第84話、敵味方関係なくハブられる事となったこの瞬間


その場には、一種の膠着状態にも似た沈黙が訪れる。


目の前の人物は本当に知己なのか。

どうしてここにいてはならないはずの瀬華がここにいたのか。

先ほどの赤いものは何であったのか。

何故拓哉がここにいるのか。


その場にいるもので、全ての答えを知っているものは少なかった。



そして、その全てを知る数少ない一人……法久が、知己の背中からひょっこりと姿を現し、おもむろに口を開く。

 



「やあやあみなさん。いきなりご迷惑をおかけしたでやんすね。……まあ、まさか本当に敵が潜んでいたとは、こっちも予想していなかったでやんすけど」

「敵って、あのさっきの赤い、ねんどでできたみたいなやつのこと? あれって、長池さんを襲ったのと同じやつだよね?」


法久の言葉に、最初に反応したのはちくまだった。

法久はそんなちくまの言葉を受けて、その通りだとばかりに頷きつつ続ける。


「そうでやんすね。いつからいたのか、【逆命掌芥】によって創られたファミリアで間違いないようでやんす。さっき瀬華さんが倒したのを除けば今は近くにはいないようでやんすが……」

「瀬華さん……って、やっぱりさっきの方は瀬華さんだったんですか? でも、どうして? 彼女は……」



『パーフェクト・クライム』の件で、この世にはいないはずなのに。

そう続く言葉を飲み込むように、弥生はそこで言葉を止める。

だが、そう言って法久を見据える弥生の瞳には、どこか厳しいものがあった。



―――今度は何がしたいんですか?


そんな感じで……今までの一連の出来事に対して、非難しているようにも見える。


まあ、それも仕方がないだろう。

彼女たちから見れば、性質の悪い悪戯にしか見えなくもないからだ。



法久は少し考えるように間をおいて、それに答えようとしたが。

それより先に口を開いたのは、抜き身だった剣を鞘に収め知己だった。



「いきなり混乱させるような真似をして悪かったな。ちょっと理由があって、試す必要があったんだ。この剣……瀬華姐さんの能力をさ。ま、おかげさまで予想以上にこうかばつぐん、って所か」

「剣の能力? それじゃあさっきの瀬華さんは、幻だったんですか?」


視線を向けるものだけに厳しい視線を送るという器用なことをしつつ弥生がそう聞くと。

知己はそんなに怒らないでよ、といった苦笑を浮かべてそれに首を振った。


「いや、幻ってわけでもないんだよな。己という器はそのままで、いわゆる魂だけを入れ替えたんだ」

「魂、器? いまいちよく分からないんだけど、わたしにも分かるように説明してくれませんか?」


一見朗らかに話し込んでいるように見える弥生と知己をわき目に、少しまだ混乱したままカナリはそう呟く。

 


「む。そうだな。いきなり姐さんの能力のこと説明しても何がなんだかだよな。……えっと、うん。さっき電話があったんだけどその内容から話そうか。んじゃ、法久くんよろしくー」

「って、結局おいらが説明するでやんすか? しょうがないでやんすねえ」

 


しょうがないと言いつつも、どこか嬉しそうに説明を始める法久。

まず、スタック班(チーム)へのライブ会場での件の説明、稲葉の娘の治療ケアの依頼から切り出し。


トリプクリップ班(チーム)のいる若桜町に何か起こっている可能性と。

加えて一度倒したのにも関わらず蘇ってきたという、オロチのことを話す。


それにより一番言いたいことは、ネセサリー班(チーム)が二手に別れて行動しなければならないこと、なのだが……。

 

 


「二手に別れるっていうのは分かったけど。若桜町ってところに知己さんが向かったら流石に相手だって気づくんじゃないの? まあ、わたしたちが向かっても気づかれないっていう保障はないけど」


カナリも、最初知己が考えていたのと同じ問題点に気づき、そう言う。

すると知己はその言葉を待っていたかのように……それに答えた。


「ああ、そこで瀬華姐さんの登場ってわけさ。さっき、ここにいるみんな……己がいなくなったと思っただろう?」


知己がそう言って一同を見渡すと、それに異を唱えるものは案の定いなかった。

実際、その纏うカーヴの気配どころか、その佇まい、容姿すら変化していたのだ。


知己という人物を知っているからこそ余計に分からなかった、というのはあるだろう。



「えっと。じゃあつまり、その剣の能力が違う人に変身するってことでいいの?」

「遠からず、でやんすかね。さっき知己くんが言ったように、この黒姫の剣の中には黒姫さんの魂と呼ぶべきものが宿っていて……この鞘で一定期間充電した後、抜いた時に能力発動を念ずれば、黒姫さんの魂が知己くんの身体に憑依、つまり一時的のその魂が入れ替わるってことになるのでやんす」


