第469話、聞こえないふりをしてきた本音が、そろそろ騒ぎ出す時が来たと



そうして、密かに裏側にて。

しかし確実にじわじわと、闇色に蠢くものたちが蔓延していっている中。


表舞台では、『気狂い狒々』……一人メンバーが脱退してしまったらしく、『蹴道王』のメンバーが助っ人として参加しているようだったが。

可もなく不可もなく、どことなく心ここに在らずといった感じで演奏を終えて。


いよいよ美弥とみなき、二人の出番である。


 


(思ったより盛況のようですね。さすがのわたくしもどきどきしてきました)


一応、彼女の中ではみなきのふりをしているようなのだが。

みなきからしてみれば、そう内心でひとりごちるキクはやっぱりどう見てもキクにしか見えなかった。


(大丈夫なのかな。いきなり人違いで失格扱いになったりしない?)

(まぁ、問題はないでしょう。あまりメディアに顔を晒してはいなかったようですし、片腕同士の付き合いも長いですからね。バレずに真似ることくらいは可能かと思われます)

(あ、いや。そうじゃなくて。私の方がさ、みなきが二人になってておかしいと思うんだけど)

(まだそんなことをおっしゃってるのですか、主さまは。ほら、よく見てください。どこからどう見てもきゃつがぞっこんな主さまそのものじゃぁないですか)



舞台に立つひとつ前の人、対戦相手の出番も終わって。

CMが開けたらもうすぐ出番だという時分。


相変わらずみなきのことを主さまといってはばからないキクに思わずそう聞くと。

子犬の時には首下にぶら下げていたはずのポシェットから、小さな手鏡を取り出す。



「あ、あれっ? な、なんで……っ」


思わず声に出してしまって。

慌てて口を塞ぐ。


そこには確かにみなき……ではなく、美弥の。

美弥自身の顔があった。




そもそもがサプライズだと、みなきに持ちかけられて。

美弥とみなきは、 みなきの能力により入れ替わったはずなのに。

その不思議な力が解けてしまったのだろうか。

言われてみればデフォで出てしまう毒のようなものも、ここに来て鳴りを潜めているような気がして。


(うーん。結局ともみ、わた……みやのこと、気づいてたのかな)

(それはそうでしょう。だからこそきゃつは執拗に主さまを追いかけ回していたのでしょうから)


初めから、みなきじゃなくて美弥であることに何とはなしに気づいていて。

どうにも気になってしょうがないから。

ああやって知己は追いかけてきた。


それに素直に納得するのも、何だか恥ずかしいけれど。

知己なら有り得そうな気はしていて。



(む。そろそろ出番のようですよ)



いざ、念願の晴れ舞台へ。

どきどきして緊張している、などと嘯いておきながら、そう言うキクのなんとも頼もしいことか。

もしかしなくても、みなきは知己たちに対し入れ替わっているのが分かるかどうか、どっきり……サプライズを仕掛けているつもりで。

なんやかやうまく取り繕って、美弥自身が舞台に立つ手筈を整えようとしてくれていたのかもしれなくて。



みなき……もはやほとんど美弥としての姿を取り戻した彼女は。

そんな頼もしいキクの手を取って、つなぐようにしてともに舞台へと降り立つ。


前の人の出番、対戦相手が歌い、演奏し終えたばかりなのか。

その場は、美弥が初めて体験する熱気、独特の緊張感で占められていた。


これから二人が立つ舞台は、煌々と白け見えないくらいに照らされていて。

少しばかり下がった所にある観客席には、満員の観覧者たちがひしめいているのが分かるのに。

あまりに大勢だからなのか、逆光のせいか、その表情まで読み取ることはできなかった。

美弥はそれを、舞台に立つ演者たちが必要以上に緊張しないための配慮であると判断していたが……。



(むむ。あちらを、主さまっ。きゃつが、知己がちゃっかりあんな良い所に居座って手を振っておりますよ。応えてあげなくてよいのですか?)

(え? あ、ほんとだ)


観客席より少し高い所にある、審査員席。

音に聞くアーティストたちが、見聞き裁定するために据えられた場所。

目ざとくその中から大好きな人を見つけ出し、これから本番が始まろうとしているのにも構わずにそちらへ向かって尻尾をぶんぶん振るみたいに手を振るキクに。

美弥も思わず釣られる形で小さく手を振ってしまう。



「……っ!?」

「……あ」


すると、今の今までずっと避け続けていた状態が、知己としても何だかんだで堪えていたようで。

随分と安心しきったような、泣き笑いのような顔を見せてくる知己がそこにいて。


いたたまれなさと申し訳ない気持ちで一杯になる一方で。

改めて気づかされたのは。

どうしてお互いがこんな気持ちになってまで、避けて逃げ続けていたのか、とんと思い出せなくなっている、ということで。


それは同時に、今の今までこうして舞台に立つことがなかった、立とうとしなかった理由すら分からなくなっているのと同義で。



(主さま? よりにもよってこんな本番直前にきゃつに見とれ惚けているだなんて、さすがですね。……ほら、もう始まりますよ)

(う、うん)


そのことに対して、原因を究明、あるいはどうしてそうなったのか考えようとして。

それを遮るように揶揄いの言葉をかけてきたのはキクだった。


その、あまりに狙ったかのようなタイミングの良さに。

もしかして『それ』をしたのはキク……きくぞうさんなのかと。

ほんの一瞬だけ、得体の知れない恐怖のようなものに襲われたが。


いつもいつでも、一番近い所に在るきくぞうさんであるからして、そもそもそんな心配はいらないと。

そんな気持ちを後押しするかのように。


どこからともなく、どこにいるのかも分からない……

恐らくはそれまでもずっと舞台にいてこの『天下一歌うたい決定戦』の司会進行を務めていたであろう、黒縁メガネで貌の見えない司会者その人に促され、歌う前のありがちな口上に後押しされて。

いよいよ二人はこの『ドリームランド』の中心、全てのスポットライドが当たっているかもしれない舞台の中心へと立って。


こんな煌びやかな舞台にはそぐわないかもしれない。

だけど日々気づけば口ずさんでいた、知己にとっての一番の曲……その前奏が流れてきて。


美弥は、それまで憂いていたこと全てを置き去りにして。

歌の世界へと入っていく……。



            (第470話につづく)







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