第11話、女心と秋の空のような唯我独尊
「んー。やっぱり何もかも忘れてるか……」
サイン色紙を掲げ、手を振って別れを惜しんでいる灰色の髪の…もとオロチだった少年に、手を振り返しながら知己はひとりごちる。
オロチは、もうオロチであってオロチではない。
『パーム』にいた記憶も、カーヴのことも、知己と戦ったことすら覚えていないのだ。
「せっかく『パーム』の足取り、掴めると思ったんだけどな」
異世での戦いに敗れ、力尽き、あるいは命を失うことというのはそう言うことだ。
オロチであった彼は、オロチであったことすら覚えておらず、当然『パーム』のことなど忘れてしまっただろう。
『パーム』が、彼に再び接触する可能性もあったが、知己としては、それは無いだろうと考えていた。
一度しくじった相手にわざわざ接触するリスクを負うような団体なら、初めから敵対などしていないだろうと。
ただ、知己のことは知っていたらしい。
何でもファンで、知己のようなボーカリストになるのが夢なのだそうだ。
……それが振り出しに戻ってしまっている、
あるいは叶わないことだと言うことを、言うべきだったのかどうか、知己は悩んだ。
カーヴの力は、そもそもその人の才能だ。
たとえこの現実で生きているとはいえ、それを刈り取ってしまったのだから、
その花を咲かせるのに、どれくらいの時間が要るのかと考えると、気が重くなる。
「きゃん、きゃん」
すると、そんな知己に何かを訴えるかのごとく、吠え出すきくぞうさん。
「何っ!? 己のような輩のファンじゃ、出る芽すらないって? 心外だな、これでもお子様に大人気なんだぞ、己たちの歌は」
相変わらず知己の腕の中で、落ち着いているきくぞうさんは、もうすっかり元気を取り戻していた。
確かに、異世という名のバトルフィールドで受けた傷は、現実に戻ればある程度は問題ない。
大怪我しても、現実に帰れさえすればちょっと寝込むくらいで済むだろう。
しかしきくぞうさんは、ファミリアだ。
異世での傷は、そのまま現実にも影響する。
それでもきくぞうさんが怪我一つしていないのは……実の所、知己の力の副産物に他ならなかった。
(ちなみに知己たちのバンド、『ネセサリー』は、ローティーンを中心に売れているバンドだ。詩の内容は童話調、あるいは幻想的なものが多く、曲は全体的に覚えやすく歌いやすい、ライトポップのものが中心で、アニメやゲーム、CMなどにタイアップが多いのも、ローティーン人気の理由の一つだろう)
「まあ、何も収穫が無かったわけでもないし、良しとしとくか。少なくとも、彼らがいるってことは分かったしな」
ちょっとだけ溜息をついて、知己は独り言であってないような、そんな言葉を口にした。
「きゃん、きゃん!」
「そうは言うけど、もう少し手加減を覚えろって? ってもな。己の場合、手加減とか無理なんだよ。だから他のみんなにも、迷惑かけてるんだけど」
俯きつつ両手にパピヨン犬を抱え、話しかけている大の男。
端から見れば危ないの一言に尽きるが、幸か不幸かそれを見咎める者も無く、知己の一人語りは続く……。
「きゅーん?」
「え? 会長たちにはどう説明するのかって? うーん、ま、正直に言うしかないよな。きくぞうさんのピンチだったわけだし、それで頭に血がカッカ昇ってたのもあるんだから、フォロー頼むよ」
頭をかきかき、知己は言う。
確かに、オロチをオロチのままで捕らえることが出来たなら、『パーム』のことについて、何かしら知ることが出来たかもしれないのだ。
ただ、仮に捕らえて、尋問拷問……みたいな展開になった場合、それを実行できる剛毅な人物がいないのも確かで。
結局は真っ向勝負するしかないんだよなあ、自己完結させる知己なのだった。
「きゅっ。くぅーん!」
「何々? フォローしてやるから、ブラッシングしろって? それはもちろんそのつもりだ、頑張ったご褒美に綺麗にしてやるよっ」
「きゅーん」
「………」
「……きゅ?」
「だああーっ! 己一人でしゃべってんよ、空しいって!」
急に自分がしている行動のおかしさに気付いたらしく、叫ぶ知己。
「きくぞうさんもたまには返事、してくれよー。何で己の時はしゃべってくれない? 美弥とは話すくせにっ」
「きゅーん」