首を傾げつつそう聞いてくるちくまに、今度は法久が自らの能力でスキャン済みだというその剣の能力について説明する。



黒姫瀬華の能力【魂喰位意】は、別名ソウル・イーターとも呼ばれ、もともとは剣を受けた対象の士魂と言われるものを奪い、そのものの培ってきた技や力を得るものであった。


これは、榛原や知己たちの予測になるが。

死の間際、瀬華自らのその能力をかけたのだろう。


剣に残された魂は、それだけでは何もできなかったが。

榛原の能力のよって作られた鞘により、進化とも呼べる効果を見せる。


それが先程知己がして見せた、魂の入れ替わりとその具象化、った。 

言うまでもなく、それは鞘に込められた榛原自身の願いの結晶である。

亡くした親しいものにもう一度会いたいと思うのは止められない感情だろう。


それが、榛原の思ったものを具現化するプレゼント攻撃でなされたとしても、全く不思議ではなかった。


知己は、それが分かっていて尚且つ、剣を抜くことを躊躇わなかった。

弱点の多い知己にとって、それはもともと榛原が考えていた案であろう事は知っていたし、榛原を信じていたと同時に……そのことで自分が役に立てるなら、という気持ちもあったからだ。


だが……そうは言っても、身体は知己のものを借りている以上、それはやはり瀬華本人ではないのかもしれない。


今はこうして必要に迫られているが。

果たしてそれが榛原や恭子のためになるかどうかはまた別問題である。



それはさておき。

今までここに確かに知己がいたのに誰もが知己がいなくなったと認識したのにはわけがあった。


それはカーヴ能力者に共通する特徴のせいだといってもいい。

カーヴ能力者は、相手の姿……外見よりもまずその内に在るアジールの力を見ようとする。


知己はそのアジールの力、気配のアピール度が誰よりも顕著であり。

だからこそ一同はその気配が無くなって別のものに変わり、そこに……ちくまの言葉を借りれば変身した知己がいたのにも関わらず、知己はいつの間にか消えて別人がそこに出現したのだと、より強く錯覚を起こしたのだ。


榛原が試してみるかと言ったのはつまり、その錯覚の証明をするためでもあったのだろう。

 

 

「はた迷惑というか何と言うか……ま、一応部下みたいなものだから、この際目を瞑るけど。それだって何も襲い掛かってこなくてもいいと思うんだけど……」


そして、そんな感じでネタばらし……もとい説明を聞いた後に、ぼやくようにそう言ったのはカナリだった。

しかし、それには異論があるらしく、知己はすぐに言葉を返す。


「あれはさ、しょうがなかったんだよ。そもそも己に行動権はなかったし、ちくまと法久くん以外は知らないかもしれないけど、本当に敵がいただろ? ブラッディな粘土みたいなやつがさ。多分、僅かな殺気を感じ取って反応したんだろうけど……まあ、今はいないみたいだし、それは隠れてたタクヤのせいもあるだろうしな」

「僕ですか? 僕ですよね。すみません。ガードマンの件がひと段落ついてこっちに向かったはいいんですけど、つい昔のクセというか……出てくタイミングが掴めなかったのですよ。まあ、それがあんな結果を生むとは思いませんでしたけど」


たははーと抜けたような笑みを見せつつ、拓哉はそんな事を言う。

だが、そこで美里は二人の会話の中にある、違和感に気づいてそれを口にした。



「ありり? でもさ。タクヤなんであんな風に美里を庇おうとしたの? 知己にーちゃんだって分かってるならその必要ないはずなのに」

「……」


そしてそれは、敵だと勘違いして攻撃をしかけた知己にも言えることで。

一瞬の沈黙の後、それに答えたのは知己だった。



「えーっと、あらぬ誤解を受けると思ってあまり言いたくなかったんだけどさ。実は変わった瞬間、剣を抜いてからは己の意志は剣のほうにあったんだ。だから、変身というよりは憑依……言葉は悪いけど、ようは己、瀬華姐さんに身体乗っ取られてたようなものなんだよなー。つまり、お互い……この場合はタクヤと瀬華姐さんだな。相手が味方だって分からなかったからあんなことになったってわけ」

