第107話、引き続き登場人物視点で舞台を見ている感覚
それから始まる、午後の授業。
マチカは懐かしさを覚えるよりも、生々しくもどこか虚構めいた自身を中心としたやりとりに辟易していた。
内心は嫌なんだろうなってことがよく分かる奈緒子を巻き込み。
あからさまな権力めいたものをふりかざし、その取り巻きと化す少女たちとの白々しい昼食。
そんな昼食に上がる話題は、身のない中に混じるマチカへのおべっか。
あるいはケンに対しての身のない悪巧み。
確かに、この若桜高校においてマチカは……マチカの家とは特別扱いされても仕方のない立ち位置にあった。
元々小柴見家のものだったこの土地を買取り、カーヴ能力者の卵のための学校を建てたのは、桜枝家なのだから。
若桜高校、理事長の娘。
先生にも生徒にも気を使われていただろうことは容易に想像できたわけだが。
(私って、こんなにあからさまに偉そうだったのかしら……)
そんなマチカは、ここ最近バンド活動兼カーヴ能力者としての仕事で、学校に来られないことが多かった。
ほとんど休んでいるのにも関わらず席が残っている時点で、特別扱いされているのは確かだったが。
ここまで酷かったのかと、落ち込まずにはいられないマチカである。
まるで学園ドラマでも見ているかのような客観的な視点がそう思わせるのかと思ったが、それにしても酷い。
なんて言うか、典型的なお高くとまった嫌われ役だ。
(これで二人が揃ったら、ヒールっぷりに拍車がかかりそうね……)
ただでさえ、マチカ以外には威圧感バリバリで目つきも態度も悪いコウ。
無口で考えの読めない、幽鬼のようにマチカに付き従うヨシキ。
バンドのチームメンバーにケンが加わってからは、そんな関係も曖昧になってきてがいたが。
ここに通っていた頃の自分を思いだし、なんとはなしにマチカは深く息を吐いて。
(……っ!)
ガラリと、教壇側の引き戸の開け放たれる音とともに入ってきた人物を見て、マチカは危うく声を上げそうになる。
いや、実際声を上げ立ち上がりアジールの展開まで行ったつもりだったのだが、そもそも今のマチカには、見ることと考えることしか行動権利を与えられていなかった。
それが幸いし、入ってきた人物……梨顔トランに気取られずに済んだわけだが。
「……今日は57ページからだな。教科書開け〜」
どうやらこの学園ドラマにおいて、トランはマチカのクラスの担任兼、数学の教師役らしい。
新任の先生ならばその限りではないが、当然マチカにはトランがここの教師だった記憶はない。
マチカたちを何らかの目的の元に操りこの学校に縛っている以上、近くに入ると思っていたし、探さなくてはと思っていたのは確かだが。
まさか向こうからやってくるとは思いもよらないマチカである。
一体、なんの意図があって教師なんぞしているのか。
あるいは、今この状況に追い込んだのは彼ではなかったのだろうか?
ごく普通に授業をしているトランを伺うも、操られているのか、操る本人なのかは、マチカには判断がつかない。
ただ、彼が黒幕ではないかもしれないなんて思い至ったのは。
つい先日初対面した時の彼と、話し方も雰囲気も全く違っていたせいだろう。
暑苦しいスキンヘッドの男。
ギャップも甚だしいオカマめいた喋り方。
見た目こそ変わらないものの、この少しばかりやる気のなさそうなつっけんどんなその姿は、それこそ高飛車なクラスのボスを演じるマチカのように、何者かに操られているように見えなくもなかった。
「マチカ、クラス委員長だったよな。運んでもらいたいものがある。この後職員室まで頼むわ。……あ、一人でいいぞ。大した量じゃないからな。ぞろぞろとついてくるなよ」
彼からしたら、場を和ませるジョークのつもりだったのかもしれない。
どこか不器用な笑い声を上げるトランには、一見すると真っ当に教師をやっているように見えたが。
マチカを見つめるトランの瞳には、何故かマチカの身に覚えのない感情の色があった。
それを言葉で表すとしたら、一蓮托生で悪巧みでもするかのような連帯感だろうか。
少なくとも、敵意はそこにはなく。
仲間意識すら感じさせるそれに、精神のマチカは首を傾げることしかできなかった。
目の前のトランも含めて一体この状況で自分に何をさせたいのか。
皆目見当もつかなかったから……。
※ ※ ※
そうして警戒していた割にはつつがなく授業が終わって。
元より自由のきかないマチカは、言われるままにトランについていく。
もれなく辿りついたのは、職員室。
当然、授業終わりでほかの先生達もいる。
まずマチカが驚いたのは、トランの席が普通に存在していたことだった。
しかも、急遽用意されたといった感じでもない。
プリントやら教材やらが雑多に積まれていて、いかにもそれらしい。
「おお、あったあった。先生特製の宿題プリント。んじゃ配っておいてくれ。よろしくたのまぁ」
「それはいいけど、何か用があるんじゃないの?」
先程の言葉は嘘ではなかったらしく、投げやりな感じでどさりとプリントを渡される。
それを受け取ったマチカは、いかにも面倒くさそうにそう言葉を返した。
それは少なくとも、先生に対する言葉ではないような気がする。
上からな声色であるとともに、ある程度の親密感すらあって。
「……明日から『アサト』のやつが転入生としてこの学校へとやってくる。大した期間じゃないが、うちのクラスだ。せいぜい歓迎してやってくれ」
「何企んでるのよ。あまり下手打つと、庇いきれないわよ」
歓迎する気持ちなど、これっぽっちもない嫌な笑顔。
僅かばかり潜められたその言葉に、眉を顰めうんざりとした呟きを返すマチカ。
(そういう言い方をするってことは、分家の者って設定かしら)
この町に、学校に大きな影響力を持つ桜枝家の一人娘と、その権力を傘に着た親戚の叔父。
精神のマチカが推測するのは、そんな二人の間柄。
当然、梨顔なんて分家は存在しないが、やりとりを聞く限りではそう外れてない気はした。
「まぁ、そう言うな。お前の方もフォローしてやるから」
「別に結構よ」
「はは。つれないなぁ」
ただ、言うほど親しい間柄でもなさそうだった。
何らかの利害が一致しただけの関係。
それが一番しっくりくる。
その利害とは、一体何だろう。
マチカたちが会う予定だった、AAA能力者の『アサト』。
どうやらトランは、その人物に並々ならぬ感情を持っているようだ。
答えはその辺りにありそうだが、能力の暴走のために幽閉されているはずの人物が転入生というのも妙な話だった。
ただ、AAAクラスの能力者が暴走しようものなら、被害は計り知れないだろう。
それが目的なのだろうか?
あるいは、『アサト』という人物が『パーフェクト・クライム』の能力者で、解放を目的しているのかもしれない。
マチカはトランたちの目的を探ろうとするも、何せ情報が足りなさすぎた。
ただ、どこか白々しいやり取りをしてプリントを持って踵返すマチカに対し、ひらひらと手を振るトランに今のところ敵意がないのが救いか。
幸いにも、心まで操られていないという事実に気づかれてはいないようだ。
後は、体の主導権を取り戻すチャンスが巡ってくるかどうかだろう。
その時になったらすぐ動けるように。
あるいはまたしても支配されぬように気を付けよう。
そう思いつつもフルオートで動いてくれる自身の身体に任せるまま、マチカは一つ礼をして職員室を出たのだった……。
(第108話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます