第172話、地上に残ったファミリアコンビの戦い
あの黒の翼持った金髪の少女を、やはり追うべきだったとタクヤが思ったのは。
凄まじい音量と地震のような地響きが……辺りを支配した時だった。
「……っ!」
はっとなり飛び出すタクヤ。
その後に続くその爆音にも動じた様子のない晶に、タクヤは詰め寄るように問いかける。
「今の爆発はさっきの!?」
「……少なくとも彼女じゃないと思う。彼女なら、さっきみたいに何かするならどうどうとすると思うし。ただ、他にも仲間がいる可能性はあるかも」
その表情の変化は乏しかったが、何となく嘘は言ってない気がした。
確かにあの仲村幸永という少女なら、まるで戦場のように名乗り上げてから、ということをしそうな雰囲気があった。
それは逆に言えば、不意打ちなど付かずとも問題にならない強さを持っているとも言える。
そんなまっすぐなところは、自らの主と通じるところがあるな、なんて考えて。
「すみません晶さんっ、美里さんたちが気になるので急いで向かいますっ」
タクヤは主のことを思い出し、返答構わず『力』を使おうとする。
その力とはかつて主との契約を結ぶ前……完全なる時の眷族だった頃の数少ない遺産のひとつで。
主の元に限り、時を要さずに駆けつけることのできる力だった。
通常のファミリアならば、比較的有しているものの多い力なので、晶にもそれで伝わるだろうと思ったのだが。
「だめ。爆発の原因を突き止めるのが先。あなたの主もそう言うんじゃないかな」
そんな晶の言葉にはまるでタクヤが向かったら困るかのような、有無を言わせない強さがあった。
タクヤはそこに深い疑問を覚えたが、確かに晶の言うことはもっともで、タクヤに反論の余地を与えない。
きっと、この状況をほっぽりだして駆けつけようなものなら主は怒るだろう。
主の安寧が第一であるファミリアの根本を否定されているようなものだが、側には自分より頼れる一番のファミリアがついているだろうし、ファミリアと主の契約を結びつつも、主はいつだってファミリアでいようとする自分を容認していないところがあった。
そのことを考えると、タクヤは時々自分の存在というものが分からなくなる。
『喜望』の本社ビルで会った、自らを忘却し自らをファミリアだと偽っていたことにも気づかなかったあの少女ですら、ファミリアの本当の願いに気づいていたというのに。
これでは生殺しだと、タクヤは思う。
それが主がかつて口にした、犯した罪への償いであるならば、甘んじて受け入れる以外にないのは確かであるのだが。
「……そうですね。晶さんの言う通りです。行きましょう」
少しばかり釈然としない様子ではあるが、それでもタクヤは呟き、頷く晶とともに音の出所へとかけ出していく……。
はたしてそれは、それほどの時間を要さず見つかった。
やってきたのはナースステーション。
いや、だった場所、とでも言えばいいだろうか。
その内側から何かが爆発したらしく、窓という窓は原型を留めないほど粉々に砕け散り、大きな風穴を開けている天井は、まるでその威力を物語るかのように青空を覗かせている。
思わずそこを凝視していたタクヤは、しかしその空に何か違和感を覚えた。
こちら側と空を遮る透明な何かが、反射して眼下の風景を薄く映し出しているように見えるのだ。
まるでそこにガラスでもあるかのように。
ここが異世ならばこの不可解な現象にも納得がいくのだが、果たしてそれは何を意味しているのだろう?
タクヤは、それをもっとよく考えようとして。
「タクヤさん、あっち!」
鋭く叫ぶ晶にならい、指し示す方向に目をやると。
そこには、一目で異形とわかる何かがいた。
真っ赤なペンキをぶちまけて塗りたくったかのような色合いの、地を這いながらかなりのスピードで蠢く粘土質の何か。
そいつは、何かを探しているかのように速度や方向を変えながら、こちらへ向かってくる。
「くっ」
「……っ」
タクヤと晶が身構えたのはほぼ同時だった。
タクヤは翠緑に輝く、腕と一体化した鎖鎌を。
晶は仄かな炎ともるスティックを。
だが、それらと真紅の異形が触れ合うことはなく。
直前で何かに気づいたかのように、上空にのびあがったそいつは天井に張り付いてタクヤたちから離れていく。
その方向は、今までタクヤたちのいた、カーヴ能力や『パーフェクトクライム』によって傷つき倒れたものたちのいる病棟のほうだった。
「待てっ!」
顔色を変え駆け出す晶。
その後に続くようにタクヤも駆け出す。
初めは晶の声に反応したように見えたそいつ。
なのに触れるほど近くに来た途端、急激に方向転換した理由。
(……僕らが人間でないと気づいた?)
だとすれば、そいつは見た目とは裏腹に、相当の知性と感知能力を持っていることになる。
加えて、そこから導き出される彼らの目的は。
「駄目っ」
悲鳴に近い晶の声に顔を上げると、そいつは稲葉歌恋の眠る病室のドアに張り付いているところだった。
(やはり目的は、人間!)
その目的が何なのかは分からないが、どうせロクなことじゃないだろう。
そう考えタクヤが一歩踏みだそうとした、その瞬間。
突如として吹き上がる苛烈なアジールの気配に、その足は凍り付いた。
……いや、むしろ、焼き付くというべきなのかもしれない。
事実隣にいる晶の持つもくせいのスティックからは、タクヤ自身にとって冗談ではすまないくらいの炎と熱気が迸っている。
「駄目なんだからっ」
なんて状況把握をしている間にも、晶は問答無用で力を解き放つ。
(まずいっ)
それは、フレーズもタイトルもなしの無詠唱カーヴだったが、タクヤを焦らせるには十分な威力を持って、
渦巻く炎となって赤い異形に向かっていく。
たが、タクヤが焦っていたのはその晶の力ではない。
それは、何の根拠もない思い付きだったが、晶の炎を見た瞬間、炎+赤い異形=大爆発の式が思い浮かんだからである。
しかし、焦って飛び出したはいいが、たとえ思い付きの通りのことが起こったとしても、このままでは手遅れなのは火を見るより明らかだった。
かといって、不確定なかもしれないことに本当に自分をさらしてもいいのか?
そんな自己欺瞞な迷いがタクヤを支配する。
そうしてその迷いが、致命的な遅れを生んだ。
炎が容赦なく赤い異形を包み、焼き付くさんとする。
たが異形はそれに抵抗するように大きく伸び広がって炎を食らって……刹那、信じられないほどの勢いで膨張していく。
いや、それは単に火種を持って爆発し広がっていく様がそう見えたに過ぎない。
「……っ!?」
息飲むような悲鳴が聞こえた。
それは、晶のものだった。
何の含みも打算もない、うつつにおいて力を解放してしまったという、自らの失敗に対しての、後悔の悲鳴。
(……ったくもう! 僕ってヤツはっ)
タクヤは叫ぶ。
一瞬でも自らの保身に走ってしまった事への苛立ちとともに。
かつての自分(つみ)から逃げている自分に対して。
黒い翼のあの少女に自分の正体を暴かれようとした時だって、思わずいきり立ったのは、きっと正義感や道徳観からじゃなかったのだろう。
逃げて、目を逸らしていたことを突っつかれて、動揺し逆上しただけなのかもしれない。
そう考えたら、気づけばタクヤの足は動いていた。
駆け出した晶より早く。
爆発四散し、ドアを易々と跳ね上げ怒濤の勢いで広がっていく赤い異形より早く。
駆ける音すら置き去りにして。
(第173話につづく)
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