第183話、紅の残滓、見えるものは嘘か真か


美冬は戦う術を持っているのか。

自分の浅慮な行動のせいで、危険な目にあっているのならば。

一刻も早く彼女のもとへ向かわなくてはならない。



自分の力ではそう簡単に異世の壁は破れないかもしれないが。

諦めの悪い事だけが取り柄なのだと。

いっそう駆け出す足も速くなったわけだが。




「あの一瞬で炎の力の真実を見抜くとは、いやはや中々どうして」


正しくこの世界が自分のものだと言わんばかりに。

慎之介が向かおうとしたその先に柳一が立っていた。

さらに、背後から追いつめるかのように集まってきている異形の気配。



「……今の炎の力は、やっぱりセンのだったんすね」


最早手詰まりの状況であったが。

諦めることだけはしたくなくて、必死にこの状況を打破する方法を考えながら、慎之介は柳一の言葉に答える。


柳一の能力……異形が繰り出してきた炎の力が、センの能力の一つである『ファイヤーボール』であることにはすぐに気付いていた。

その事もあって、火球が慎之介の胸元に集まってくるだろうこと予測し、そこだけを重点的に守ったのだ。


咄嗟の行動であったが。

これでも長年『AKASHA班(チーム)』の守り担当を担ってきたのだ。

あの状況ですぐに離脱できたのはその辺りに理由があったわだが。

そうやって慎之介が攻撃を防ぐことを、恐らく柳一は予測していたのだろう。



「その通りさ。俺の能力【逆命掌芥】セカンドは、『紅』たちが攻撃、あるいは能力を受けることによって学習させることができる。たとえそれを受けて息絶えようとも、ほかの『紅』がそれを引き継ぎ、生き長らえるすべを身につけていく。……そうやって人間が進化してきたように」



本来戦いにおいて秘匿すべき自らの能力を、聞いてもいないのにわざわざ語り出したり、慎之介が防御するのが分かってて敢えて慎之介の知っている能力を使ったり。

その、敢えてやっているような口振りに、慎之介は動揺を隠せない。



そこまでしても絶対の余裕がある、ということなのだろうか?

それはとても悔しいことだったが。

その後に続いた柳一の言葉は、慎之介の予想の遙か上をいっていた。



「ごらんの通り始祖の力は使い勝手がよくてな。おかげさんで炎と爆発に対しての耐久性が格段にあがったよ」

「っ。まさか本当にセンが始祖、なんすか?」


思わず口をついてでる、そんな慎之介の問いかけ。



「ふむ……これは、サードの力だがね。オレは、『紅』と戦ったもののある程度の情報を視ることができるんだ」


返ってくる柳一のその言葉は初め、答えになっていないようにも思えたが。


「何、その人のプライバシーを著しく侵害するってわけでもないんだ。長池くんが、始祖がこの世界にやってきた真意が知りたい、って思ってるのが分かるぐらいかな?」


続いた言葉は否定しようのない事実で。



「どうしてやってきたのか、知ってそうな口振りっすね……」


もう、ピンチだとか敵だとか関係なく、慎之介はそんなことを呟いていた。



「もちろん知っているとも。始祖の目的は我らと同じ、なのだからな」

「同じ……」


それは、思わず美冬から逃げ出してしまった理由。

もっとも聞きたくなかった答えで。



「センの目的が、パームの連中と同じ?」


人の世界を滅すること。

だとするならば、ずっと騙されていたってことになるわけで。


長年一緒だった美冬の言葉を信じずに、最近会ったばかりで、だけど友達だと思っていたセンの言葉を信じていた慎之介は、なんて馬鹿だったんだろうって思う。

だが、この期に及んでも、まだその事実を認めたくはなくて。



「だったら、どうする?」


問答のような、柳一の言葉。


「やっぱり、そんなの納得できないっす。会ったばかりで長い付き合いじゃないけど……センはあんたらみたいな悪い奴じゃないってのは話せば分かるっすから。オレは、信じないっす」


