第三十六章、『AKASHA~深愛~』
第288話、行かないでもう少しだけ、何度も言いかけては……
ロッカーの先にある階段を結構な時間をかけて上がると。
学園の敷地らしき建物の屋上だったかもしれない場所に辿り着く。
そこには一面の青空の代わりに、大きく丸い扉がはまっている。
こうちゃんの部屋にあった地図のよると、この先は『横隔膜の間』なる場所らしい。
つまり、『横隔膜の間』とは、上のフロアの地面になるわけで。
「なんとなく、こっから先が本番っぽいなぁ」
いかにもこれからこうちゃんの好きそうなゲームが始まりそうな感覚。
何とはなしにそう思い、はてさてどうやってこのいかにも分厚そうなまる扉を開ければいいのかと思いつつそうぼやくと。
きっとその声に反応したのだろう。
豪快な駆動音とともに、スライドして開かれる丸い扉。
そこから見えるは更に上階への階段。
「うーんと、あった。もう残り時間が15時間切ってるですね」
「うっそ。意外に時間ないじゃない。あの階段、時間経過おかしくなってたのかしら」
「これ以上時間を無駄にしないためにも先へ急がなきゃね」
「意義なーしっ。私先に行くよっ」
「……」
いざ迎えとばかりの仕様に眉が思わず尻込みしていると。
こうちゃんのあそびかたの紙を手にしたリアがそんな事を呟く。
まごまごしているまゆの背中を押すつもりはあんまりなさそうではあったが。
時間がなくなってきているのは確かなので、それに怜亜、真澄と続いて。
今度こそ私がとばかりに最初に足を踏み出したのは、美冬であった。
良いも悪いも早く、美冬はそのけしからん……羨ましい体躯をバネのようにしならせ、サクサク階段を上がっていってしまう。
その後に続いたのは、基本寡黙な塁だ。
思っていたよりしなやかにその後に続く。
そんな様に、やっぱり普段から運動してる人は違うなぁってしみじみまゆは思って。
「それじゃ行くよ、ほらっ」
「リアもっ、リアもお姉ちゃんと手をつなぐですっ」
「いやいや、急にどうしたのさ。……まぁ、いいけど」
いつもはいっちばーんとうるさい正咲が、何故かまゆに向き直り手を伸ばしてくる。
案の定、それを恵も真似したがって。
……その行動はもしかしたら。
この先に何かあると。
その方がいいだろうと、正咲なりに直感めいたものがあったが故なのかもしれなくて。
「ふわ。これまた広いや」
「……先に進めそうな道はありませんね」
辿り着いたのは。
美冬と塁の率直な感想よろしく、饅頭型のドームの屋根すら遠い、がらんどうで何もない部屋だった。
フロア全体が、サーモンピンクのロケーション。
「……こうちゃんってこんなメタボだったっけ?」
「めたぼ?」
「ああ、つまりここはお腹なんだね。相変わらず妄想力がたくましいですねお姉さんは」
独り言のつもりだったのだが、ちゃっかり聞かれていたらしい。
まぁ、両手に花状態で手を繋いでいればそりゃそうなのだが。
「あのふざけた指令書?は、何か更新されてないの?」
「うおーっ、ひろーいっ!」
「うわっ、びっくりした近い近いっ」
首筋すぐ近くからの怜亜の囁きと、つんざきはしゃぐ正咲の黄色いみゃんぴょう的な声。
「……もうじゃれあいはよろしいんで?」
さっきまでこの場にやってきたと思ったら仲良しこよしでやり取りしていたはずなのに。
恐る恐る振り向くと、思っていた以上の近い所に怜亜の顔があった。
そしてそのまま何故かぎゅうとハグされる。
さっきの正咲といい、何なんだかよくわからない怜亜の行動。
いけずな真澄と恵は、とばっちりを受けては構わぬとばかりにその場から離脱していて。
「さっきのはフリよ。そうすればまゆが油断するかと思って」
「いやいや。マジだったとね。って言うか油断ってなによ?」
「一体いつから?」
潜めるような、怜亜の言葉。
「……あーうー」
まるで会話が成立しない。
ただただ、怜亜は真剣そのもので。
「ロングスカートは便利よね」
「ま、まさか。見たとね?」
「まゆはお馬鹿だって思い知らされてるからね。それとなく気をつけてたの」
「えっっっっっっ」
「……茶化さない」
いつもならそこで乗ってくれるのに。
怜亜は変わらずおふざけの許されない雰囲気を醸し出している。
二人の手を繋いで階段を上ったのは、結果だけ見れば文字通り足下がおろそかになっていたからなのだろう。
幽霊に足がないのは本当らしい。
不確定なその存在は。
足から消えてゆくのだと身を持って知ってしまった。
道理で一番乗りにこだわる正咲がノーリアクションで美冬の先行を許したわけである。
そんな正咲は、意味もなく気勢を上げて走り回っていた。
いや、意味はあるのだろう。
時折まゆに送られる視線が、なんだか怖くていたたまれなくて。
理に反する行いは元々ないはずのまゆの存在を否定する。
来たばかりの時に矢を受けたときと同じようでいて根本が異なる。
まゆのタイムリミットは近いらしい。
……そんな事は。
怜亜が一番分かってるはずなのに。
同じ、『本当はもう存在してはならない仲間』の彼女には。
「……っ」
そう思ってジッと見つめると。
怜亜が怯むのが分かる。
それを見て、まゆは笑った。
ふっと力を抜くように。
「みんなに迷惑をかけないようにするにはどうすればいいのかなって。必死に考えてるところとね」
まゆはそう言い、真澄と天井を見上げている恵を見やる。
そんな都合のいい方法なんて。
考えても出てきはしないのだろう。
彼女を傷つけず悲しませず去りゆく方法なんて。
「……それまでは頑張るよ」
「……」
拳握り叶わないだろう意思を表明するまゆに。
怜亜は何も言わなかった。
いや、そうじゃない。
何も言えなかったのだろう。
その方法が分からないのは。
怜亜だって同じなのだから……。
(第289話につづく)
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