第五十五章、『Blue Sky-Infect Paranoia~瞬間』

第442話、若気の至りで、未だ歌を知らなかった頃に




―――数年前。



一度目の黒い太陽が落ちるまで、一ヶ月あまり。


 

その時、その瞬間までは。

それこそ、須坂兄弟などがいつかその中心に立ちたいと、幼き頃に思っていたであろう場所。

 


【東京室内競技場】。

通称『ドリームランド』には。

誰にもその瞬間まで、悟られぬように。

未だかつてないほどに広大で、多くの能力者達によって構成された、名も知れぬ異世が広がっていた。


理由をひとつ、上げるとするのならば。

カーヴ能力者達の歴史において、大規模かつ類を見ないほどの強者達が集い、己が信ずる派閥同士に別れ、入り乱れた闘争が行われようとしていたからだ。




そもそものきっかけ、その原因は。

その闘争が始まったことによって黒い太陽が落ちたことからも。

増えすぎ、地上にのさばっていた人類を少しでも間引かんとする、地球そのものの意思だとも言われているが。



そのはっきりとした原因は分かっていない。

それでも少なくともカーヴ能力者、とりわけ剛の者……あるいは高い地位を手中にしていた者達は。

自らの立ち位置を、崩されかねない危機を感じ取っていて。


自身を脅かしかねない存在を、戦いの最中に抹消せんと。

少なからず仕組まれていただろうことは確かで。







「……『天下一歌うたい決定戦』に出られないだって!? 一体どういう事だよ、オヤジっ!!」


 

その当時にして新進気鋭の若手ながら、『化け物(モンスター)』バンドのボーカリストと揶揄されるほどに表向きな意味でも裏側の意味でも実力のあった音茂知己は。

間違いなく、そんな独りよがりな悪意に晒されんとする一人であったことだろう。



言葉通り歌うたいの一番を決める、数ある大会……賞レースの中で最も権威があると言われる、『天下一歌うたい決定戦』。

知己としては当然のように出場する気満々であったため、その本番まであと数日といったぎりぎりのタイミングで、当時知己たちのバンド『ネセサリー』が所属していた派閥、『喜望』の長である梅垣大吾(うめがき・だいご)に出演は控えてもらう、などと言われたら。

知己でなくともそんな理不尽にくってかかるのは、至極当然のことだと言えた。



『ネセサリー』のメンバーである紅粉圭太(べにこな・けいた)も、両腕を組んで抗議する構えで。

青木島法久(あおきじま・のりひさ)は、何処かへと連絡を取りつつ(恐らく分け身であるダルルロボにであろう)メガネをくいっと上げ。

宇津木(うつぎ)ナオは、連絡が遅すぎるだろうと呆れたようなため息を吐いていて。




「どう言う事も何も。そう言う事だよ。歌の大会、賞レースはあくまでも一般人向けものだからな。その一方で、裏ではタチの悪ぃ能力者どもが血で血を洗う鎬(しのぎ)を削ってやがるんだが。今回は、大会自体が類を見ない大規模なものなだけあってか、存在する派閥の長どもがもれなく参戦することになってるのよ。……今まで、こんな事無かったんだがなぁ。どうもキナくせぇ。いい加減、お前らにも裏側へ顔を出してもらわにゃならんと思ったまでよ」




 今でも、派閥の長になれるであろう腕を持ちながら、歌うことを血なまぐさい争いに使いたくないと。

そもそも戦えるような能力ではないと。

知己の方針……信念で、裏側での戦いを拒否し続けてきた『ネセサリー』。


それをよくよく知っている上での大吾の言葉なわけであるから。

それこそみゃんぴょうの手も借りたいほどに切羽詰まった状況であることは伝わってきたが。



正直に言わせてもらえれば、知己たちは歌を歌い演奏したいだけであって。

その機会が、バックアップが約束されていたからこそ派閥に、大吾の元に所属していたのである。

育ての親でもある『オヤジ』を無碍にするのは心苦しいが、譲れないものは譲れないのだ。


派閥同士の争いに巻き込まれようものならば、派閥を抜けることも辞さない。

今までも意図せずに、事故にでも遭うように巻き込まれたことは何度もあったが、それはそれ、である。



自らの意思で争いに参加することはないだろうと。

はてさて、どうやって意外と一度決めたら頑固な所があるオヤジを説得しようか、などと知己が考えていると。

確認するように口を開いたのは、ナオであった。




「ちょっと待ってください。その裏で争っている方々と言うのは皆、天下一武道会に出場する方達なんでしょう? 言われなくても僕たちは今まで通りでいいような気もしますけど」