ただ思う通りに、そう答えたら。



「そうか、残念だよ、とても。期待していた分、それが外れると歯痒いものだな」


言葉の通りに落胆の様子を見せる柳一。


「生き、残る資格なし……か。残念だよ。本当に。せめて……安らかなる死を」



一瞬、慎之介は何かを間違えてしまったのかと、そう思ったが。

そのことを考えるよりも早く、何倍にも膨れ上がって慎之介に襲い来る、柳一の赤いアジール。

それは、一度見たことのある知己のアジールにも引けを取らない圧迫感があって。


どうしてそう思ったのかを、『紅』と呼ばれた赤い異形たちがかざす手から生まれた轟音たて渦巻く水の奔流と、灼熱の吐息撒き散らす炎の翼あるものたちを見て、理解する。


それは……正確には知己と法久の『シンクロ』した力によって強化された……

センと、慎之介自身の能力だったからだ。


その威力の凄まじさと、それすら学習させた柳一の底の知れない強さに、慎之介は自然と後退っているのを自覚する。


それは、恐怖からくるもの、だったのだろう。

今の自分の力ではそれに太刀打ちできないことを慎之介自身が一番よく分かっていた。

何故なら……そうと分かるように、柳一はこの力を選んだのだと、気付いてしまったから。



「さあ、あの時死んだ『紅』の気持ちを味わうがいい」


そしてそう言われて。

そうか、あの時の赤い異形は、こんな怖い思いをしたのかと気づかされた。



……敵討ち。

『紅』たちの表情の中に、確かにそれを感じて。

『紅』たちの学習能力が、犠牲によって成り立ってることを実感して。


動けなくなる体。

それは、時間にしたらほんの僅かだったのかもしれないが。

『紅』たちの力が一斉に放たれて、慎之介を襲うのには十分すぎるくらいだった。



「……っ!」


聞こえたのは、その攻撃が直撃した瞬間の音だけ。

聴力を奪われたのか、意識が飛んだのかははっきりとはしなかったが。

慎之介を落とす一撃としては申し分なかっただろう。



慎之介は声すら出せずに弾き飛ばされ転がる。

ぐるぐると回る視界の中、微かに見えるのは、吹っ飛んでいった自身に次々と殺到する『紅』の姿。

それはまるで獲物を漁る猛禽類のようで。

こいつらの餌になってしまうのだろうかと、なんとなく考えていたわけだが。



惨めさと悔しさはあっても、何故かその事にあまり絶望していない自分がいるのも確かだった。

それは……ここまで追い込まれているのにも関わらず、危機感が無かったからなのだろう。


慎之介自身が落とされても、美冬に影響があるわけじゃない。

普通のファミリアとマスターならば、マスターの能力者としての死は、ファミリアにとって存在の消滅を意味するが。

ファミリアとは別次元のところにいる美冬の場合、それは当てはまらない。


自分が能力を失っても、美冬は側にいてくれる。

慎之介が生きている限り、二人を分かつものはないと……そう思った時。


『紅』にまとわりつかれて覆い被さられて、まるで体内みたいな赤と黒の色合いの、肉感のあった視界が突然闇に塗りつぶされたかと思うと、その中心に光が見えてきた。


なんだ? と思って、慎之介が今目を開けている状態かどうかも分からないままに目を凝らすと、その光がすごい勢いで迫ってきて。


ぶつかる直前で急停止したかと思ったら、慎之介を囲むように分散、広がっていく。

その光はまるでテレビの画面がいくつも宙に浮いているようなもので……その一つ一つがそれぞれ異なる何かを映し出していた。



―――『紅』の目で見た映像。



何故かは分からないが、慎之介はそう判断していた。

いや、全く分からないわけでもない。


それは慎之介の予測にすぎなかったが。

時折、一定じゃない感覚で視界が闇に染まるのは……『紅』が瞬きをしたからなのだろうってそう思ったからだ。

それは、ホラー映画が何かの受け売りであったが、きっと間違ってないはずで。



問題は、何でこんな映像を見ているか、なわけだが。

それを考えようとしたまさにそのタイミングで。

一つの映像が、もっと慎之介によく見えるようにと言わんばかりに近づいてきた。



