第229話、こうして水先案内の赤い門番は受け継がれる



―――地下探索組。


仁子の力により紅の大群の侵攻を阻んで。

仁子たちは、赤いダルルロボの示す三つの分岐点のあるフロアに辿り着いていた。



「ここが『LUMU』で一番広いフロアですよ。これ以降はどんどん部屋が小さくなるばっかりです」


そこには、珍しい青のリノリウムでできた床が広がっていた。

天井や遠い壁の材質は、これまで下ってきた明かりもないのに明るさを持つ岩壁だろうか。


台形に広がるフロアの対面する先には、三つの扉があった。

右端、左端、そして中央。

金庫か、あるいはシェルターの入り口であるかのような……丸くくり貫かれ、おそらくはそれ相応の厚さがあるだろう鈍色の鉄扉だ。


そこへ辿り着くためには、幾重にも重なる黒光りしたアーチをくぐっていくようになっているらしい。

よくよく見るとそのアーチには、虹色の光の流動がある。


さつきはそれを見て、思っていたイメージとの齟齬を感じずにはいられなかった。

非現実めいていることに変わりはないが、それとともに近未来的なものを感じていたからだ。



「ここの扉の鍵も、おひとりずつアーチをくぐっていただくことで認証し開きます。ちなみに、セキュリティーの関係上、三人以上でいらっしゃった場合も同じです。一度に扉一つにつき一人ずつ。そういう仕様になってるんです」


誰も求めてなどいないのにウィンドの腕の中でそんな解説を始める赤いダルルロボ。

相変わらず、その口調に申し訳なさの成分は消えない。



(……まるで正反対ね)


そんな赤いダルルロボを見て、さつきは漠然とそう思った。

目の前の小さなダルルロボは、生来のお人好しなのだろう。

きっと、嘘もつけず悪いこともできないタイプに違いない。


そして何より、他人よりも自分を省みない節があるように思える。

その方が善か悪かと聞かれれば間違いなく善であるのに。

それでは駄目なのだと無意識に思ってしまっている時点で相当重傷だなと思わずにはいられないさつきである。

自然と、そんな自分を笑う笑みも出ようというものだろう。



「な、何か問題ありますでしょうか?」


そんなさつきに何を勘違いしたのか、恐縮してそう聞いてくる赤いダルルロボ。

逆にそこまでしゃべって大丈夫なのかと思うくらいで特に問題点などなかったが、

さつきはちょっと考え思いついたことを口にしてみる。



「……このフロアにはエレベーターがないみたいだけど」

「ああ、そうですね。あれは最下層までの直通なんです。今はその、大変申し訳ないんですけど不通になってますけど」


つまりはさつきたちがいるから、ということなのだろう。


「どちらにしろ道は一つしか残されてないってわけね」


じわじわと寒さの増し始めた身体を極力気にしないようにしながら、さつきは一つため息をついて仁子を、ウィンドを見やる。

仁子はともかくとして、ウィンドは早くも周りの寒さに根を上げ始めているようだった。


何にせよ、時間はないらしい。

さつきは、自分を叱咤するように顔を上げ、言った。



「迷ってる猶予はないみたいね。私は真ん中の道を行く。それでいいかしら」

「……引き返せなくしたのは私だしね。仕方ない。私は左の道に行くわ」


さつきの言葉に、さつきを見つめ返して迷っていた様子の仁子だったけれど。

言葉通り背に腹は代えられないといった感じで頷き、そのままウィンドの方を見やる。


「……あ、それじゃ僕は右で」


ウィンドには異論はないらしい。

寒さによって余裕もないのかも知れないが……。

三人は最終確認をするかのようにもう一度だけ頷き合うと。

それ以上は何を言うでもなくそれぞれが選んだルートへと歩き出す。


そして。

連なる黒のアーチのところまでやってきて、赤いダルルロボがウィンドから離れた。



「僕の役目はここまでです。どうかみなさん無事で」


それを口にするのが当たり前であるかのように。

見送りの言葉を口にする赤いダルルロボ。


「敵のはずのあなたにそう言われるなんて、随分と皮肉が効いてるじゃない」


だから……そんなからかうような言葉が、さつきの口から自然とついてでた。



「いえっ、そのっ、そんなつもりじゃっ」


途端にあたふたしだす赤いダルルロボ。

今の状況を忘れたかのように自然とさつきの表情に笑みが浮かぶ。

それは、さっきまでの自嘲めいたものとは大違いだった。

焦って焦って前のめりになっていた気持ちも、いつの間にやら落ち着いていて。



「分かってるわよ。あなたがそんなつもりじゃないくらい」


自分が好きになった人があなたみたいな人だったらよかったのに。

そんな益体のないことまで考えてしまう始末。

それに気づいた訳じゃないだろうけれど。


「デレ期きた~」


そんなこと言ってにやにやとなま暖かい笑みを浮かべてくる仁子が恥ずかしくて。


「何言ってるんだか」


呆れたふりしてきびすを返し、さつきは黒のアーチをくぐる。

それに慌ててウィンドと仁子が続くと、たちまちアーチに虹色のイルミネーションが灯る。


正面を見据えれば。

地響きをたててそれぞれの扉が開き、丸く白い世界が光指しているのが分かって。



「ゴール地点で会えなかったら承知しないから」

「それはこっちのせりふ~」

「が、がんばります」


これがゲームだというのなら。

それを受け入れ、腐らずに本気でぶつかってやろう。


さつきは、そう心に決めて。

そんなやりとりを始まりの合図にして、未知と夢の世界に足を踏み入れたのだった……。



            (第230話につづく)






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