「武道会ってぶっちゃけちゃって。まぁ、実際その通りでやんすか。知己くんの前では、戦おうが歌おうが無駄無駄無駄ぁってやつでやんすね」

「……そもそも、争いにもならんだろうよ。何せ、その才能すら『無かった』事になるのだから」


続く法久や圭太は、単純に知己の『化け物』っぷりを称えているようなものなのだが。

何だかあまり褒められている気がしないのは知己の気のせいではないのだろう。


どうリアクションしたらいいのか分からず、知己が微妙な苦笑を浮かべていると。

ちゃらんぽらんのようでいて芯の通った所のある大吾は。

改めて、とばかりに出場できない理由を口にしてくれた。



「今回の表の大会自体が、きな臭ぇって言ったろう。どうも、『外界』のとこか、あるいは『業主』どもかは分からねぇが、将来有望な、あるいは現在進行形でノリにノってる奴らを、お構いなしに目を付けている節があるんだ。恐らくだが、出ようとする杭を、欲深い奴らがまとめて打ち込んじまおうっつー算段なんだろう。ぶっちゃけちまえば、お前らは真っ先に何処の奴かも分からねえフィールドに招待され、狙われるってわけだ。表舞台で、ただ歌を歌いたいから出場するって訳にはいかねーんだよ。曲がりなりにもお前らを率い纏める派閥の長としてはな」



歌を歌って演奏している時はとにかく無防備で。

一度歌いだしてしまえばその世界に入ってしまう。

……その時、どんな妨害があろうと歌うことを、演じることを知己たちが止めない事を分かっているからこその。

結局は、大吾なりに知己たちを心配しての言葉だったのだろう。



そう言われてしまえば納得できると言うか、歌い出すとそれしか頭が回らなくなる知己のことを考えてしまえば。

大事をとって出場を辞退するべきかと。

法久、圭太、ナオは考えたが。

それでも、当の本人だけは納得いってなかったらしい。




「歌ってる時にそれを邪魔するだなんてひどすぎるぞ、おい。だったら今からでも遅くない。そういうコトをしでかしそうな怪しい奴ら、片っ端からやっつけてくればいいんじゃないの?」


とりあえずは、大吾の口からも出てきた『業主』と『外界』の派閥を滅してくれば。

などと、冗談にもならないセリフを吐く知己。



何が厄介かって、その気になれば誇張でなく知己にはそれが可能かも知れない、という事だろう。

正に、稀代の『化け物』……魔王のごとき所業ではないかと。

大吾に最近ついて回っている、とてつもなく嫌な予感の根源はやはり知己そのものなのではないかと。

であるからこそ出場を辞退して欲しいと、勘ぐってしまうのも仕方のない事だと言えて。



「問題外だよ。俺等は基本則として専守防衛だっつってんだろ。悪人が悪事を働く前にとっちめても、悪いのはこっちになるだけだぞ。会場に行って……見学なら可能だろう。今回ばかりは俺の顔を立てて、裏方にでも回ってもらえると助かるんだが」


何も、歌う機会が二度と奪われるわけじゃない。

お前らの目的は、この大会でてっぺんを取る事じゃないだろう?


心底苦みばしった顔で、そう纏められてしまえば。

確かに大吾の言う通り、大好きな歌を、大好きな人たちに。

未来を繋ぐ、大好きな子供たち(ここ重要)に歌っていくことが一番の目標で。



この大会自体、子供向けと言う訳でもないから。

よくよく考えてみれば何が何でも出場したい、と言う訳でもなかったと。

ようやくそこで、知己もある程度は納得してくれたようで。



「争いには加わらねぇって言う割には、簡単に物騒なことのたまいやがって。全く、矛盾してやがるぜ」

「それはあくまでも、こっちから喧嘩を売らない、歌を争いの道具にしないってだけだって。逆に言えば、歌と音楽をそんな意味の分からない争いの道具にするくらいなら、己が無かった事にするって意味さ」



嫌だ嫌だと言いつつも、裏方に回る事については問題ないらしい。

良くも悪くも知己を中心に回っているバンドであるからして、『ネセサリー』の全員が味方についてくれるのは頼もしいことこの上なかったが。




(嫌な予感は、全く以て無くなんねぇんだよなぁ。……もしかしなくても選択をミスったのか?)



この世界に、生き残るための最善の手を打ったはずなのに。

大吾はどうしてもらしくない、その身可愛さが消えてはくれなかった。


実際に、大吾は思わず身震いしていて。

そう言った虫の知らせ、勘のようなものが当たる、だなんて事。


それこそ、正しかったと。

当たる瞬間が来るまで分からない上に、そんな機会は一度しかないと言う事を。


結局の所、その時大吾は気づきようもなくて……。



            (第443話につづく)






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