その映像……『紅』が見ていたのは、センだった。

白銀の髪と紫水晶の瞳。

その瞳はどこまでも真剣で、どこまでも澄んでいる。


『ファイヤー・ボールっ!!』

それが、『紅』の耳を通して聞いているからなのか、こもって聞こえるセンの声。

だけど、それは確かに、慎之介の視点になってる『紅』に向けられていて。


その口調には相手に対しての敵意みたいなものは全く感じられず、初めて会った時から変わらない、すべてのものに対する『わくわく』だけがそこにあった。


それは、ある意味無邪気さの含んだ残酷さ、とも取れるが。

センがひとならざる存在だと実感するとともに、センという存在の根本にある澄んだ部分は誰であっても変えることはできないのだと、感じていて。


敵だとか味方だとか、そんなものは関係なく。

センはセン自身が思った通りの道を歩いていくんだろうって。



慎之介は、そんなセンが羨ましかったのだ。

そうありたいと思える理想で。

自分にはできないことかもしれないけれど、いつかオレもって思わせてくれるヤツなのだと。



それは、信じるっていうのとは少し違うのかもしれない。

センが相対するようなことは是が否でも避けたいところだが。

その事に文句は言えても、それがセンのしたいことであるならば、たぶん止められないんじゃないかなぁと、慎之介は思っていて……。



そんなセンの火球が、寸分違わず慎之介のほうへ飛んでくる。

センがヤツらの仲間じゃなくてよかったって思うとともに、思い出すのは『紅』の学習能力のことで。



まずいって思ったが。

それより早く、火球を受けた『紅』は、それを飲み込み……ぐん、と膨れ上がると、爆ぜる炎をまとってセンに迫った。



『う、うわぁっ!?』


初めて『紅』と戦った時と比べての『紅』の進化に、さしものセンも対処に困ったのだろう。

慌てふためき逆方向に走り出す。

『紅』は、そんなセンを追いかけて……。


だけど慎之介だけはその世界に置いていかれ、もとのモニターに囲まれたような世界に戻ってくる。




「……っ」


その後センがどうなったのかはすごく気になるが。

今慎之介が考えるべきなのは、この今の状況なのだろう。

明らかに意図があって見せられた、センの……おそらく現状。


センへの心配事がとりあえず払拭されたのは、慎之介にとって喜ぶべきことなのだろうが。

ならば逆に、柳一が慎之介にこの映像を見せるメリットとは一体何だろうかと考える。


あの映像がウソであるという可能性は考えなかった。

それこそ、そうやって騙そうとするメリットが考えられないし、仮に騙すつもりだったのなら、センがパームの仲間だったといった感じのものになるはずだからだ。


それじゃあどうして、柳一はあの映像を見せたのか。

……慎之介には、考えても考えても答えが出なかった。

すぐに落とさない(あるいは、すでに落とされ、操られているのかもしれないが)のは、なんとなく、慎之介を何かに利用するつもりなのだろう、という気はしていたが。


だからといって無抵抗で利用される気なんてこれっぽっちもなく。

ふわふわ浮いているみたいで、どうも動きにくい中、負けるもんかと身じろぎしていると、再び……今度は違う映像が慎之介に近づいてくる。




それは。

ごくごく最近目にしたばかりの光景だった。


真白一色の、雪と氷の世界。

見た目に反して寒さのあまり感じられなかった、やさしい銀世界。

だけど……その世界はなすすべのない絶望にただただ凍えるがごとく、震えていた。


それはすなわち、この世界を創りしものの、心の震えを如実に表していて。

それでも、この世界の主……美冬はごくごく平静さを装い、その中心に立っていた。


『慎之介』と、向き合う形で。




「なんで、オレがいるっすか!?」


混乱のままに叫んだが、その声は誰に届くこともなく。



文字通り幕の外にいる慎之介を尻目に。


醜悪な芝居の幕が上がろうとしていた……。




            (第184話につづく)







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