第441話、ルーザーと四天王の理由なき最終戦


キクも、マリも。

気づかぬようにと、思い出さぬようにと。

守られたこの異世を、いたずらに出ようとすれば。

それを阻止せんと阻もうとする存在が現れるだろうことは、重々承知していた。



だから、後一歩といったところで。

その、永遠に続いていそうな砂地から、地這虫(サンド・ワーム)のごとき化生が飛び出してきても。

咄嗟のコンビネーションでそれぞれの能力を駆使し、美弥を離脱、逃がすことができたところまでは、よかったのに。




ダララララララララッ!!



「……なっ!? に、人間に変身したですって?」

「あれはっ、梨顔先生!? ど、どうして今になって……」


2~3メートル以上はあるだろう、サンドワームは。

そのまま、キクとマリに襲いかかってくるかと思いきや、怪しい蠕動と脱皮を繰り返したかと思うと。

筋骨隆々な肉体を携えた大男に変身したではないか。



キクは、その威容に単純に驚愕し慄き。

マリはかつて目の当たりにしたことのある……しかしここにいるはずのない人物に対し、呆然と声を上げていたが。



そんな情報のすり合わせなどしている暇もなく。

金色の六花……どことなく金管楽器にも見えるその銃口を向けてきたかと思ったら、発する声も慈悲もなく、間断なく弾丸のようでそうでない、アジールの塊のようなものを打ち出してきて。



「何を今更、こんなものっ……」

「キクさんっ、気をつけて! 当たったらたぶん、操られちゃいますっ!」


キクは目の当たりにした瞬間、それが何であるのか理解できたが。

とりあえずはマリの言葉に従い倣い、射線から外れるように大きく伸び上がり飛び上がる。



「梨顔先生っ! ううん、往生地さんなんでしょうっ!? 話を聞いてっ。今ここで争ってどうするのっ!」

「……アアアアアァァァァァァッッ!!」

「きゃぅっ!?」



素早いキクを追いかけるようにして銃口が上を向いて。

その間隙を縫うようにしてマリは駆け出し近づき、この対峙の無意味さを訴えんとするも。


しかし返ってきたのは、まるで内から響いてくるかのような。

憤懣やるかたなくて、際限ない怒りを隠そうともしない……制御が効かなくなってしまっている、そんな声で。



マリの言葉など、聞く耳がないとでも言わんばかりに。

それまで手にしていた、六花の銃をあっさり手放し、空いたその巌のような拳を、マリに向かって横薙ぎに払ってくる。



まさか、問答無用で反撃が返ってくるなどとは思ってもみなくて。

到底避けられないはずの、空気すら分け隔てていきそうな一撃であったのに。

腰を抜かすようにしてしゃがんだのが功を奏したのか、マリの生成り色の髪を僅かに散らす程度で済んで。




「……っ、これは。いや、そんな。まさかっ。『人の中に人がいる』とでも?」


その声と、当たるはずのものが当たらなかった幸運。

それらを鑑みたキクは、改めて口にしても荒唐無稽な考えを口に出し、そんなはずはないだろうと頭を振る。



「……あっ。そうか。梨顔先生は中にいるひとを止めようとしてるんだ。わたしたちに対してすっごく怒っているひとを、少しでも止めるために」


しかしマリは。

その考えは間違っていない、とばかりに肯定してみせて。




「アアアアアアァァアァァアッッ!!」


どうして、と。

鎮まることのない感情の発露。

それを、叩きつけるかのような咆哮。

それは確かに、まるで着ぐるみの中にいる人が発しているかのように二人に訴えかけ、届いてくる。




「……まぁ、そうでしょうね。どなたかは存じ上げませんが、お怒りの気持ちはよく分かりますよ。それを受け止めて肩代わりすることことがわたくしの役目です。全身全霊で受け止め、お相手しましょう」

「これは、わたしのわたしたちのわがままだってことは、よくわかってるの。だけど、譲れないのも確かだから……なんとかしてそのお怒りを、鎮めてもらわないと」



この痛い立ち位置に在ることを決めたその瞬間から。

こういう状況に陥ることもあるだろうと。

やっぱり、なんとはなしに理解している部分はあって。



だけど、しあわせなことに。

ひとりじゃなかったから。

勇気を持って、そのお互いが相容れぬ想いの化身に、相対することができたキクとマリの二人は。




「オオオオオオォォォォォッッ!!」



そんな、始まりの銅鑼のような合図を皮切りに。



『勝ち取れなかった』者同士のさいごの戦いを、始めるのだった……。



           (第442話につづく)







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