第十九章、『落日~霞桜~』

第140話、心をひとつに、triangle+α


マチカが意識を失って、再び目を覚ました時。

自分が一瞬どこにいるのかが、分からなかった。


しかし、まだ生きているらしい。

どういうことだろうと、辺りを見回し……マチカは息をのんだ。




「……コウっ、ヨシキっ!!」


すぐそばに、コウとヨシキが倒れていた。

コウの全身は赤くただれ上がり、皮膚と服が一体化してしまっていて見るのも痛々しく、コウとは違い黒こげになっているヨシキには、腕がなかった。


なのに、マチカ自身はほとんど火傷も怪我もない。

足元を見ると、そこにヨシキの腕があった。

人が丸々入れそうなあざとを持つ、サメの姿をしたヨシキの腕が。


マチカはその瞬間、理解した。

自分だけが、こうして守られたのだと。



「くっ……」


マチカはせりあがってきた涙をこらえ、二人に近付く。


「コウ! ヨシキ!」

「ぐぉっ」

「……っ」


マチカが呼びかけると、二人はすぐに反応して身じろぎする。

まだ生きていた。


とりあえず安堵が広がり、再び緩みそうになる涙腺。

自分はそんなキャラじゃないとばかりにそれを手で拭いかけ、しかしその背中に声をかけられ、マチカは動けなくなった。



「俺の最強の技をも耐えるか。これは最早、賞賛を超えて敬意を払うべきかもな。流石、桜枝のお嬢様だ」

「……っ!」


それでも動かなくてはならない。

マチカが、さらに増した倦怠感を必死に耐えながら振り返る。




「まさかあそこでファミリアの中に隠れるとはな。恐れ入ったよ。だが……もう力も残ってないだろう。二匹のファミリアはご覧の通り、あのザマ。多重能力発動の負荷で、あんたはもう立つことすらもやっとだ……違うか?」

「……え?」


マチカは、言っている意味が分からなくて呆けたように大一を見る。



「ファミリア……ファミリアって、何よ?」

「何ってあんた。そこで二つ死んでるだろうが。熱にやられたか?」


言われ……マチカは、二人のほうを見る。




(二人がファミリア? まさか、そんな……)


まさか、そんなはずはない。

二人とはもうずっと、一緒にいたのだ。

あの約束の日から、ずっと。





(約束の日……)


でも、自分はどこでどうやって、二人と出会った?

