第22話、伝説のガールズバンド
―――所戻って『喜望』本社ビル、地下10階。
「ん、何だこれ? ガラクターズ特集?」
引き続き、パソコン某で法久が『もう一人の自分』のことについて調べ、知己が本棚にずらりと並べられている過去に起きたカーヴ関連の事件や、カーヴ能力の中で、未来を暗示するような能力がないかどうか、探していた時だった。
知己はファイルとファイルの間から写真つきのその本を見つけ、引っ張り出す。
「おお。ついに見つけてしまったでやんすか、おいらの心のオアシスその1をっ」
「オアシスねえ?」
知己は呟きつつ、パラパラとページをめくる。
『ガラクターズ』と言えば、知らぬものなどいない、知己たちが生まれてくる少し前に大人気だった、伝説の女性バンド4人組だ。
アイドル性も強く、未だに個々に固定ファンがつくくらいの人気を誇っている。
「確かにみんな可愛いけどさ、今はもうおばさんなんだろ? 己、年上はちょっとなあ……っ」
「どしたでやんすか? 内角低目をズバッと通過するような、ショットでもあったでやんすか?」
ろくでもない事を言いかけて黙り込んだ知己を訝しく思い、手を止めて法久がイスごと振り返ると、やけに真剣に本を注視している知己が目に入った。
「それも、ノーとは言えないが……ほら、見てくれよ、この名前っ」
「名前? ああ、沢田晶さんでやんすか?」
しかし、法久が本を見もせずにそう言ってのけるので、知己は二度驚いてしまった。
「な、何で見ないで分かった?」
「これでもガラクターズのファンでやんす。知己くんがそうやって反応する名前くらい、すぐ分かるでやんすよ」
戸惑う知己にどうだ参ったかといった雰囲気で、得意げになる法久。
「ほ、ほらっ。昨日さ、新しく入った子と同じ名前じゃないか。しかも結構似てないか? 一体どういうことだろ?」
「どうって、ただの同姓同名でやんしょ。まあ、似てるような気もしないでやんすが」
そして、特に気にした様子もなくあっさり切り捨てる法久に、知己は脱力してしまった。
「って、ミもフタもないなおいっ。アーティストなんだし、偽名かもしれないじゃないか。これは何かあるって思わないか?」
「ふむ、なるほど。そう来るでやんすか。まあ、この時期に入って来た正体不明の子でやんすからねえ。その気持ちも分かるでやんす。実はおいらも、最初に挨拶しに行った時、ちょっと考えたでやんすよ。そう言えば、沢田晶の娘さんって、確かこの子くらいの年だったなって」
法久は天井を見上げ、記憶を辿るように一気にまくし立てる。
知己はそれを聞き、首を傾げた。
何故ならば、ファンだとはいえ、そこまで考えていてどうして本人にそれを尋ねなかったのかと、不思議に思ったからだ。
「伝説のアーティストの娘か。確認はとったのか?」
「いいや、取ってないでやんす」
「どうしてだ? 法久くんらしくもない」
ひょっとしたら、本当にたまたま同姓同名の可能性もあるが。
それでもいつもと違うなと思った知己は、訝しげに法久に問う。
すると、法久はあまり見せない苦笑を浮かべ、それに答えた。
「あくまでも、おいらの勝手な考えなんでやんすよ。だって、沢田晶さんの娘さんは、件の『パーフェクト・クライム』の時に重症を負って、まだ目が覚めていないそうでやんすから」
「そう、だったのか。でも、名前も知らないような子だったんだろ? ひょっとしてその辺りは調べたのか?」
自然と落ちるトーンに居心地の悪さを覚えつつも、知己は言葉を続ける。
あまり、突っ込んで話すことではないのかもしれないが、妙に彼女のことが気になったからだ。
「まあ、それもあるでやんすけど。噂では彼女、なっちゃんの弟子だったらしいのでやんす」
「っ、なるほどな。ナオ……なっちゃんの、あいつの弟子だったのか」
知己は法久の言葉を聴き、ようやく納得した、話がつながったといった風に頷く。
なっちゃんこと宇津本ナオ(うづもと・なお)は、知己たちと同じ『ネセサリー』のメンバーだった。
ただ、共に音楽活動する傍ら、独自にプロデューサーのような仕事もしていて、弟子と言えばそんな、彼によりプロデュースされた若いアーティストたちのことを指す。
しかし、デビューするまで人様の前には出せないとかで、知己は彼らと面識がなかった。
そして、面識のないままデビューもすることなく、彼らは散ってしまったのだ。
『パーフェクト・クライム』による、無慈悲な一撃で。
その犠牲の中には、ナオ自身も含まれており。
彼らを救えなかったことが、知己たちに深く刻まれたキズでもあり、『パーフェクト・クライム』を恐れる理由の一つでもあった。
「ま、あくまで噂でやんすよ。そもそも『ガラクターズ』の沢田さんは、カーヴ能力者じゃなかったみたいでやんすし」
法久が、話題を変えるみたいにさばさばとミもフタもない事を言うが、それはうまくいかなかった。
何故ならば、知己が何か考え事をするかのように、俯いたままだったからだ。
そんな微妙に気まずい雰囲気をどうしたものかと法久が悩んでいると。
知己は何か思い出したみたいにいきなり顔を上げた。
「念のため、いや、彼女を疑うわけじゃないけど電話してくるわ。何か心配になった。いいかな?」
「知己くんの好きにするでやんすよ。そっけないように見えて、その密かな偏愛っぷりはまだまだ健在みたいでやんすねぇ?」
そんな知己の一言で、どこに電話するか法久には分かったらしい。
にやっと笑みを浮かべて、その口調がからかうようなものに変わる。
「そりゃそうさ、疎遠になったとは言え、たった一人の血のつながった家族だからな」
知己の表情に滲むのは自嘲めいた苦味と、かすかな照れ。
全く、ツーカーで何をしたいか何をするのか理解されてしまうのも考えものだなと思いつつ。
知己はそのままの表情で、部屋を後にしたのだった……。
(第23話につづく)
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