第176話、再集合のちミッション、亡失の彼女を見つけ出せ
「まだ話は終わっ……て、あれ?」
「ちくまくん! 大丈夫?」
現実の世界へ放り出されたちくまは。
そう叫びかけ、目の前に驚きと安堵の混じった表情を見せる弥生の姿が目に入ってはっとなる。
「あ、うん。ぜんぜんだいじょうぶだけど……」
ちくまは、弥生の言葉に頷き辺りを見回す。
そこは、ナースステーションのあった場所にほど近い、エレベーターのある場所であった。
これに乗ればさっきの地下に戻れるのだろうかとも思ったが、よくよく見ると、そのエレベーターだと地下一階までしか降りられないようだった。
やはりあの地下も、そこまでの階段も、すごいスピードで上がってきたエレベーターも、異世による産物だったのだろうか?
そう言えば、エレベーターに乗り込んだ時に、妙なアジールの気配を感じたような気はしなくもないが……
「ちくま君、敵の能力者の異世に取り込まれたんでしょ? バトったの? やっつけた?」
その事をもっとよく考えようとしたら、最早もとの様子を留めていない、青空見えるナースステーションを伺っていたらしい美里がやってきて、そんな事を聞いてきた。
「にゃ~ん?」
頭の上のこゆーざさんも随分興味深げだった。
どのくらいあの氷の世界にいたのかははっきりしないけど、突然消えたのだから、何があったのか当然気になるだろう。
ちくまは相槌を打ち、それに答える。
「あ、うん。パームの塩崎克葉って人に会ったよ。でも別に戦わなかったよ? なんかね、悪い人じゃなかったし。……それでね、てぶくろと帽子をくれたかと思ったら、どっかいっちゃったんだ」
「何ソレ、つまんないの~」
美里はきっと、激しいバトルか何かを期待していたのだろう。
どうやら期待はずれだったらしく、不満そうな顔をしている。
「塩崎克葉さんか。法久に聞いた時は半信半疑だったけど、まさか本当に故人が敵になるなんてね……」
一方、弥生のほうは、なんだか深刻そうに呟いている。
「でも、わざわざ何しにきたのかな? 異世までつくってちくま君のこと取り込んでさ。本当にてぶくろとか渡すためだけにそんなコトしたわけじゃないでしょう?」
美里はそれを受け、もっともな疑問を口にした。
「あ、うん……なんでかなぁ? もしかしたらこれからすごく寒くなるからって気を使ってくれたのかも」
「あぁ、克葉さん、氷使いだもんね」
咄嗟にうまい言葉が出てこなくて、適当なことを呟いてしまうちくまだったが、何故かそう言って頷いている弥生。
「……ウソ? それで納得しちゃうの? まぁ、逆にそう言って渡しといて、それがこっちの居場所が分かるようなもの、ならナットクいくかもしれないけど」
たが、さすがにそううまくはいかないらしく、それはないでしょ、とばかりにそんな事を呟く美里。
その頭の上では、なんか怪しいなお前的な視線を向けてくるこゆーざさんの姿がある。
いつもだったら、そう言われたなら全て包み隠さず話していたんだろうが。
その時ばかりはどうしてもそれができなかった。
多分、不安があったのだろう。
本当の自分をさらけ出すことになるのが、怖かったのかもしれない。
そんな内心のちくまの思いが、伝わったのかどうかは分からないが。
「ま、ちくまくんもこうして無事だったんだし、そのことはいったん置いておかない?それよりさ、よっし~たちと合流しようよ。これだけの爆発があったんだし、向こうもそう思ってるんじゃない?」
弥生がそう言ってくれたことで、話題が今現在起こってる事態についてに変換される。
そのことについては、美里もこゆーざさんも異存はないらしい。
頷く二人にひどく安心している自分がいて……どうしてそう思うのか、ちくま自身、不思議でならなかった。
「うーん、それもそうだね。タクヤの事も気になるし」
「にゃーん」
「タクヤさん? 何か心配ごと?」
「あ、うん。タクヤちょっと前に力使ったみたいなんだよね。たぶん、力使わなきゃいけないようなこと、あったんだと思う。……あきちゃんにケガとかさせてなきゃいいけど」
弥生が聞くと、美里はちょっと口をとがらせて、そんなことを言う。
相変わらず素直じゃないなぁと、弥生は思う。
美里は、ファミリアであるタクヤが大好きだ。
ぞっこんだっていってもいい。
だから本当は主のために身を粉にするのが当たり前だと考えるファミリアの基本的な忠誠心みたいなものを本当は嫌っていた。
心の内では、ファミリアとマスターではない関係を望んでいる……と弥生はにらんでいる。
だけど、そんな心情はなかなか表には出てこない。
いつもこうして、逆走してるというか、天の邪鬼な態度をとってしまう。