約束を破られ裏切られたと思って、それでも信じられなくて。

夕日が沈んで真っ暗になるまでそこにいて、風邪をひいて寝込んだあの日。


母にどうしてこんなことになったか理由を聞かれて、マチカは答えた。



『友達に約束を破られた』と。


母に、威厳が足りないからそういうことになるのよ、なんて言われ。

『友達なんてみんな嘘つきだ』って、『嘘つきの友達なんていらない』、なんて本当が一人ぼっちがいやで友達が欲しかったのに拗ねて。



そんなマチカに、母はこう言ったのだ。



『なら、絶対約束を守ってうそもつかない友達をつくればいいじゃない』って。


マチカならできるって。



それからだった。

三日三晩理想の友達、なんてことを風邪引きの頭で考えて。

気付いたら……そこにコウとヨシキがいたのだ。


彼らがどうやって生まれたのか……それは思い出せないけれど。

彼らはそれからずっと、いつもそばにいて、マチカの友達でいてくれたのだ。


今日まで、ずっと。








「まあ、いい。さすがのあんたも二発目には耐えられないだろ。これで終わりにしてやるよ」


何も言わないマチカが戦意喪失したと思ったのだろう。

大一はそう呟き、再び自らのアジールを展開する。



「……終わりになんかっ、させない!」


マチカは諦めてなどいなかった。

ここで自分が諦めたら、身を盾にして守ってくれた二人に合わせる顔がないからだ。

その瞳に再び強い意志を宿らせ、マチカは自らのアジールを展開し、大一を睨みつける。



「立派だよ、あんたは」


だが、その力は弱弱しく、膝ががくがくと震えていた。

大一は視線をそらし、そう呟いて……。



「【不惑消虹】サード! 『ヴァウ・ローラ』!!」


力のある言葉で、再び高熱のオーロラを作り出す。


天焦がすほどの熱を持つオーロラは、ゆっくりと、しかし確実にマチカへと迫る。



そして。

その熱気がマチカに触れようとした、その瞬間。


それまで、緩慢な動きで漂っていたオーロラは、いきなり何かに吸い寄せられるようにして、勢いよく集まって。

突如出現した、闇よりもなお昏い輪っかの中へと消えていってしまった。




「……なんだとっ!?」


驚きの声をあげる大一。

マチカもつられるようにしてそちらを振り向いて。



「……賢!」


気付けばそこにいる人物の名を叫んでいた。


トリプクリップ班(チーム)の最後のひとり……母袋賢のことを。




「おそくなってすまなかったとね、マチカ」

「なんで……なんであなたがここにいるの! 何で戻ってきたのよ!」


本当は誰より会いたかったのに、口から出るのはそんな気持ちとは遠い言葉。

でも、賢はそれを苦笑で受け止めて。



「何でって、トリプクリップ班は、4人でトリプクリップ班たい。僕がいなきゃ、始まらんとね」


そんな理由になっていないようでなっている、そんな言葉を返す。

そして、倒れ伏したままのコウとヨシキに近付いて。



「コウ、しゃくちゃん、いい加減起きるとね。トリプクリップ班の底力、見せてやるたい!」

「っ、せーな、お前が言うなっ」

「……っ」

 

するとどうだろう。

瀕死で、いつ消えてもおかしくないように見えた、二人が立ち上がったではないか。


大一にはそれが信じられなかった。

賢に見た目以上の危険を感じて。

 


「【不惑消虹】、ファースト! 『アンイレイザー・アングル』っ!!」

「賢、危ないっ!」


背を向けたままの賢に、大一は先手必勝とばかりに能力を繰り出す。

だが……放たれたプリズムは、賢を避け、まだ浮かんだままの昏い穴に吸い込まれてしまった。

 


「あんたの能力はもう封じたとね。俺の能力でな」

「ぐっ」


別に威圧をかけられたわけでもないのに、無意識にも後ずさる大一。

大一は賢に、得体の知れない異質を感じていたのだ。

のまれていた、といってもいい。

 

マチカも、そんな賢と、賢の能力である黒い輪を見やり不思議に思いながら、ふらふらと賢に近付く。



「あの力は、なんなの?」


今までの【隠家範中】には、あんな力はなかったはずだ。

カーヴの力は、工夫すればヴァリエーションを増やすことが可能であるとは言われている。

だが、今の力はその範疇を超えていた。

 


「主役はここぞというときに、パワーアップするもんたい。みんなを助けるために……生まれ変わったとね」


そんなマチカを見て、賢は何やら一瞬だけ複雑そうな顔をしたが、それでも笑顔でそんな事を言う。



「バカ言ってら」

「……」


はぐらかされたのか、本気なのか。

それはマチカには分からなかったが。

そんなことはないはずなのに、久しぶりに賢の笑顔を見た気がして、なんだか細かいことはどうでもよくなってしまった。


自分の身体に、終わりが近付いているのをひしひしと感じているせいかもしれない。

だけど黙っていくつもりだったから、ここに賢がいるシチュエーションなんて、考えてなかった。

しかし本当の事を言えば、賢に重荷を背負わせてしまうかもしれない。

どうやって切り出すべきか、マチカは悩んでいた。

 

