第470話、輝く太陽、青空の下。幸せが待つ明日へ向かって、想いを乗せた翼を広げて




―――ふたりの領域(アジール)は見えないから、思ったようには抜けられなくて。


―――ふたりの時間、希う純心。駆け引きの瞬間すらかけがえないから。


―――近づけば近づくほど、かえって共に在りたいという感情に弄ばれて。


―――気づかないふりをしていたら、諦めとも折り合いをつけられるのだろうか。


―――本当は、想いを伝える術すらわからなくて、迷い彷徨うわたしだけの異世。



―――空の色が青色じゃなくても、翼を広げて明日へ向かってゆく……。







           ※      ※      ※      






いま耳にしたものを。

どういった言葉で表せばいいのだろう。


その歌を、彼女が日常の中の添え物として。

例えば日々の家事の合間のBGMのようにして、正しくも鼻歌のように歌っていただなんて、信じられるのは。

それを普段からよく耳にしていた知己くらいのもので。


魂が揺さぶられるというのは、正にこのことか。

一聞すると、どこまでも悲しいメロディラインなのに。

そうであるからこそなのか、心揺さぶられ震え、燃やされて熱くなっていつまでも心に残るような……そんな歌。



アーティストのひとりとして新進気鋭、飛ぶ鳥を落とす勢いであった於部みなき。

更井寿一がプロデュースしていると言われる楽曲はしっかりとチェックしていたが。

その中に無かったということは、それはきっと屋代美弥その人か、あるいは彼女のために作られたものなのだろう。




(やっぱり、さっきのはぜんぜんほんきじゃなかったんだ)


と言うより、正咲も薄々気づいてはいたが。

本番前の音合わせ、リハーサルの時の彼女と、舞台の上にいる彼女は別人だったのだろう。

亜麻色の髪を後ろに纏めた、大分幼い雰囲気のある、今まさに珠玉の一曲を歌い上げた少女こそが美弥で。

その隣にいるのが於部みなき……。



「……って、ちがうじゃん! みなきっちゃんじゃない。あのこはボクのえいえんのライバルの、まっくろわんこじゃないかっ」



誰もが心動かされ、感じ入っている中。

最もその境地に近いであろう向上心と実力を持っているであろう正咲が、控え室のモニターに下で一番に我に返ってそんな声を上げる。



「ライバル? ……あ、ほんとだ。キク姉さんだよ。あのつやっつやのツインテールは間違いないよぉ。キク姉さん、本名は於部みなきさんって言うんだね」

「えぇ!? そうなの? 別のひとじゃないの? くぅう、すごいっ。さすがボクのえいえんのライバルっ。歌まであんなにうまかったなんてぇぇ」



ついで、いつの間にやら随分と親しげな間柄を誇示しつつ、麻理は正咲ともに純粋に舞台に立つ二人の凄さについて盛り上がっている。

メインの歌唱はあくまでも美弥の方だが。

みなき、二人がキクと呼ぶ……妖艶かつ、愛玩犬のごとき矛盾した可愛さを持つ少女は。

そんな美弥に影のごとく寄り添うようにしてけっして邪魔はせず。

低音、下から支えることで音の幅を大いに広げていて。


その事に気づけて、かつ賞賛できるのは。

二人のその頂きを目指せる可能性がある、と言うべきなのだろう。

よくよく控え室の周りに耳を欹てれば、今回の優勝は決まりだろうと。

僅かながら諦めムードが漂っていたのは確かで。



そのどちらにも当てはまらずにいたのは。

『R・Y』のリーダーである風間真その人であった。

目の前の舞台、そのパフォーマンスに圧倒され、感じ入っているのは確かであったが。

そんな舞台を楽しめない懸念事項が蟠っていたのだ。



今、宇津木ナオと共にいるであろう恐らく本物の於部みなき。

ナオは、知己の元に向かえばどうとでもなるだろうと言っていたが。

肝心の知己はモニターの向こうでスタンディングオベーションしつつ指笛なんぞ吹いて盛り上がっており、どう見ても手が離せない状況と言うか、取り次ぐことすら難しいように思える。


事実、それまで隣にいなかった(何故か両側とも審査員席が空いていた)席に、よくよく見た事のある人物、ナオや知己の同僚……『ネセサリー』の一員である青木島法久の姿もあって、何やら進言しているようであったが。

