第二十九章、『まほろば~いいわけ~』
第223話、どうしようもない乾きをそそぐために、道化にもなろう
――それは、スタック班(チーム)が合流する少し前の出来事。
「……美里ちゃんに言っておきたいことがあるんだ」
ゴールド、と名乗ったちくまとは別人の少年。
ふいに、美里を真剣な眼差しで見据え……明らかに自分自身の方が年長であることを自覚した様子で呟く。
美里はそのことで、ついさっきから抱き始めていた、そこにあるものの正体への確信を強める。
「その呼び方、もしかして法久さん?」
「……」
些細なことだがそれは大きい。
美里の知り合いで美里をちゃんづけで呼ぶ人物は今や限られている。
その中で、こんな真似ができそうな人物なんて、美里には法久しか考えられなかったからだ。
「驚いたでやんすね。まさかそれだけで気づかれるとは」
「……」
誰にでも法久だと分かる口調で、目の前のちくまは頭をかく。
―――綿密矮細な計算によってなされる道化。
今度は美里が沈黙する番だった。
何故ならその呟きに、驚愕の気持ちなど微塵もないことがありありと理解できたからだ。
ゴールド……法久は最初から分かっていたのだろう。
美里が、その正体に気づくことくらいは。
そしておそらく、その台詞がブラフであること、それに気づいた美里のことでさえ、目の前の人物は把握しているのだろう。
混乱と、滲むのは潜在的な畏れ。
その畏れは、絶対的な強者である知己に感じるものとは一線を画す。
同じようでいて根本がまるで違う。
だからこそ二人は、唯一無二のパートナーなのかもしれないが。
「あ、でも、おいらは実際ここにいるわけじゃないでやんすよ? ちくまくんにお願いして視点を借りてるだけでやんす。実は今、真っ暗な押し入れの中で暇なもので」
苦笑するゴールド。
発せられるその言葉の真偽を確かめる術が美里にない以上、その言葉を信じるのが妥当であると美里は判断した。
ようは、ここに来てからずっと美里達を監視……いや、見守っていたダルルロボの代わりなのだろう。
元々いたダルルロボが、氷ドームが貼られた、敵の異世が出現した時にはぐれてしまったのを美里は知っている。
そんな緊急時に備えての保険。
彼をそこまでさせる理由を思い出して、美里は思わず笑みをこぼしてしまった。
いつの間にやら、さっきまであった畏れに起因する緊張感もなくなっている。
「ふふ、そこまでするくらいやよちゃんが心配なら普段もっと優しくしてあげればいいのに」
そう、つまりはそういうことなのだ。
それは、法久が道化になりきれない、人間くさい理由。
カーヴの世界が、完なるものとの戦いが危険だからと必死に突き放し他人のふりをしようとする法久。
でも結局。
法久は追いかけてくる弥生のことを無視できなかったのだろう。
金箱病院へスタック班(チーム)を配置したこと。
弥生の周りを全てAAA(トリプルエー)の能力者で固めたこと。
突き詰めればそれらはすべて弥生を危険から守るため、なのだ。
それは美里の穿った見方だと言われれば、美里には反論する術はなかったが……。
「……おいらみたいな人間には優しさなんて理解できないでやんすよ」
ふりだろうが本気だろうが、照れるなりして否定すると思っていたのに。
ゴールドの口から出たのは、ひどく真剣な、そんな言葉だった。
「おいらは常に打算と計算で動いているでやんす。おいらのやることは全部自分のため。このどうしようもない渇きを癒すため。……ただそれだけでやんすよ」
「……」
それはきっと。
青木島法久と言う男の、ゆるがせにできないたった一つの真実だったのだろう。
「手に負えないくらい自己中で自分勝手なんすよおいらは。自分のためなら何だってする覚悟でやんす」
法久自身がそう言うように。
どうにも面倒な男を弥生は好きになったものだと、美里は改めて実感した。
ただそのかわりに。
彼がいるからこそ、姿の見えない弥生に対してもそれほどの危機感を覚えないのも確かだった。
……とは言え、弥生がいないことに美里自身が心配なのも事実なわけで。
「やよちゃんはどこにいるの? あなたがいるんだから大丈夫なんだよね?」
会話の流れなどとうに外して、美里はそう訊いた。
「あ、そうでやんした。だからその話をしようと……」
するとゴールドは相槌を打ち、そう言いかけて口をつぐんだ。
視線は美里の背後にある。
つられて美里も背後に視線をやると、仁子とさつきがやってくるのが見えて。
「やべっ」
なんだか似合わない、だけどそれも本音なのだろう呟きを漏らすゴールド。
そしてそのまま、赤白の宝玉……辺りに吹きすさんでいる冷風を防ぐらしい異世を創り出すものから、意識失ったままのカナリ、晶、タクヤ、こゆーざさんを解放する。
美里には何でそんな事をしたのか一瞬理解できなかったけれど。
「『魔精球』は美里ちゃんに預けるでやんすよ。ただ、ファミリアを封印する力を完全に防げるわけじゃないでやんすから、封印の力の強い地下では使えないことを知っておいてほしいでやんす」
美里だけに聞こえるよう。
小さく素早くそう呟いたゴールドは。
「ええっ、わ、僕の番ですかっ!? むりだよぅ!!」
美里が瞬きした次の瞬間にはもうそこにはいなかった。
結局、美里の知りたい情報を伝えることはなく。
自分の伝えたいことだけ伝えて逃げてしまった。
代わりにまたしても、ちくまではない別人がそこにいる。
後に、ちくまの人格が入れ替わるその理由をウィンドから聞いた美里は、また新たな混乱の極みに襲われることになるのだが……
(たぶん、さっちゃんのためだよね)
小さくなった赤白の宝玉、法久がそこにいた証をさつきの目に触れぬようにしまい込む美里。
弥生とさつきは別人。
さつきという自己を認めるからこそ、法久は引いたのだろう。
何故なら、法久が想うのはさつきではなく弥生なのだから。
それは正しいこと、ではあるんだろう。
でも、自分を弥生だと思い込んでいるさつきにとっては残酷なことなのかもしれない。
優しさなんか理解できない。
美里はその時、そう言った法久の言葉がちょっと理解できた気がした……。
(第224話につづく)
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