 

それはつまり何を意味するのか。

考えてまず思いつく悪い想像に、初めに声をあげたのは、もう既にのんびりモードが微塵もない仁子だった。



「待って、それってまずいんじゃないの。に、知己さん、それってそんなのほほんとしてられるほど安全なものなの? 身体を乗っ取られてそのままになっちゃったら、どうするつもりなの? ……っ、もしかして会長は最初からそれが目的でっ」


言葉にするうちに次第に熱くなり、取り返しのつかない想像にまで及んだ瞬間だった。

それ以上は言うなとばかりに、知己が仁子にストップをかける。



「大丈夫、よしが思っているようなことはないよ」

「どうしてそう言い切れるの?」

「ああ、そうだな。信じてるから、かな」

「……」


何気ない風を装った知己の一言であったが。

その一言には、仁子に有無を言わせない力強くゆるぎないものがそこにあった。


それは、会長を信じているというものももちろんあるだろうが。

それ以上に自分を、自分自身の行動を信じている、という意味が含まれているんだろうなと、法久は気づく。


もともと榛原はその力を使うか使わないかを知己に委ねていたし、そう言われて知己は迷うことなく剣を抜いたのだから。

 



「振り出しに戻りますけど、それじゃあやっぱりあの人は黒姫さんだったんですね。晶ちゃんは知り合いだったの?」

「……えと、昔に……会ったことあったから」


普段なら、『よし』とニックネーム呼びされている仁子と知己の関係に突っ込みたい性分な弥生であったが。

それは後のお楽しみの取っておくと内心決意をして。

弥生は次に疑問に思っていたことを口にする。


晶は、その問いにすぐに答えてくれたが。

その口調には、どこか覇気がない。

なんとなく、気づけば知己が近くにいて動転しているのかもと考えていたが。

 


「晶さん、やっと気づいたって言うか……もしかして、具合悪いんじゃない? ずっと考えてたんだけど、すっごいファンだとかは別にして、十中八九知己さんが近くにいるせいで」

「何ぃっ!?」


カナリの気遣いに、知己が驚きの声をあげるのを見て、仁子ははっとなった。


「ほら。知己さん他の能力者の力を抑制するでしょ? ファミリアなんて直接影響受けるし、カーヴの力って、カーヴ能力者にとって体内の水分とかと同じくらい当たり前に重要なものだから、それで体調がおかしくなる人だっているんじゃないのかなって思ったのだけど……違う?」

「……うん」


カナリのそんな言葉に、晶は申し訳なさそうに一つ頷く。

それは大好きで仕方ないファンだからこそ、余計に心苦しいのだろう。


今まで避けられていた理由がようやく分かって知己はひどく納得するとともに、酷くヘコんだ。


「ううっ。こ、これは申し訳ない、としか言いようがないな……」


知己は苦い表情でそう言って、必死に力を抑えつつ一歩下がる。



「ほぅ? ファミリア以外でも知己さんの力で行動を抑制されてしまう人がいるんですねえ。わかりますよー。身体が二分の一倍速になったみたいに鈍くなるんですよねぇ」

「そう言ってる割に、タクヤは案外平気そうだね?」

「まあ、僕の場合パワーダウンしても姿形が崩れるわけじゃありませんからねぇ」


そんな知己を脇目に、悪気なくそんな会話をするタクヤと美里。

悪気がないからこそ、一層ヘコむ知己であったが。


これは早く用件を済ましたほうがいいなと。

何とか気を取り直して……さらに一歩下がった所で知己は再び口を開いた。

 


「……それじゃ。ちゃっちゃと用件言うかー……」

「そんなフェードアウトな口調じゃ伝わるものも伝わらないでやんす。ちょっとあっちでたそがれてるがいいでやんすよー」

「……はーい」


どうやら取り直せなかったらしい。


法久が苦笑いしてそう言うと。

知己は老人のように腰を曲げて、よろよろとその場を離脱してゆくのであった。


それでもその背中を見つめ続ける、晶に気づくこともなく……。




              (第85話につづく)






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