それについては、弥生もあまり人のことは言えないわけど。
「そっか、それじゃあいったん集合場所に向かいましょうか」
一応、三手に分かれる際に、集合場所は中庭と決めていた。
だから、弥生はそんな二人に内心苦笑しながら、そう言ったのだが……。
突如として感じる、ダイレクトに心臓を揺さぶられるような、それでいて馴染みあるカーヴの力燃え盛る気配。
「ねえ美里! この力って……」
「うん、よっし~のアジールだよっ!」
「何かあったのかもしれないっ、急ぎましょう!」
「うんっ」
「わかった!」
「にゃにゃにゃっ」
弥生の言葉に三者三様で頷き、感じたアジールめがけ走る。
「……っ、美里さんっ。みなさんっ!」
そして、その道すがら、そんな声が横合いから聞こえてきたのはすぐのことだった。
「タクヤ! あきちゃんも!」
どうやら二人も仁子のアジールを感じ取ってやってきたらしい。
「そっちも何もなかったわけじゃないみたいね」
「……うん。詳しい話は後で、今はとにかくよっし~さんのところに」
弥生の言葉に晶は頷き、輪に加わって走り出す。
実の所、ふいに出た弥生の言葉は、晶が受け取ったような意味じゃなかったわけなのだが……
「ちょ、何よその怪我、どうしたのっ?」
「えっ? い、いやっ、ちょ、ちょっとぼうっとしてまして」
「嘘だから。タクヤさんの怪我は、すべてわたしのせいなの、美里さん」
「そ、そうなの? って、タクヤーっ、なんでうそつくのよ~っ」
「え、えええっ!? 晶さぁ~んっ」
もしかして、メンバーチェンジしたせいで変なフラグ立ってたりしないかしらと、益体もない考えに至る弥生。
「弥生さん、何してるの?」
「あ、うん。ごめんなさい。まぁ、いいか。仲が悪いよりは。……たぶん」
そして、弥生は不思議そうにしてるちくまに呼びかけられて。
一人納得して、みんなの後を追いかけてゆく。
はたして、仁子はすぐ見つかった。
しかし、側に一緒に行動していたはずのカナリの姿がない。
何かあったのは一目瞭然だった。
それは、呆失したかのように立ち尽くす仁子の姿で、容易に想像できる。
「よっし~! どうしたの? かなちゃんは?」
一番乗りで仁子のもとにかけつけた美里が、そんな姿の仁子を見て、目を覚まさせるかのように叫ぶ。
すると、仁子ははっとなり。
「……っ、大変なのっ、カナリっちが『病』に気付いちゃった! しかも最悪の形で!!」
そう言ったので、事情を察していた美里と弥生の顔色が変わる。
「『病』?それって赤い蝶がどうこうってやつ?」
「違うわ、そんなんじゃなくて! 早くっ、早くカナリちゃん見つけなきゃ。消えちゃうかもしれないの!」
事情が呑み込めずそう呟くちくまに向かって、まるで怒りをぶつけるかのように、胸倉掴む勢いで仁子は叫ぶ。
それを聞いたちくまは、流石に顔色を変えた。
「……消える? どういうこと?」
それは、始めてみるちくまの真剣な顔だった。
同じく真剣な顔で、仁子は頷いて。
「知らなかったのよ、彼女、自分が、ファミリアだって……」
重苦しい言葉でそう呟く。
だが、それに対してのちくまのリアクションは、弥生の思っていたのとは、異なっていた。
「え、そうなの? なんで? なんでそれでカナリさんが消えなきゃいけないの?」
ふと、辺りを見回すと、事情を知っていた美里はともかくとして、タクヤや晶も彼女がファミリアであるという事実には、それほど驚いていないようだった。
もしかしたら、みんな初めから、知っていたのだろうか?
知らなかったのが彼女本人だけというなら、それほど皮肉なものはないだろう。
「彼女は、自分は人間だと思い込んでいたから……」
「人によって創られたファミリアが自身の存在意義を疑うこと。それは、そのもの自身の拒絶を表わす。つまり……そういうこと、ですか」
言い淀む仁子の言葉をタクヤがそうまとめることで、ますます重くなる、その場の空気。
と……。
それを聞いて深く考え俯いていたちくまが、すぐに何か決意を秘めた瞳で顔を上げる。
「早く、探しに行かなきゃっ!」
「あっ、ちょっと待ちなさい!」
そして、そう叫ぶや否や、走り出していってしまった。
その後をすぐさま追いかけていく仁子。
「……っ、私たちも手分けして捜しましょう。そのかわり、一人で行動しないこと。必ず2人以上で!」
確かに、ここでこうしていてもしょうがないだろう。
弥生はそう叫び、頷く残りのメンバーの姿を確認した後、仁子たちとは別の方向へと駆け出していったのだった……。
(177話につづく)
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