第479話、辻褄合わせで、表舞台が抜け殻ヴィガーだったなんて
「何だか不思議な光景ねぇ。ついさっきまで目に付く黒いもの以外には何にでも飛びかかってきてたのに」
「あはは。えと、その。いちおうわたしたちは敵じゃないよって、心に伝えてますから」
「ふぅん。なんでもないみたいに言うけど、麻理さんもおっとり優しそうに見えて中々やるもんだってことよね」
それは、心を読み取るだけに留まらず、心に入り込んで。
やりようによってはどうとでもできる、それこそ『災厄』クラスの規格外な能力と言えるのかもしれない。
麻理としては、苦笑いを浮かべるしかなかったが。
そう言いつつも深くは詮索せず、怖がっている風でもないのは、みだりに人に使うことはないと信頼されていると言うよりも。
そう言う彼女も自らの能力に自信があるのだろう、なんて思っていて。
そんな怜亜は、先行しがちな正咲と幸永に辟易しつつも、さりげなく殿を務めて辺りを警戒してくれているわけだが。
それまで躍起になって向かってきていた昏き獣たちが、麻理たちを避けるようにしてすれ違っていくのが不思議でしょうがないらしい。
「凄いなぁ。全然アジールとか感じないや。やっぱり才能が違うのかな」
それは、真ん中にいる塁も同じらしく、少しの諦観も含んで同じ言葉を繰り返すから。
麻理は内心で申し訳ない気持ちになっていたのは確かで。
そもそもが、際限なく途切れることなく続く黒き彼らは、ついさっき麻理が感じていた、けっして人ひとりでは抱え込むことなどできるはずもない、
それこそアジールによく似た力の成れの果てによって形作られたもので。
本来ならば、できるだけ数を減らしてもらい、そんな『力』の逃げどころを作ってもらいたい所なのだが。
ある意味で同等な存在と認識されているのだろう黒き彼らは、けっして同士打ち、共食いはしない。
でも、それでも今この異世には多くの強き者がいるから、問題なく緩やかにその数を減らしていくはずだったのに。
(それどころか、だんだん増え続けてるし、一匹一匹が強くなっているような……)
ただでさえ、抱えきれなくて高まっていた『力』が。
さらにそれ以上嵩増す要素があったりするのだろうか。
キクや瀬華、みなきと違って深い所まで事情の知る所ではない麻理は、到底気づきようもなかったのだ。
麻理の思う、この世で一番綺麗で素敵な心、想いが。
『災厄』と呼べるくらいにまで肥大してしまった『力』の糧、源になっているなどとは。
「あー、でもでも直前ででられませんっていってたとこにもどるのかぁ。なんだか気まずいよねぇ」
「いやいや、何言ってンだよ。表と裏では同じ場所でも全然違うだろ。たぶんわざわざ設置した舞台なんかなくて、人工芝のグラウンドが広がってるだけじゃねぇの」
「グラウンド、かぁ。二人が聞いたら羨ましがるかも」
そんな事を考えているうちに、下へ下へ続く階段へと差し掛かって。
先行していた、正咲たちに追いついたらしい。
麻理も含めて、そんな取り返しのつかない『災厄』の根源に近づいて言っていることなど感じさせない、そんなやりとり。
確かに、これから向かう先は室内球場のメイン、中心部であるからして。
裏側の世界とはいえ、中々に体験できないことであろうことは確かだが……。
「あ、そか。言われてみればダーリンから聞いた事あるわ、都市伝説的なやつ。アーティスト……能力者が裏の世界で戦っている時、表の世界の同じ場所では辻褄を合わせるみたいに『もう一人の自分』が表の世界にもいるって。歌を見聞きしているファンの人には、その姿がばっちり見えるって」
実際の所それは、裏側にいる自分たちには分かりようがないわけだから。
正しくも辻褄を合わせるみたいに、今回正咲たちがそうしたように代役を立てるのか。
あるいはファミリアのような。
孝樹やみなきのように分け身がそこにいて代わりを成しているのだろうが。
表では普通に演奏、歌っているのに。
その裏では魂を削り合う、才能を奪い合う戦いをしてきたのは周知の事実であったから。
そう言う怜亜の言葉には妙な真実味があって。
いつもならすぐに反発、そんなわきゃねぇだろ、なんてミスマッチなセリフが幸永から出てくるはずなのにそれすらなくて。
そうこうしているうちに、角ばった螺旋の階段、その道も終わる。
舞台の照明とは違うようにも見える、灯りが漏れてきているのが分かって。
しかしうまいことできているのか、その先を垣間見ること叶わず。
何だかその先に別空間が広がっているような気がして。
一瞬だけ躊躇いたたらを踏み、顔を見合わせる幸永と正咲。
グラウンド……最深部にして中心部に向かうためには、そのための準備をする場所、前室のようなものがあるはずで。
件の闇の気配は、まだ少し離れた所にあるらしい。
だから、まだ目的の地は先であると、止まらず行こうとその似た者同士な二人の背中を押そうとして。
麻理ははっとなる。
もうすぐそこまで来ている闇の心があまりにもこの異世に充満し侵食し、広がりすぎていたから。
こんな直前になるまで気づけなかったが。
その漏れる先には、人の気配がよく知る馴染みの気配が二つあった。
一つは間違えようもない、探していたひとり、真のもので。
そしてもう一つは。
闇色に沈みそうなほど弱まっていて、今にも消えそうで分かりにくかったが……。
(第480話につづく)
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