第二十三章、『まほろば~Too Lateその2~』
第171話、ビター&スウィート、二人のリズム
一段、一段と下っていく度に静けさが増し、闇が深くなる。
闇が濃くなればなるほど、息苦しさが増す。
螺旋を描く石階段は、終わりのない奈落への道筋のよう。
「やよちゃんやよちゃん! ずっと上に見える光、お月様みたい!」
「あ、ほんとだ。うさぎいるかなー」
「……にゃーん」
そんなポエマーなことを考えてるのは、自分だけなんだろうなあ、なんて思いながら。
弥生はそんな自分に深いため息をつく。
まぁ、この終始ピクニック気分な高いテンションのおかげで、鬱屈した気分になりようもないことは、ありがたいことなのかもしれないが。
「あんまり上ばかり見てると落ちちゃうよ。後どれくらい続いてるのか、見当もつかないんだから」
腕の中でなんだか気の抜ける鳴き声を発するこゆーざさんをわずかに強く抱きしめ、弥生は言う。
二人が足を踏み外しでもしたらって危惧のせいももちろんあるが、自分のように細かいことを考えてないように見える、二人がちょっと妬ましかったのかもしれない。
細かいこと……考え出せばきりがないが、それでも気になってしまうことはいくつもあった。
まずは何より、この階段だ。
上階にあったコンクリートのものより、明らかに古い物に思える。
内側には転落防止の柵すらない。
まるで、この病院が建つ前からあって、無理矢理繋げたようにも見えてしまう。
加えて弥生たちは、既にかなりの距離を下ってきている。
正確な深さは分からないが、これほどの規模の物があるのに、一般に知られていないのは不可解極まりなかった。
「それにしても、結構下ってきたわよね? あの赤いファミリアの親玉より下に来ちゃったりしてないのかしら?」
仮にそうだとしても、周りは石壁ばかりで分かりようもないわけで。
そう呟くことで初めて気づく、この場の異常。
その石壁には明かりの一つもないのに、何故周りが見える?
目の前ではしゃぐ美里やちくまたちが見える?
自分は足を踏み外すことなく、こうして階段を降りることができたのだろうか?
大昔の古い階段、という言葉では納得のいかない不可思議。
なんらかの力が働いていると、カーヴ能力の観点から考えてしまったほうがよほどしっくりくる。
その事を弥生が言葉にしようとした、その瞬間。
「あ、でも下の階に着いたみたいだよ」
それを遮るかのように、ちくまがそう呟いた。
実際は弥生の独り言めいた言葉にちくまが答えただけなのだが。
まるでこの場所の不可解に気づいたそのタイミングをはかったかのように……目の前に溢れるのは、場違いな人工的な明かり。
「あっ、こゆーざさんっ」
「うぅ、こゆーざに一番乗りとられるぅ」
それを見て最初に飛び出したのはこゆーざさんだった。
不満げな美里に続き弥生も後に続く。
「うわぁ、広いなー。あっ、ここの地面りのりうむだ。これだけ広いと掃除とか大変だろうなぁ」
そして、しんがりをつとめていたちくまが、その場所に両足ジャンプで降り立ち、辺りを見回しながらのんびりとそんな事を呟く。
「……」
一見何も考えず口にした言葉のようだが、その意味は深い。
金箱病院では、清潔感を保つために半年に一回のペースでワックスがけを行うのだが、
ここの地面はまるで昨日今日掃除したばかりであるかのようにゴミ一つ落ちていなかった。
ここまで業者が降りてきて、と言うのは考えにくい。
この場所も何者かの異世であると、考えていいのだろう。
一見、敵が隠れアジトとして利用していたとも思えるが……。
「やよちゃん、ちくまくん。ちょっとこっちこっち!」
弥生が考え込んでいると、少し離れた曲がり角から顔を出して美里が手招きしてくる。
見ると、どうやらこのフロアは口の形をしていることが分かった。
ただの柱にしてはスペースのある気がする中央の部分。
建物の構造からして考えられる物は……
「やっぱり、エレベーター……かな」
こゆーざさんを頭に乗せて美里が上にあがるためのボタンと下にさがるためのボタンを同時押ししているそれは、どこにでもありそうな大きめのエレベーターだった。
業務用のものではなく、デパートにあるような大型な物であることにも疑問を覚えるが、これで少なくとも敵のアジトである、という可能性は減じた気がした。
敵がいちいちこんな物を創るとは思いにくいし、何よりまだ下階層があるという事実が、弥生にもう一つの可能性を連想させるからだ。
もう一つの可能性。
そのことに思い至った、その瞬間。
「【歌符再現】、ファーストっ、ファイヤーボールっ!」
階段のあった方から、ちくまのカーヴ能力発動を表す、力込められし言葉が木霊して。
続く炸裂音。
「にゃにゃっ!」
こゆーざさんの低い警戒を示す声。
「やよちゃんっ、敵だって!」
駆け出す美里に弥生も続こうとして。
さっきとは比べるのもおこがましい、大地すらゆるがす爆発音がフロア一帯に響いた。
(ううん、この感じは、もっと……)
このフロアに留まらず、病院全体にすら、と思うくらい大きなものだった。
事実、その弥生の考えは正しくて。
「う、うわぁっ」
近づいてくる、ちくまの悲鳴と迫り来る何かの音。
そして、転がるように角を曲がってやってきたちくまの背後に続くのは、ナースセンターでみた赤い粘土質の波、だった。
「コレ、さっきの赤いのじゃん。ちくまくん、何したのっ?」
「ほ、本体がいたんだっ。それで攻撃したら爆発してっ!」
そんなやりとりをしている間にも、 ちくまを飲み込まんと意志あるかのようにうねり迫る赤い何か。
あれに捕まったらどうなるのだろう?
ふと、それまで変わらぬ様子であったはずの院長のことを思い出す。
あれが本物であろうとなかろうと、捕まれば厄介なことに間違いはなかった。
弥生はふと背後を省みる。
僅かに聞こえるのは逆方向からも迫る音の気配。
どうやら既に挟み込まれているらしい。
(どうしよっ)
力で迎え撃とうにも、その手はちくまによって事態を悪化させるだけだろうことが分かっている。
万事休すかと、弥生が思った、その瞬間。
チン、と金鳴る音がしてエレベーターの扉が開いた。
「……みんな、こっちに早くっ!」
弥生は、内心歯噛みしつつもそう叫ぶ。
またしても、いいように動かされているかのような嫌な感覚がそこにあったが、それしか術がないのだから仕方がない。
弥生をしんがりにして全員がエレベーターに乗り込み、ドアの閉じる瞬間。
目に入ったのはこのエレベーターが上へ上がっていくことを示す上向いた矢印だった。
(くっ!)
それを見た弥生は、このまま操られているがごとく流されている感じが我慢ならなかった。
そのまま駆け出し閉まる寸前のドアに取り付こうとする。
刹那、視界に滲む白光。
歪む意識と逆さになる世界。
何故かその時見えたのは美里とちくま、こゆーざさんの何かに焦る顔で。
弥生が我に返り、その手が触れたときには既に、
その扉は完全に閉ざされてしまっていて……。
(第172話につづく)
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