106話 刻まれていますとも。
106話 刻まれていますとも。
「……こっちこそ感服するよ。あんたは、本当に一流だ」
思わず、深いタメ息をつきながら、
センはそうつぶやいた。
「ありがとうございます」
田畑さんは、深く頭を下げてから、
「一つだけ、付け加えさせていただけるのであれば、閃様は、本当に、和服がお似合いです。というよりも、洋服が、一ミリも似合っておりません。髪質に気品がなく、目つきがすこぶる悪く、纏っている雰囲気がハッキリと『陰気』なので、『華やかな色合いの様相』は完全にミスマッチ。今後も、衣服を選ぶ際は、暗色の和服を中心に据えることをお勧めさせていただきます」
「……あれ? この人、本当に、ただの正直者かも……」
★
次に案内されたのは、
3階のカフェ。
金で磨き抜かれた華やかなスタイルだが雰囲気は落ち着いている。
決して下品ではなく、ただただ荘厳。
バカ高そうなカップに注がれたコーヒーを飲みながら、
壁一面に広がる大きな窓の外を眺める。
(……いい天気だ……)
静かで、豊かな時間。
ゆったりとした雰囲気を、
純粋に楽しんでいると、
そこで、
「少しは、リラックスできましたか、陛下」
『天井の住人』こと『久剣カズナ』が、
センの隣の席に腰かけながら、
そう声をかけてきた。
センは、窓の外を見つめたまま、
「独りでコーヒーを飲むことに集中できた『今この瞬間』だけはな。浴室にいる間は、ずっと地獄だった。次から次へと刺客が送りこまれて、嵐の海にいるようだった」
本音を並べてから、
カズナに視線を送り、
軽やかに指をパチンと鳴らしながら、
「我が忠実なるシモベよ。マサヨシに、集合をかけよ。此度(こたび)の失態の責任を追及したのち、左ジャブで鼻をヘシ折ってやるゆえ」
「おおせのままに」
そう言って、迷わず紅院正義を呼び出そうとするカズナに、
「電話を切れ、愚か者。お前は出来の悪いAIか。どう考えても、ただの、クソつまんねぇ冗談だろうが。流せ、流せ。俺の言葉なんざ、基本、バグり散らかしているんだから、真剣に耳を傾ける必要性は皆無」
「陛下の言葉だけが、私の全てを照らす光であり、大いなる道標でございます。ゆえに、一言一句たりとも聞き逃すことはありえません。それどころか、可能な限り、全ての文言を記録記述保存しております」
「んなもん保存してどうするんだよ……まさか、茶柱みたいに、失言をネタにして脅す気か?」
「いえ、『陛下の言葉を、後世に残す際』に必須だろうと思いまして」
「……脅される方がはるかにマシなムーブだった……っ」
「残念ながら、音声記録は、ループのたびに消えてしまいますが……」
「この地獄ループにはデメリットしかないと思っていたが、まさか、そんなメリットが隠されていたとは……なんて皮肉な話なんだ……」
タメ息をつくセンに、
カズナは、
「陛下、ご心配なく。音声データは消えておりますが、しかし、私の心をかき消すことは不可能。私の心の深部には、今も、陛下が口にした言葉の一つ一つが、鮮明に刻まされております。ええ、刻まれておりますとも。陛下の言葉を忘れることなど、出来るはずがありません」
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