第105話、霞桜の女王、気づけば授業中
スタッフとしての参加とはいえ、久しぶりのライブ。
その成功と、無事終了したことを労う打ち上げの会。
マチカたちも、当然それを楽しみにしていたわけだが。
それは、マチカたちが連れ立って舞台裏に引っ込んだ時。
降って沸いた悲鳴、恐怖に支配されたそれを耳にすることで、脆くも崩れ去ることとなる。
四人は顔を見合わせ、その場へと急行する。
人が屯するには向かない細い廊下には、遠巻きにして囲むようにたくさんのスタッフが集まっていた。
その真っ只中には、倒れ込んで何かに怯えているスタッフの姿。
そして、どこにいてもスポットライトを浴びているかのように。
知己を始めとする『ネセサリー』のメンバーが、そんなスタッフに駆け寄り、何やら話し込んでいるのが見えた。
知己がいれば、この場もきっとなんとかなる。
そんな確信めいた安堵感の中。
マチカたちは、主役のやり取りを見守って……。
結局、『もう一人の自分』という新たな災いにより打ち上げはご破産となって。
その流れで、マチカたちが現在所属する派閥から呼び出しがかかって。
流されるままに音楽活動でない、もう一つの任務につくことになって。
マチカたち、『トリプクリップ班(チーム)』がその任務……いないはずの敵対勢力、『パーム』と名乗るものたちを探すためにと向かったのは故郷である若桜の町で。
『深花』と呼ばれる、伝説のある場所であった。
マチカたちは。
そこで、梨顔トランと呼ばれる、『パーム』に属する男と相対し。
敗北を喫することとなる。
その事すら気づかせない実力差。
勝ちを幻視し、操られて。
立たされたのは、一つの舞台。
その舞台が。
たったひとつの些細な理由のためだけに用意されたことなど誰にも気づかせることもなく。
幕はあがる。
本来ならば、勘違いとすれ違いをもとに、哀れな敵役となるはずだった。
一人の少女を主役として。
題目は、『落日』。
本来のものとは、対をなす物語。
※ ※ ※
カーヴ能力者として、トリプクリップ班(チーム)のメンバーとして、忙しく日々を過ごしていたからこそ、懐かしくも縁遠いと思っていた、愛の名を冠する鐘(チャイム)の音。
くしくもマチカが我に返ったのは、授業の始まりを告げるその音色が耳に届いたその瞬間だった。
「……っ」
寝ぼけてどこか高い所から落ちそうになる、そんな感覚。
机を膝で持ち上げそうになるところを、寸前で回避する。
気の置けない友人の一人でもいれば、そんなマチカをからかうような展開にもなっただろうが。
タイミングよく授業が始まり教科書を開いたばかりのせいか、そんなマチカに気づく人間はいないようであった。
おかげで、必要以上に取り乱すことを防ぐことができたマチカは。
自身の身に何が起こっているのか、冷静に考えてみることにした……。
マチカたちは任務の一環で、今座っている学校のある、若桜町へとやってきていた。
その後、元々の任務である『パーフェクト・クライム』の容疑者の一人として、この地に幽閉されていると言う『アサト』なる人物の元へと向かったはずだった。
なのに、何故かマチカは制服を着て。
まるで過去にでも戻ったかのように、授業を受けている。
それまでの記憶の繋がりは一切なかった。
(でも、あの時……)
記憶が飛ぶその直前。
誰かの言葉を聞いたような気がする。
何かの音楽が、耳に入って来たような気がする。
その事をふまえると、可能性として導き出されるのは……。
(勝利に驕って、相手の能力にかかった?)
その相手とは、おそらくあの、記憶が飛ぶ寸前に立ちはだかった男、梨顔トランだろう。
思えば、その金色の六花に彩られし楽器の事以外、相手の能力がどんなもので、どのような名を持つのか、そんな基本のことすら失念していたことに気づかされる。
相手の言葉通りならば、その能力はAAAクラス以上。
それこそ、人が想像できることは何が起こったっておかしくないのだ。
こうして授業を受けさせられている、その意図はまだ分からないが。
幸い、服装の変化はともかくとして、身体にこれといった異常は今のところ感じられない。
かけられた能力、今の状況が何を意味しているのか、相手の意図はなんなのか、早急に探る必要があった。
マチカは、手始めにさっと辺りを見回す。
まず彼女の目に入ったのは、隣に座る女生徒だった。
栗色のボブカットに眼鏡をかけた、大人しそうな小柄の少女。
名前は、七瀬奈緒子(ななせ・なおこ)。
マチカと同じく、意外と少ない地元から通う一人で、遠縁にあたる人物。
友達を呼べるほどではなかったかもしれないが、あまり学校に来ないマチカに対し、それでも比較的好意的に接してくれていたはずの娘だった。
「……っ」
「……?」
故に、目があった途端、避けるように逃げるように視線を逸らされたのは。
意外というか、地味にへこんでしまうマチカである。
そんな、避けられ嫌われるような時間さえ、お互い持ち合わせていなかったはずなのに。
……それは、何故をもっとしっかり考え、答えを導き出さなければいけないはずのもの。
しかしその時マチカは。
自分にとってはよくあることなのだと、たいして気に留めはしなかった。
それが逃げであると、どこか自覚しながら。
マチカは、そんな自分を誤魔化すように。
さりげなくを装って、前に後ろに視線を向ける。
マチカの席は窓際の中程で、前にも後ろにも二つ席がある。
何故か真後ろの席は空いていたが、斜め右後ろにいる人物を見て、マチカははっと息をのんだ。
何故ならそこに、ケンの姿があったからだ。
ケンは、ぼぅっと……ただ前を見ている。
授業を聞いている風でもなく、マチカを認識した様子もなく。
その、いつもより薄い気がする紫がかった瞳には、おおよそ生気というものがなかった。
その様は、生きることに何一つ意味を見い出せないでいるかのようで……。
(第106話につづく)
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