなタイミングで榛原は言葉を続けた。 



『剣そのものというか、鞘だな。オレ自らの力によって生み出された特別製だということは周知だろうが、その鞘にはある特殊効果が付加されているんだよ」

「特殊効果? そんなものあるんですか? 今まで使ってて全然気づきませんでしたけど」


知己は、その黒紫色の鈍い光沢を放つ鞘を眺めつつ、そう呟く。

とはいえ、この鞘はそもそも榛原のプレゼント攻撃【オウレシャス・トレジャー】によって生み出されたものなのだ。

ゴッドリングやネモ専用ダルルロボのように、何かしらの効果がついていてもおかしくはなかった。

 


『まあ、剣を収めたままじゃ分からんだろうな。端的に説明すると、その鞘はカーヴの力を増幅する効果があるのだ。原理としては、ともみんと法久の複合技である【チェイジング・リヴァレー】に近い』


知己と法久の複合技(シンフォニックカーヴ)である、【チェイジング・リヴァレー】は、それまで知己の力で押さえ込んでいたカーヴの力を法久の力により知己の存在を、急激にそのフィールドから隔離することで、いわゆるストッパーを外したように、それまで表に出ずに溜まりに溜まっていたカーヴの力を解放する技である。


それと同じようなものであるということはつまり。

その鞘が【チェイジング・リヴァレー】の役割で言うと、知己にあたるということであった。



「ってことは、今鞘を外したらここら一体とんでもないことになったり、しないですか?」


知己は、カナリの屋敷で試し切りをした時のことと、自らの【チェイジング・リヴァレー】の恐ろしさを考えて、ちょっと青い顔をする。


それにもう大分鞘に入れっぱなしなのだ、抜いた瞬間全身を細切れにされそうな気がしたのもあるだろう。

しかし、榛原はそんな知己の言葉を聞いておかしそうに笑みをこぼした。



『別に原理が近いってだけの話だよ。ともみんの想像しているようにはならんさ。それより、オレの想像通りのものができているのならもっと面白いことが起こるはずだ』

「おもしろいこと? 何ていうか、会長にそう言われるとそこはかとなく不安なんですけど……」


文字通り不安を隠しもせず知己がそう言うと、なぜか榛原はさらにおかしさの度合いを深めた。

それは何と言えばいいのか、少なくともいつもよりハイテンションな感じなのは確かで。



『大丈夫だ。何を隠そう、オレ自身も滅茶苦茶不安だからな』


何が大丈夫なのかは分からないが、自信満々にそんな事を呟く榛原。

知己は思わず頭を抱えたくなったが、そこでそもそもその鞘の付加効果と、隠密で若桜町へ向かうことへのつながりがどこにあるのかさっぱりなのに気づいた。



「ま、まあそれは良くないけど、いいとして……結局己はどうすれば? その会長の言う、想像通りってなんなんです?」

『ああ、それはだな、うむ。そう言えばともみんは瀬華のカーヴ能力のことは知っているか?』

「えっと、名前は……【魂喰位意】でしたよね。どんな能力でしたっけ? 確か、刀狩の弁慶みたいな能力だったような気が」


あまり自らの能力を展開することはなく、主に榛原の創り出したウェポンカーヴを使役していたイメージがあって。

知己はあまり黒姫の能力をはっきりとは覚えていなかった。

それでも少女の細腕でありながら榛原の武器を使いこなし、ウェポンを扱う能力者の中でもトップクラスの実力を誇っていたのは、彼女自身の能力ゆえだったのだろうが。


『ふむ。いい線はいっているが、少しニュアンスが違うかも知れんな。まあそれも、実際試してみれば分かるだろう。やってみるかどうかはともみんの意思に任せるが……それから起こることがオレの想像通りならば、若桜にともみんが向かっても、気づかれないはずだ、たぶん』

「そのたぶんがなければどんなにいいかって感じですが、分かりました。そこまで言うのならやってみます」

『んじゃ、おいらもそっちに戻るでやんすよー』


半ば呆れたように、それでもしっかりと榛原の言葉に知己が答えると。

同時に聞こえてくるのは法久のそんな言葉だった。


その代わり身のような早さに、目をしばたいた知己であったが。

その一方で鞘を抜けば何が起こるのか、何となく今のやり取りで想像がついた知己は、同時に決断を自分に任せたのだろうと感じていた。


それに、たとえ榛原の願い通りのことが起こったとしても。

榛原自身がそれを素直に受け止められるかどうか、本人にも分からないんだろう。

だからこそ逃げるように去ったのだ、とも。



しゃりんっ。

知己はそこまで考えて、なんの躊躇いもなく剣を抜き放つ。


その瞬間。


深い紫紺の光が刀身から放たれ、自らの意識がその光に包まれ包まれていくような感覚に陥っても。


知己はやっぱりな、くらいの気持ちで……。



 

              (第82話につづく)







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