でも、今は自分のことより、この戦いを終わらせることだ。

賢が来たことで、相手も動揺しているようにも見える。

チャンスは今だろう。


「しゃくちゃん。今回は向こうから攻撃してきたとよ。だから、正当防衛でよかとね?」

「……」



賢は梨顔との戦いで、先にしかけてしまったことがトリプクリップ班の敗北に繋がったことを悔やんでいた。


あの時、ヨシキのめったに口にしない貴重な言葉を聞いていたら、あんなことにはならなかっただろう、と。


だが、ヨシキは、お前が気にすることではないとでも言いたげに、まだそんな事を気にしていたのかとでも言いたげに、頷いて。




マチカはそれを見て……ああ、そうだったのか、と気付かされる。

ヨシキとコウは、こうやっていつだって自分の言いたいこと、伝えたいことを示してくれていたんだと

ファミリアだと今更言われても、納得がいかなかったのに、それに気付くとなんだか妙に納得してしまう。


彼らは、『もう一人の自分』でもあるのだと。




「よし! んじゃ、僕たちの、トリプクリップ班の異世を見せてやるばい!」

「「「おう!」」」



そして。

四人は心のスクラムを組んで、一つになる。


世界は、トリプクリップ班の世界に変容していた。

元々、ヨシキをのぞく三人はフィールドタイプであり、自らの異世を作り出すことで、その力を最大限に発揮する。





気付けば大一は、そんなトリプクリップ班の異世界の放り出されていた。


深い、底の見えない水面の続く瀑布湿原。

周りは、種類様々な桜の木々に囲まれ、視界を遮るようにたなびく巨大な光のカーテンが、中空に在る黒の虚空が、斑目のようにその先に見え隠れしている。




「……異世か。『喜望』の癖に、小癪なっ」


隙があったとはいえ、いとも簡単に、自分の異世の中に別の異世を作られ大一の動揺は隠せなかった。


でも、自分はSクラス……『代』だ。

その自負もあるし『娘』のこともある。

負けるわけにはいかなかった。



大一は油断なく辺りを見回し、おそらく、あの黒い穴のどこかに彼らがいるのだろうと判断する。


そう思い、大一が一歩踏み出した瞬間。

いきなり突風が吹き、千にも余る桜の木々から、花びらが舞う。

そしてそれは、まっすぐに大一へと向かっていった。




「がはぁっ!?」


たまらずのけぞり、大一は自らのカーヴ……虹の力で盾をつくり、それを防ぐ。

しかし、その花びらは降り止まず、大一を切り刻むのをやめないのだ。


そこで目に入る、水面。

大一は、躊躇わず……一旦その中に飛び込む。

罠があるだろうことは、もちろん承知で。



だが。

もぐって少したったところで、予期せぬ出来事が起こり、大一は硬直してしまった。



「なぜ……お前がここにいるっ!」


話が違う。大一はそう思った。

実の所、梨顔によってこの異世のことは知らされていた大一には、まだ勝算があった。

この水の中で能力を発動させ、中にいるファミリアを、しとめるつもりでいたのだ。



しかし、そこで……まるで中空に浮かぶかのようにして、こちらを見ていたのは、賢だった。

とっさのことで動揺し、能力の発動も忘れていた大一。



「ぐっ、あっ!」


そこに突然光の矢が突き刺さった。


「今のが、ここに来る前に取り込んだ月の光たい」


水の中でもがきながら……大一は、賢のほうを見る。

賢は光の弓を構え、この場に似つかわしくない子供のような笑顔で笑っている。



「僕は、ブラックホールで取り込んだものを選択し、ホワイトホールから取り出すことができるとね。さっきのだって、『七瀬のお父さんの能力』を、取り込んだってわけたい」

「ど、どうしてそれを!?」



大一はその笑顔に、言葉に、恐怖を覚えて後ずさった。

自分は一度も名乗ってはいなかった。

この少年は何を知っている?

娘のことを知っている……?


大一が声をあげると、賢は苦笑いをして、言った。




「ちょっと……ずるかった、とね?」

「……っ!?」


言葉の意味が分からず狼狽する大一。

その背に、なにかが当たる。


振り向くとそこには、剣のような刃をぎらつかせた巨大な鮫が、顎を開けて待っていて……。



             (第141話につづく)






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