知ってるんだぞ? という風に拗ねてみせる知己に対し、きくぞうさんは戸惑ったように声をあげるしかなくて。
そんなある意味一人芝居的な会話を続けていると、知己の携帯が着信を知らせた。
……曲は『悠久の扉』。
法久専用の着メロだった。
「もしもし、知己だけど。何かあったのか?」
『ととと知己くんっ、たっ、たいへんでやんすっ! お、おいらの『もう一人の自分』が、現れたでやんすっ!』
「な、何だって!?」
知己はきくぞうさんを使っていない方の肩に乗せ、声をあげる。
『あおぞらの家』に戻った時も、見た者がいなかったから半ば忘れかけていたが、
『もう一人の自分』についてはまだ何も分かっていないのだ。榛原の件も含めて、慎重に調査する必要があるだろう。
『あと、それからっ、今度の知己君の得物、カーヴが暴走している状態で、おいらたちの手には負えないでやんすっ! そのうちビルごと壊されるんじゃないかって、ヒヤヒヤしてるでやんすっ、今から来られないでやんすか?』
「ああ、分かった、こっちもちょうど伝えたいことがあるんだっ。すぐ行く!」
「頼むでやんすよ!」
法久は、最後にそう言って、電話を切った。
知己は、切れてしまった携帯を見て、一つ息を吐く。
「後悔って、やっぱり後で悔いるものなんだな。……やっぱり明日にしたくなったんだけど、駄目かなぁ?」
そして、呟いたのはそんな身も蓋も無い言葉で。
誰かいたなら、突っ込まずにはいられないほど、素早い気の変わりようだった。
「きくぞうさんのブラッシングの約束もあるし、美弥に夕食頼んじゃったし、もう夜遅いし……」
色々な考えが知己の頭の中を、ぐるぐると回転する。
現実ってはえてしてシビアなものなんだよ実際、休むときは休まなくちゃと、
ぶつぶつ知己が独り言を言っていると、再び着信を知らせる音。
「あ、法久くん? やっぱり明日じゃ駄目か?」
「……? 何を言っている。ボクだ、勇だ。報告したいことがあって連絡した。今、本部にいるんじゃないのか?』
今度の電話は法久ではなく、須坂兄こと、勇からだった。
そう言えば、さっきの着信は、須坂兄弟用の『月のうさぎ』だったなと知己は思い出す。
「いや、ちょっとな。今外に出てる」
『まあ、いい。それよりも連絡事項だ。今日付けで、『喜望』に入る、新しいカーヴ能力者を送るから、面倒みてやってくれ。まだちょっと問題はあるが、知己の力になれるはずだ』
知己の慌てぶりを、特に気にした風もなく、言いたいことだけを述べる勇。
下手に詮索しないというか、無理に人に干渉しないのは勇の良い所だな、なんて知己は思ったりもした。
「ふむ、今日の今日で見つけたってことは、目星を付けていたのか?」
『まあな。期待はしていい』
知己の問いに、勇はちょっと得意げに答えてみせる。
「お前が難癖つけずにそこまで言うってことは、よっぽどの人物なんだな」
『難癖は余計だ。まあ、その通りだな。ボク達二人分って言ったら分かりやすいか?』
「おいおい、いきなりスタメン張れるじゃんよ」
勇の、分かりやすそうでそうで全くそうでない台詞を聞き、知己は少し苦笑を浮かべる。
勇の言っているのは、実力とは少し違う。
ようは、それだけ扱いに困ると言いたいのだろう。
『それでだ、急なこともあって、本部に着くのは明日になるだろうが、問題ないか?』
「明日っ!? ああ、全然OKだ!」
ちょっぴり嬉しそうに知己は答える。
曰く、これで理由が出来たぞといった感じだった。
もちろん勇には、そんな知己の意図は知る由もない。
『? 時々変にテンションの高いやつだな。ま、それだけだ。よろしく頼む』
電話はそこで切れ、夜の静寂が身に沁みてくる。
ちなみに、足はとっくに『あおぞらの家』に向かっていた。
「よし、じゃあ法久くんには悪いけど、明日にしてもらうか」
知己はそう言って、再び法久にかけ直す。
『もう一人の自分』は特に実害ないし、知己のための得物だって、今まであったんだから大丈夫だよなと、自らに言い聞かせている様は、我侭以外の何物でもない。
でも、それが知己という人物なのだから、仕方がないと言ってしまえば仕方がないのかもしれなかった……。
(第12話につづく)
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