美弥とみなきの完全無欠なファンになってしまったらしい知己は梨の礫で。

気づけば法久の方が逆に説得されてしまったのか、一緒になって応援しているようにも見えて。



「さぁ、この後は少々……いや、大分しんどそうですが次の次には出番がやってきますよ。今すぐ出られるように皆さん準備をしておいてくださいね」


ナオ……ではなく、マネージャーさんの孝樹が、手を叩いてそう言うも。

何だかそう言っている当の本人が一番目の前の光景に気を揉んで見えるのが問題だった。

公然の秘密(少なくとも『R・Y』のメンバーはそう思っている)として、『R・Y』のマネージャーにしてプロデューサーでもある彼は。

文字通りそれぞれ役割分担、分身しているかのごとく表と裏で動いているわけだが。

イマイチ表側に心が集中していないように見えるからこそ、裏側の方で何かのっぴきならない状況に陥っているだろうことは間違いなさそうで。




「……っ!? まゆ? どうして、いつの間に」

「えぇっ!? 本当だ。どこ行っちゃったんだい、もう! すぐ出番だってのに! まさかもう向かってる?」



その時だった。

ついさっきまでそこに、真のすぐ近くにいたはずのまゆの姿が無い事に気づいたのは。



「あれっ、ほんとだっ。いつのまに?」

「……っ。心を感じ取れないよ。もしかしてまゆちゃん、異世のほうに戻っていっちゃったのかも」



それは、一体いつの間であったのか。

美弥とみなきの歌が始まった時にはそこにいる皆が釘付けになっていたし、ひとたびその歌を耳にしたのならば、惹かれ引き込まれその場を抜け出すだなんて考えに至らなかったはずで。



「……っ。そうか。おに……知己さんが手を離せないことを知っていたから。責任感の強い彼女はいてもたってもいられなかったのかも」

「ぐうぅ。少し考えれば分かりそうなものなのに。そんな彼女から目を離すなんてマネージャー失格だあぁぁ」


 

その時その瞬間のまゆの思いを鑑みるに、真が口にした言葉はそう的外れでもないのだろう。

慌てふためき頭を抱える孝樹に。

それじゃあ仕方ないよね、なんて声を上げたのは正咲であった。



「うーん。ギターのまゆちゃんがいないんじゃぁ、よていどーりの演奏できないしなぁ。ほんとのところはバンドとして舞台にたちたいんだけど、どうしよっか。とりあえずのところは、ボクとまりちゃんの歌とピアノだけでもなんとかなるかな? いちおうみやちゃんたちとおんなじふたりだし。とってもまようところだけど、まこちゃんリーダーはまゆちゃんのところへおねがいっ。でばんが終わったら、すぐにボクたちもかけつけるからさ」

「そうだね。美弥ね……さんたちすごかったし、正咲ちゃんの声が生きるようにピアノ一本でいくのもこの際いいかも」

「……それしか、ないか。分かったよ。マネージャーさん。そう言うことだからわたしだけ抜けるよ。お手数だけれど異世へ続くゲートを開いてもらえると助かるね」

「あぁ、もうっ。なるようになれだぁっ。分かりました、分かりましたよっ。まゆさんのことを見つけ出したら直ぐに帰ってくるんですよっ」

「善処しよう」



きっと間違いなくまゆは、ナオの元……リハーサルの時まで一緒にいた美弥と名乗っていた少女の所にいることだろう。

状況によっては、ただ連れ帰るだけでは済まないかも知れない。

とりあえず真は無難にそう答えていると。


 


『―――の対戦相手は! 今冬メジャーデビューが決まっているガールズバンド、『R・Y』でありますぁぁすっ!』



そう遠くない所から、熱のこもった喧騒をを破るようにして聞こえてくるのは、そんな通る女性アナウンサーの声。


 

「えーっ、デビュー!? ボクたちデビューするのっ!?」

「うそぉ、そんなこと言われたら急に不安になってきたんだけどぉ。そうなら余計に四人がいいよねぇ」 

「……やっぱり、そうだったんだ。何となくそんな気はしていたけど」

「これはなんとも。タイミングが悪すぎでしょう」



まさか孝樹自身からではなく、他からばらされることになろうとは。

あちゃぁと、さっきとは違う意味合いをもって頭を再度抱える孝樹。

恐らく、最初からそのつもりで今回の『天下一歌うたい決定戦』にエントリーしたのだろう。

この大会でいい成績を、爪あとを残して、なんて目論見があったに違いない。

 


それが、ふたりでの出場になってしまうなんて。


正咲や麻理、まゆ、真の四人での『R・Y』としてのお披露目が。

この期を逃したことで二度と訪れることだなくなってしまった、だなんて。


その時はまだ、誰も気づくことはないのであった……。




            (第471話につづく)







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