第145話、泣くもんかと謳い続け、かわりに天まで届けと歌う



賢は……ヨシキの言葉を信じた。

ここぞという時しか語らないからこそ、信ずるに値するものだと思って。


だから、決死の覚悟で、自らが作った黒い輪をくぐったのだ。

梨顔との直接対決をするために。



この夏、まゆと行動をともにしていたかつての仲間の一人である少女。

まゆが、真琴と呼んでいた少女が、何やら梨顔に因縁があるらしく、おそらく今頃対峙しているだろう……そう見越して。



しかし、そう思いながら賢の出た場所には、梨顔の姿はなかった。

かわりにあるのは、昔感じたことのある、とてつもなく強いアジールの気配だった。

 


「カナリ?」

「まゆっ!?」


お互いの名を呼び、そしてぎょっとなる。

 

「って、正咲?」

「賢ちゃん……」


そこにいたのは、信じられないものを見たかのような顔をした、正咲だった。

それと同時に、どうして自分の中にあるまゆを知っているのか。

正咲を、かつてうず先生の元で仲間として過ごしていたカナリと勘違いしたのか、という疑問が湧き上がる。

 


そしてそれは、正咲も同じだったらしい。

まさに、みゃんぴょうが豆鉄砲をくらったかのごとききょとん顔を浮かべていて。



「まゆちゃんとけんちゃん……どっち?」


かと思うと、何躊躇う事なくあっさりと、そんなことを聞いてきた。

だが、そう言われ……わからなかった疑問が一本の線としてつながる。


どっちも知っているということは、正咲も賢と同じだということに。

賢とまゆが心のどこかで繋がっているように、正咲もカナリと、心のどこかで繋がっているのだと。

 



「僕は、賢ばい。見ればわかるとね、バカ正咲」

「あーっ、また言ったぁ! やっぱりけんちゃんだぁ~!」

「そう言うお前は、どうしようもないほどに正咲とね」


他愛ない、いつものやりとり。

変わってしまったけど、やっぱり変わらないもの。

 

二人は苦笑しあい、賢は今の状況をちょっと整理してみる。

まず、どうして正咲の元へ来たのか、だ。

 

確実ではないが、おそらく……奪われた出口用に設定していた白い輪を、梨顔が壊したのだろう。


しかし白い輪は、ひとつではなかった。

入り口用の黒い輪が4つあるのだ。

同じ数だけあってしかりなのである。

 

梨顔が、壊したのはまゆの家にあったもの。

残りは賢自身が、後は凛と真琴に持たせていた。

正咲たちの持つ黒い輪からは、すべてまゆの家にある白い輪に向かうように設定してあったのだが、梨顔が壊したことにより、それが凛の輪に向かう結果になったのだろう。


本当は、そんな回りくどいことをしなくても、賢が直接正咲たちのところへ向かえるようにしておけばよかったのだが。


もともとこの輪による移動の力は、まゆがもしもの時に用意しておいたもので。

賢自身その存在を知ったのが、麻理の家に立てこもった時だったのだから仕方がない。

 

だがそれよりも、今賢がこうしてここにいるということは。

凛が正咲を助けた、ということになる。


そして、その凛がここにいないということは……。 

 


「もう……旅立ったとね、凛は」

「っ、あ、うん」


ちゃんとまゆと一緒にいけたのだろうか。

そう思いながら、賢はぽつりとつぶやくと。

正咲は言葉を詰まらせ、今にも泣きそうなほどに顔をくしゃくしゃにして、頷いた。

 


「泣くな、なんて言わんとね。思い切り泣けばよかばい。……僕も、泣いたしな」 


それはあまり声を大にして言うことでもなかったけれど。

無理に我慢する必要なんて、ないと思ったから、賢はそう言った。

 



「ふぐっ、けんちゃん。ずるいよっ……う、うわああああん!!」


正咲は泣いた。

この街で暮らしていた頃の、いつものように。


今だけ、ちょっとなら、許されるような気がしたから。


これからに、ちゃんと立ち向かっていくために。

全てを吐き出さんと、歌うように大声あげていて……。



             (第146話につづく)







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