第265話、泡沫と終の火の邂逅



「……ここは?」


カナリは、うねるトンネルの向こうにあった光に目を眩ませ瞳を閉じていた。

そのままトンネルを抜け、違う場所に降りたった感覚。

それに気づき目を開けると、そこは知らないはずの場所だった。



真ん中に円柱の通った、上から見たらドーナツのようなフロア。

地面は紅を彷彿とさせる、赤いリノリウム。

近くに、先行していたはずのタクヤの姿はない。


それは、タクヤを守っていた魔精球が、スクリーンの向こうのあの場に留まり、

カナリを守っていた魔精球が、あずさの黒千による流れ弾を受けて……かつて紅が開けた地下の底に続く穴に落ちていってしまった、などというまるで何者かに運命を操られているかのような僅かな確率でなされた結果だった。


当然そのような事態に陥っていることなど、カナリには見当もつきようもないし、分かるはずもなく。

それ故にカナリは立ち尽くし、目の前に広がる光景を見つめていたのだが。



既視感、あるいは未来視。

実の所カナリはこの金箱病院の地下にある『LUMU』と呼ばれる広大で夢幻の地に、そんな感情を抱いていた。


自分がここに来たのは初めてのはずなのに。

なぜか見覚えがあるような気がする。

そんな感覚を。


初めはその感覚を、カナリは主であるジョイから受け継いだものだと思っていた。

ジョイが見た世界なのだと、そう思っていた。


でも違う。

カナリは、この感覚は自分だけのものなのだと、本能で理解している。


それはまるで。

カナリにもカナリとして生きた人生がどこかに存在しているんじゃないのか。

そんな錯覚だった。



「そんなわけ、ないじゃない」


カナリは自嘲気味に笑い、身体が特に問題なく動くことを確認すると、歩きだした。

何故ならば。

この場所には長くいない方がいい、そんな気がしたからだ。

何故だかは分からないが、この場所にいると『懐かしい』という気分になる。


それは、これからカナリがなさねばならぬ事の妨げになるかもしれない。

故にカナリは焦りすら覚えて、歩を進めるのだ。

ここではない、青空の下を目指して。


だが……。

そんなカナリを引き留めるかのように。

そんなカナリの決意を鈍らせるかのように、階下の方から物音がした。

それは、自分勝手にすべき事を優先しようとするカナリを非難するかのような戦いの銅鑼だ。



誰かが、誰かと戦っている。

当然のようにカナリには、そのどちらか、味方の力にならなければならない義務感があった。

心情的にもそれを耳にしてしまった以上、ほったらかしにして自分のすべき事をする、なんてことはカナリにはできそうもなくて。



「行かなきゃ」


本当は敵も味方もないのに。

自ら厄介事に頭を突っ込もうとする愚かさに。

もしかしたらと期待している自分がいることに。

カナリは深い深いため息をつき、向けていた足を180度転換する。



戦いの気配は、円柱の向こう……カナリから見て死角になっている場所から聞こえた。

躊躇わず、カーブになぞって足を蹴る。

するとすぐに見えてきたのは、下へと続く螺旋の階段だった。



「……」


意識を失っていたカナリは知らなかった。

そんなカナリ達を助けるために、足つく遙か下で起こっていたことを。


知らなかったが故に、螺旋階段を下りきったその先の、広い四角のフロアにいる数え切れぬほどの敵に対し孤軍奮闘しているちくまにも、それほどの違和感は覚えなかった。


たがそれはあくまでもそこにちくまがいる、ただ一点においてだ。

驚愕にも等しい目の前の光景。

カナリはただ、それを呆然と眺めていることしかできなかった。


遠目に見えるのは、黒光りするアーチがいくつも重なって立ち並ぶ、三つのトンネルから際限なく沸いて出てくる紅の姿。

そのなかには氷の鎧をまとった、カナリから見ても規格外の強さを感じることのできるもの達がいくつも混ざっている。


あまりにも多勢に無勢。

たが、カナリが一番驚いたのは、その中心で戦うちくまのことだった。



(あれは本当にちくまなの?)


何より先に、カナリが思ったのはその事だった。

まず、ちくまの持つその得物が違う。

それは、いつものトンファーではなく。

燃え盛る炎を象った片手剣だった。


―――フランベルジュ。

自然と、その銘がカナリの頭の中に浮かんできて。



「刻めっ、焦炎呪縛っ!」


ちくまは謳う。

ちくまの声でありながら明らかに違うその色で。

それとともに降り下ろされたのは、白い太陽のような斜光とプロミネンスを纏わせた炎の塊だった。

こちらに向かって殺到してきていた紅や羅刹たちを照らすように中空に浮かぶその光。

紅たちはそれを何事かと見上げ、光りにみとれたような仕草をとって。


それが彼らの致命的な隙となる。



視界染まる、眩しい白一色。

始めはそれが爆発したのだとカナリは思った。


だがそれは、銃撃のような射出音によりすぐさま否定される。

眩む光りの中カナリが見たものは、光りを取り巻くプロミネンスが針千本のごとき鋭さを増し、突する刃となってそこにあるものを問わず貫く光景だった。


紅も羅刹紅もお構いなしに、無慈悲の針のむしろと化して。

上がるのはじりつく蒸発によって起こった白煙。

おそらく、その針一本一本がすさまじい熱量を秘めているのだろう。


受ければひとたまりもなく溶けゆく力。

故に受けた者達に学習する暇さえ与えない。

そのことについては、カナリは知る由もなかったが。

多大なる質量を持って迫り来る白煙と、獲物を求めて姿見せる白い光にカナリは戦慄を覚えた。



(こっちにくるっ!)


身を守る術を模索しながら、カナリは単純に自分の思慮のなさを恥じた。

目の前に展開したその力は、おそらく無差別な力だったのだろう。

ちくまは、今一人であるが故にその力を使ったのだと。



「……シールドっ!!」


戦いの気配に、ちくまが戦っているその姿に考えなしに駆けつけて来てしまった自分。

カナリは情けない気分に苛まれつつも、発動時間ゼロの無詠唱カーヴを繰り出す。

そのタイミングを持って放たれる一条の光。


本域ではないにしろあっさり破壊される作り出された盾。

だが、相殺することは何とかできたらしい。


次撃が来る気配はない。

見やると、強く自己主張していた白き光は霞はじめ消えゆくところで。

それにカナリがほっと一安心したのも束の間だった。



「あ……」


頬を撫でる熱波。

目下にある炎を象った剣。

カナリの首筋に据えられている。

カナリには、意味が分からない。


故にこぼれるのは呆けた呟きのみ。

紅の化けた偽者であるという線は考えようもなかった。

それは、実際にカナリがそれを目の当たりにする機会がなかったというのが第一ではあるが。


知っていても同じだっただろう。

カナリには、それを受け入れる術も、あらがう術も持ち合わせてはいないのだから。


それは、皮肉にも知己にも共通するカナリの弱点で。

カナリはそれを、歪む視界で、他人事ように見ていることしかできなかった……。



            (第266話につづく)






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